第11話 男子高校生脳
遂にやって来てしまった月曜日の放課後。
クラスメイトからすれば変わりない日常なのだけど、俺からすれば緊張の1日だった。
「それじゃあ今日からまたよろしくな」
「はい…」
俺と倉持さんの現状を何も知らない担任はいつも通り封筒を渡してくる。部活停止期間が終わったお陰で職員室はそこまで人が居なかった。
「あの、テストの時って先生が行ってたんですか?」
「そうだ。でも玄関は開けてくれなかったし、無視が多かったな」
担任は倉持さんの対応を思い出しているのか渋い顔で顎の髭を掻く。
俺もこれからそんな対応をされるのだろうか。初日以来の憂鬱さが俺を襲ってきた。
「あっ木崎くん」
すると横から誰かに呼ばれる。担任と一緒に声の方向を見れば、ジャージ姿の柳さんが立っていた。
この時間に制服ではないということは運動系の部活に入っているのだろうか。
柳さんが動くイメージはそこまで無いけれど、体力測定の時はある程度動けていたような気がする。
「柳さん、今から部活?」
「うん。木崎くんは……説教?」
「いや違うよ!っていうか説教の雰囲気出てた?」
「そう言われると出てなかったかも」
「俺が木崎凪斗に渡したい書類があっただけだ。何だ?バレー部の先生見つからなかったか?柳百合」
柳さんの下の名前って
きっと倉持さんと関わらなかったら花の方を想像していたはず。
「いえ、ちゃんと見つかってます」
「なら良いんだ。それじゃあ頑張れよ。木崎も帰って良いぞ」
担任は一方的に話を終わらせる。もしかしてこれ以上俺が持つ書類のことについて聞かれたくなかったのだろうか。
担任は柳さんに倉持さんの名前を一切出さなかった。それは倉持さんを思ってか、単純に説明が面倒なだけか俺にはわからない。
柳さんと目を合わせた俺は担任に頭を下げて、一緒に職員室から出て行く。
「木崎くんはこのまま真っ直ぐ帰るの?」
「そうだね」
「お家ってどこら辺?」
柳さんは何気ない話題を振ってくれる。けれど今はこの書類が倉持さんへのお便りだとバレないかが心配だった。
少しだけ封筒をお腹に当てて存在感を消す努力をしてみる。俺の家の場所を聞いた柳さんは嬉しそうに頷いていた。
「そういえば柳さんってバレー部だったんだね。知らなかった」
「バレー部だけど選手じゃなくてマネージャーね。一応、中学では選手だったんだ。でも高校ではそこまで熱意が無くて」
「マネージャーやるのは凄いことだよ。俺は部活に入ってないから余計にそう思う」
「ありがとう。単なる時間潰しでもあるんだけどね」
「それでも凄い」
「ふふっ。木崎くんは凄い褒めてくれるね。ファミレスの時も思った」
「えっそうかな?でも本当に凄いって思っているよ」
「なら、うちからすれば木崎くんは人を褒められるのが凄い」
ニコニコしながらそう言ってくれる柳さんに心臓が小さく跳ねる。この前佐倉にあんなことを言われたからか、変に意識してしまいそうだった。
「ありがとう…」
「いいえ。あ、うちはこっちだから」
「うん。部活頑張って」
「木崎くんも気を付けて帰ってね」
柳さんは体育館に向かうため途中で別れる。しかしすぐに足を止めてまた俺の方に戻ってきた。
「柳さん?忘れ物?」
「うん。あのさ、木崎くんは部活入ってないんだよね?」
「そうだよ」
「じゃあさ、今度機会があったら部活休みの日に遊びに誘っていい?」
少しだけ視線を外しながら話す柳さんにまた心臓が跳ねる。
ちょっと待って。まさか佐倉の言う通りなのか…?
「おっ俺は全然OKだよ」
声が裏返りそうになるがグッと耐える。柳さんは花が咲いたような笑顔を浮かべた。
「嬉しい!これで忘れ物終わり!部活行ってくるね!」
「ああ、うん」
柳さんは小走りで体育館に行く。俺は完全に熱が顔に集まっていた。
倉持さんの所に行く憂鬱とかお便りを隠すこととか全部が薄れる。
『柳さんが凪斗に気があるんだな』
その代わりゲームをしながら笑う佐倉の声が脳内でこだました。
「俺も、行かなきゃ」
ただ遊びに誘われただけなのに何で舞い上がっているのだろう。あり得ない自分の感情に戸惑うばかりだ。
今までは出すタイミングが無かっただけで、俺は十分男子高校生の脳みそをしていた。
意識しなくとも歩く速度が速くなる。このまま家に帰って感情に浸ってしまおうかと考えたが、お腹に隠す現実が俺を逃してはくれなかった。
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