第15話 ライズ・リアル1
法王庁のライト・イーヴィス僧正にその第一報が届いたのは、寄宿舎から元老院の建物に歩を踏み入れた、まさに朝一番の刻限であった。珍しく興奮気味に肩を上下させ荒い息を吐きながら、同じく僧正であるゲン・スクウェアが言伝を告げる。ライトは自身の血の気が引いていくのを感じていた。
「…それは本当に…?」
「間違いないですわい。メキシコのはずれに位置する第六研究所が本日未明、倒壊。被害の程度は未だわからず…」
「捕われていた検体四号も行方知れずですか…」
元老院の執務室に詰めていた下位の僧正たちが、息の上がったゲンを気遣って椅子やら水やらを運んでくる。差しだされたコップ一杯の水をぐっと飲み干して、ゲンは重たい息を吐いた。
「まず間違いなく四号の起こした反乱でしょうな。全く、こうなる事は解り切っとったんじゃ」
誰もが息をひそめるほどの張りつめた空気の中、ライトは素早く頭を回転させた。
四号の次の目的はなんだろう? そもそもなぜ陰獣計画から三年以上が経とうと言う今になって反乱など起こしたのか。それも単独…なのだろうか。何もかも得体がしれない。
額に指を当てて思案するライトの様子を横目に、ゲンは手早く僧正たちに指示を出していく。
「ともかく、四号の所在を確かめる事を第一に動くんじゃ。周辺住民の目撃証言を、幾ら出しても良い、買い取りなせい」
「あと、研究所近隣で急に魔女が発生した地点の計測と分布も」
「おお、おお、そうじゃな、さすがライトさん」
にわかに慌ただしく動き出した元老院を横目に、ライトは「あとは任せました」と言い置き彼の元に向かった。
「四号…捕われた陰獣の内の一体か」
話を聞いた彼、聖騎士ブルース・ロックは低い声で唸る。今日の聖騎士の宿直はブルースであり、また彼のバディであるグレーと他数名の騎士が昨晩から法王庁本部に詰めていた。
ライトの報告を受け、ブルースは大げさに首を振って見せると、不安げな表情をしているグレーに「問題ねえ、俺らのやる事は決まってる」と勤めて明るい調子で言う。にやっと笑って頷くグレーである。
「奴の考える事は俺には解らんが、一般的な陰獣と変わらんとすると、大分やべえ事態かもしれねえな」
「どういう事です?」
「陰獣は高度な羅患を有する接続者のエリート、だろ? 俺もそうなんだが、羅患は得てして魔女と互いに惹かれあう性質がある。惹かれあい、高め合うわけだ」
「つまり…魔女の大量発生、それもリスクの高い魔女が多数現れる可能性がある…」
「その通り」
とにかくそいつの居場所を突き止めて一気に叩くしかねえ。そう自分に言い聞かせるように呟いたブルースを見て、ライトは背筋が寒くなるのを感じる。ブルースの眼にはおよそ戦いに赴いた事の無い人間が持ち得る事のない、ぞっとするような冷たい決意が漲っていた。
「時間が惜しい、今からでも俺達はメキシコに飛ぶ」
「…解りました。法王様の許可は取っておきます」
「グレーも来てくれ。あと、今日宿直の騎士も二人ほど借り受けたい」
徐々に騒がしくなって行く法王庁の廊下を、会話しながら突っ切る。ブルースの大股な歩幅にやっと合わせながら、ライトは頷く。そしてそのまま、踵を返して駆け足で法王の執務室のほうへ去って行った。
それを見届けて、ブルースは自らの傍らにぴったりとくっついてくるグレーの頭を撫でた。
「ちょいとばかし荒れるかもしれねえな」
検体四号は、ブルースの大方の予測通り、周囲に大量の深度零のエネルギーを放出しながらぶらぶらとメキシコの外れを歩いていた。先ほどから引きも切らず魔女が襲ってくるが、そのどれも彼の腕に掛かれば一撃で赤い液体に還った。
気が付くと喉が焼け付くように乾き、四号は魔女の変化した液体をぴちゃぴちゃと啜る。その度に両腕の羅患がめきめきとよりおぞましく変態を遂げていくのだった。
彼の頭上はどろりと濃い赤に染まり、甘いような苦いような、何ともつかない酷い異臭が周囲に漂っていた。
約半日後、ブルースとグレー、そして三等騎士スケイル、他一名の騎士を乗せた特別旅客機がメキシコの郊外に着陸した。
「やっぱりこの飛行機って乗り物は好きになれねえな…」
ぼやきながら地に降り立つブルースに、飛びつくようにグレーもあとに続く。その後ろから、スケイルは恐ろしそうに首をちょこんとだして気忙しく辺りを見回した。
「大丈夫なんスかね…今回の討伐対象ってあの陰獣の一人なんでしょう? それも魔女の力を吸って強化された…。こんな少人数の部隊でやれるもんなんスか」
「俺達の役目はやっこさんの討伐じゃねえのさ」
四人全員が揃ったのを見やって、ブルースは先に立って歩いていく。
「まず索敵とやっこさんの規模の確認だな。その後は引き気味に周囲の魔女を討伐していく。やっこさんの餌を削るわけさ」
「はあ…それでも大分シンドイと思うんスけど」
「ブルース、沢山魔女来るんか?」
ワクワクが抑えきれないと言った調子でグレーが身を乗り出す。それを押しとどめながら、ブルースは苦々しそうに頷いた。
「ああ、目一杯来るぞ。グレーにもまた頑張ってもらうからな」
「わかった!」
「さて…」
ブルースは周囲をきょろきょろと見回すと、人気が無い事を確認してから羅患を解放した。左腕が巨大な砲門に代わり、その直後、形を失っておぞましい異形を晒す。
「今から俺が羅患で奴を索敵する。お前らは常に戦闘に入れるようにしておけ」
スケイルともう一人の騎士が敬礼で返し、グレーは待ちきれないと言うようにぴょんぴょんと飛び跳ねる。
その場で目を閉じたブルースは、数秒後、瞼を何回か痙攣させた。
「思った以上に厄介な事になってるようだな…北に三千フィート程の地点だ。行くぞ」
ブルースの他三人も羅患を開放し終わったと見るや、四人は物凄い速度で駆けだした。
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