第7話 ビューティフルワールド2

 強化された肉体を目一杯駆使しつつ最速で現場に急行すると、シルヴァは携帯端末を起動し、帯同したメンバーに後に倣うよう身振りで命じる。全員が端末を起動したのを見届け、自身の端末を手慣れた仕草で操作して全端末を同期させた。ここからはコンビネーションが何よりも重要となる。

 上空はどろりと血のような赤に染まり、直下に数体の魔女の姿、そして間が悪い事に、数名の一般市民の存在が臨まれる。コナーが「しょうもない事態なわけねえ」と悪態をつくと、先陣を切って駆けだした。


「私の”力”で道を開くわけよ。全体の指揮は任せたのよね、シルヴァ」


「了解です」


 コナーは一瞬目を閉じる。そのわずかな暇に、周囲に漂う深度零のエネルギーを手繰り寄せ、左目の力を開放する。目を開けた時、スローモーションのように緩慢に遅れだした周囲の景色を見てとり、コナーは鋭く地を蹴った。

 一般人と魔女の間に割って入り、正確無比な仕草で素早く刃を振るうと、魔女が一瞬怯み、後退する。


「よしッ、リオンさんの分隊は索敵及び一般人の避難経路確保。私の分隊は魔女討伐。ブラックの後に続け。クロウさんは周囲の警戒」


 短く指示を出す。周囲が頷くとともに一斉に力を解放するのを感じながら、シルヴァは手近な建物の外壁を蹴って現場を一望できる屋上へと急ぐ。その間にブラックは尋常ではない加速を見せた。両の脚が膨張し、いつも身に着けているスーツのズボンが裂けて羅患の禍々しい姿があらわとなる。


「久々だけど頑張っちゃうよー」


 街路の建物や道端に置かれた看板、街路樹を直線的な動きでよけながら、魔女の内一体に肉薄する。地を蹴り一気に間合いを詰め、蹴りを繰り出す。魔女の体に巨大な穴が開き、ブラックが向こう側に着地するのと同時、魔女は形を失ってもろもろと崩れ出した。


「後始末よろしくー」


 討伐を確認する暇も惜しい。騎士団の残り三名がとどめを刺そうと一斉に弱った魔女に飛びかかるのをエネルギーの揺れだけで感じながら、ブラックは次の魔女へと向かっていく。


 その間に大きく陣形を展開したリオンの分隊が、手際よく避難指示を出して一般市民を魔女から遠ざける。建物の屋上に辿り着いたシルヴァが、滞りなく機能している全体を見下ろしてほっと息をついた。

 その視界の端から、仰々しい装飾をじゃらじゃら言わせながらこちらに駆け寄ってくる数名の「異物」が伺えた。


「もうお出ましですか」


 ぼやき、端末から情報共有アプリを起動すると、今回の任務の資料を纏めたフォルダを開く。照会するまでもなく、面倒な出張の原因となった邪教、天の扉の、それも幹部たちだ。


「また一番邪魔な時に現れましたね…ッ」


 屋上から飛び降り、壁面を蹴って跳躍する。一直線に異物の眼前に降り立つと、右腕を自らの二つ名のもととなった巨大な刃に変化させ突きつけた。

 合計三人と見える幹部の一人が短く悲鳴を上げ、遅れてそれに気づいた残りの二人がぎょっとして立ち止まる。


『シルヴァ、狙撃しようか?』


「いや、こちらは構いません、私一人で制圧します。クロウさんは引き続き周囲の警戒を」


 端末で最小限の通信を済ませると、シルヴァは出来る限り低い声音を取り繕って三人に語り掛ける。


「さて、あなた方には幾つか尋ねたい事があります。その前に我々の仲間が事態を収束するので、まずは身体検査と行きましょうか」


 懐から拳銃を取り出そうとしていたらしい幹部たちが身を震わせ、シルヴァの怒気に押されたらしい、腰を抜かしてその場に座り込んだ。


『終わったようね』


 端末からリオンの声と、逃げ惑う市民たちの足音と怒号が聞こえてくる。シルヴァは「お疲れ様でした」と全員に告げると、右腕を”格納”し、天の扉幹部たちに歩み寄っていった。

 見るからに混乱しているらしい、幹部の一人は口角から泡をふき出して言葉に成らぬ声を上げているし、もう一人は一心に何かに向かって祈っている。三人目は、相変わらず懐に手を差し入れたまま虚ろな目をきょろきょろと彷徨わせている。

 気が付くと大まかな避難が終わったらしく、周囲が心持静かな空気を取り戻していくのが肌で感じられた。地面を煌々と照らしていた空からの赤い光がゆっくりと引いて行く。今度こそ終わった、と、シルヴァは端末を掲げ、三人の照会作業に入る。


 そして拘束具を取り出すと同時、内一人の体が内側からはじけ飛んだ。




「クロウさん…ッ?」


『俺じゃない、これは…』


 反射神経だけで反応し、後ろに飛んだためシルヴァに怪我はなかった。爆破した一人の血と肉片を浴びて、もう一人がわなわなと震え出す。その身もほどなく内側から破裂する。


「自爆…」


 幹部の最後の一人が、懐の内側で操作していたらしい自爆スイッチを高々と天に掲げた。


「天使様、我らに祝福を…」


 最後の一声と共に、スイッチに掛けた指に力を込める。幹部の体が粉々に吹き飛ぶと同時、体内に仕掛けられていたらしい何らかの物質が赤い石のような破片を周囲にまき散らしながら、異界の酷い異臭を放った。


「”羅石”…」



 深度零を踏査したハイアンカーと法王庁の合同隊により、異界からは様々な異物も発見された。最たるものが”羅石”。異界とのワームホールを生み出し、自らに濃い深度零のエネルギーを帯びる鉱物である。

 羅石は様々な恩恵を現実界に及ぼした。羅石を纏うように常に発生している石油や原子力を越えるエネルギーを、電気へと変換させた某企業の技術開発により、現実界はほぼ無限とも言えるエネルギー資源を得る事になった。ハイアンカーと一般企業の合同チームにより、羅石を埋め込んだ対・魔女兵器の開発も進んだ。現在ハイアンカーで規格化された、リオンも所持する銃は、それを持つ者の羅患から異界のエネルギーを得て動作する、魔女にも致命傷を負わせる事が可能な稀有な兵器となった。


 羅石は一般に流通しないようハイアンカーが幾つもの法で縛っている。悠に悪用が可能である事と、その全貌が解明されず、どんな危険性が潜んでいるか解らないためだ。

 それでもハイアンカーや法王庁と癒着した裏の売人たちにより、少量ではあったが採掘された羅石がばらまかれている実態があった。



 一瞬であったか、数秒であったか。

 羅石の存在を目に留め、反応が遅れたシルヴァを抱きかかえ引き離したのは、ブラックであった。


「何ぼんやり…してんのさっ」


「す…すみません」


「いいから、僕から離れて…」


 ブラックの体ががくがくと震え、額からは玉のような汗が零れ落ちていた。シルヴァが彼女の両足の羅患に突き刺さった羅石の破片を見咎めると同時、彼の体は宙を舞った。

 ブラックがとっさの判断で放り投げたのである。


「ブラック…ッ」


 羅石により異界のエネルギーの甚大な負荷が掛かったのだ、ブラックの羅患がめきめきと音を立てながら増長し、彼女の全身を覆っていく。


 現場に集まって来たシルヴァとリオンの分隊のメンバーたちが息を飲んだ。


「まさか、こん、な…下手、を打つ、なんてね…」


 収束し始めていたかと思われた空の赤が、一際まばゆく地を照らす。


「バイバイ、シルヴァ」


 ”それ”は巨大な異形の姿へと変化を遂げて行った。

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