第二章 ライズ・リアル

第9話 勺鎌

 先日の任務で重傷を負ったシルヴァ、ブラックのエースコンビが、本日ようやく現場に復帰する。ようやくと言っても、深度零の異物を基に開発された最先端医療により、任務から二週間弱で全快である。二人の治癒力が尋常でない事もここに関わっていた。

 法王庁本部の全員でカンパして買った花束を両腕一杯に抱えながら、スケイル三等騎士は長い廊下を急いでいた。


 二人の事だから、余計な気遣いは却って気障りになってしまうだろう。それでも普段から彼らに良くして貰っている騎士団、元老院双方から、くしくも今回の幹事に推されたスケイルは結構なプレッシャーを受けた。二人に気を使わせずに、好意と厚意を十分に伝えられる贈り物を用意せよ、とのお達しである。


「まったく、無理を言うんスから…」


 結果オーソドックスに花をありったけ買って渡す事にしたスケイルは、賛否両論の一同を”じゃあ他に名案ある人いるんスか”の一言でバッサリ切った。最終的には満場一致で、二人の好きな花を贈ろうという話に纏まったのである。

 一人五ドルからのカンパで買った花束は、とても一度に運びきれそうにはなかった。仕分けして計八つの束に寄り分けても、花束で顔が隠れて前が見えなくなるほどだ。


 そんなわけでスケイルは、自身が兄貴分と仰ぐ聖騎士ブルース・ロックに当日の先導を依頼した。花束全てを一度に贈るのは無理として、内一つでもサプライズとして渡そうと思ったのである。こういった話に目が無いブルースは一も二も無く快諾してくれた。ブルースは廊下の僅か先を行きながら、ちょくちょくこちらを振り返っては向かう方向の指示を出す。スケイルがよたよたと花束を抱きかかえて後に続く。


 ようやくシルヴァの執務室に辿り着いた時、ブルースが息を飲むのが空気で解った。

 なすすべもなく、部屋から慌てて出てきたシルヴァが扉のすぐ前に立っていたスケイルに衝突する。


「おおーい!」


 ブルースが謎の反射神経を発揮して、スケイル…ではなく、花束を受け止める。吹き飛ばされたスケイルはしたたかに尻もちをついた。


「あ…すみません、急いでいまして」


「いいけどよ、なんだ、復帰早々任務か?」


「いえ、その…」


 珍しく言いよどむシルヴァに、怪訝な顔をしたブルースは、ようやくスケイルの存在を思い出してはっとした顔を作った。


「おっとすまん、スケイル。大丈夫か?」


「ざーとらしいっスね…大丈夫っスけど…。花束ありがとうございます…」


「任せろ」


「花束?」


 慌てていて花束にも気付いていなかったシルヴァが腑抜けた声を上げる。スケイルとブルースはここぞとばかりに声を張り上げた。


「ぱぱーん! 現場復帰おめでとうございますっス、聖騎士シルヴァ様! 法王庁一同からの御祝いの気持ちっス!」


「というわけだ、受け取ってくれ!」


 花束を手にしても相変わらず分からない顔をしていたシルヴァだったが、急いでいた事を思い出したらしかった。


「あ、ありがとうございます。ちゃんとしたお礼はまた後日、では急ぎますので」


 そのまま走り去って行った。スケイルはぽかんとそれを見送ったが、大切な事を思い出した。


「追加の花束どうしよう…」


「まあヤツが落ち着いてから渡せばいいじゃねえか」


 スケイルの肩をぽんぽんっと叩いたブルースは、じゃあな、俺も執務があるから、といって大股に歩き去って行った。




 ”勺鎌”スケイル・サイズスは、最近本部に栄転になった新米騎士である。ワシントンの田舎で目覚ましい戦績を上げ、”魔女狩りの細鎌”とまで呼ばれた彼だったが、ロサンゼルスに出てきてあらゆるものに圧倒された。頻出する魔女、その個体のリスクの高さ、街は巨大なオフィスビルのせいで開けた場所がなく戦い辛く、人民が大勢暮らしている為に犠牲者を最小限に抑えるよう常に気を張っていなければならない。

 そんな厳しい環境に移り、すっかり自信をなくしてしまっていた。

 なんとか人間らしい生活を送ろうと週三で取る事にしていた食事は、いつの間にか週一になり、それもカップ麺や茶菓子を摘まむ程度といった事が増えて行った。いつ召集が掛かるか解らないせいで寝不足になり、田舎に帰る事が頭に浮かんで消えなくなった、そういうある晩であった。


 彼は、聖騎士シルヴァと陰獣ブラックコンビの戦いを目の当たりにしたのである。


 そういった”エース”がいると話には聞いていた。しかし、聞くと見るでは大違いだ。

 まるで木端を踏みつぶすように易々と敵を砕いて行くブラックと、隙間を縫うように機敏に動いては取りこぼしを完全に潰していくシルヴァ。彼らにとって、魔女との戦闘は事務仕事と何ら変わりのない”作業”のようであった。


 折れかけていた彼の心はぼっこぼこに殴りまわされ、却って強靭に鍛え直された。

 それからは、舐めてかかっていた軍事教練にも積極的に参加し、事務も何かの糧になるだろうと必死でこなした。そうこうするうちに階級が上がり、中級騎士から三等騎士になった。

 「努力は報われる」

 現在も続く矜持を彼が手にした瞬間である。



 それ故に、憧れのシルヴァとの初対話がこんな形で終了してしまったことに、スケイルは落胆していた。彼の眼には相変わらずシルヴァがキラキラしたヒーローそのものとして映っていたが、シルヴァの目に彼が映ってすらいない事は明らかである。

 まだまだ鍛錬が足りないと言う事だろうか。それとも彼のようなヒーローと一般人である自分とは、生まれ持った格から違うのであろうか。


 そんな事をぐるぐる考えながら、法王庁の建造物の裏手をぶらぶらと歩く。


 前方不注意に成っていたらしい、本日二度目の正面衝突が起きた。

 また吹っ飛ばされたスケイルである。


「あ、ごめんごめんー、大丈夫?」


 対して悪くも思っていなさそうな声のほうを見上げると、どこかで見た顔の人物がこちらに手を差し伸べている。すぐに思い出した。自分のもう一人の憧れの的、ブラックだ。


「あ、あ、ブラック様、大丈夫っス、自分で立てます」


「そ、偉いね。服汚れてない?」


 スケイルの服のホコリをパンパンと払うブラックを、心底意外な心持で見やる。こうしてみると本当に只の少女のようだ。年齢は今年十八になると公式サイトに発布されていたが、目の前にすると殊更年相応に見える。魔女をごみのように一蹴りにしていた人間と同じ人物とは思えない。


「あッ、ブラック! ようやく捕まえた…」


 上空から声がしたと思うと、ふっと頭の上が一瞬かげり、人がその場に降って来た。その人物は慣れた様子で危なげなく着地すると、ブラックをがしっと捕える。


「あちゃー、見つかっちったか」


「まったく、なぜ逃げるんです。法王様から前回の任務に特別賞与が出るって聞いたでしょう」


「これ以上金貰いたくないんだよー、税金対策でカフェを開く時間が無くなるー!」


「はいはい、他の騎士の示しになるようにきびきび働きましょうねー」


 じたばたともがくブラックを易々と拘束したシルヴァは、「お騒がせしました」と律儀に一礼してからまたどこぞへと飛び去って行った。


 思わず笑いが漏れたスケイルである。

 まさかあの憧れの、泣く子も黙るエースコンビがこんなに親しみやすい人物達だとは。


 先程まで抱いていた憂鬱な気持ちがどこかに消えてしまっているのを感じ、スケイルは「敵わないっスね」とひとりごちると、さて、自主教練でもしようかと法王庁に取って返した。

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