彗星
下東 良雄
彗星
深夜、何の物音もしない深い森の奥。
森の外からでも見えるほど明るく輝く広場に私はいた。
身体中から力が抜け、もう立っていられない。
私は起き上がらない身体を引きずりながら、粗末で小さな墓標に腕を絡め、刻まれたその名前に口づけをした。
地面に身体を横たえ、夜空を仰ぐ。
満天の星の下、薄らいでいく意識の中で、私はこれまでの日々を思い返していた――
私の種族は、人間たちから『魔族』と呼ばれていた。頭の小さな角、青白い肌、濃青の髪、尖った耳、金色の瞳。彼らから見れば、気味の悪い生物なのだろう。
人間たちよりも遥かに強い魔力を持ちながら、その扱い方を知らなかった『魔族』は、次々に人間たちの奴隷として捕らえられていき、時に彼らの生活を支える燃料の代わりとして、時に戦場での治癒師や強力な魔法の触媒として、ごみくずのように使い捨てられていき、絶滅寸前の状態となった。
そんな中、人間たちの手から決死の覚悟で逃げ出したのが私の両親だった。遥か遠くの森の奥深くに逃げ込み、そこで暮らし、愛を育み、そして娘である私を産んだのだ。
森の中で家族三人幸せに暮らしていた。
しかし、そんな幸せは長く続かなかった。
過酷な使役に長い間耐えてきた両親は、私の成長を待たずして相次いで天に召されていく。
残されたのは、子どもの私ひとりだけ。
何とか生き延びようと、森の中で必死でもがいていた。
それからどれだけの時が経ったのか、私は大人へと成長した。
今日も食料を求め、森を彷徨う私。
そこで出会ったひとりの少年。
足を怪我して倒れ、痛みに苦しんでいた。
人間とは関わりたくなかったが、怪我している少年をどうしても見過ごせず、私は両親に教わった癒やしの魔法を使って少年の怪我を治療し、その場を逃げるようにして立ち去った。
「あなたが息子を助けてくれたのですか?」
翌日、両親を伴って森の奥へやって来た少年。
私は何も言えなかったが、三人とも笑顔で私に頭を下げ、この森の中では手に入らない穀物と果物をお礼としていただいた。私もそのお返しとして、薬草の束を渡したら、顔をほころばせて大喜びしてくれた。
この日から人間たちとの関係が始まる。
森の近くに住む村人たちに癒やしの魔法を行使したり、薬草を提供することで、村人たちからは衣類や食器などを返礼として受けていた。みんな良いひとばかりだ。
そして、毎日のように遊びに来るあの少年。名前はムストくん。十二歳の元気な男の子。私の一番の仲良しだ。
「僕のお嫁さんになって」
私の手を握り、真剣な表情でそのセリフに口にしたムストくんに、ご両親はそれを承諾するかのように優しく微笑み、私は青白い顔を赤くしてただただ照れていた。そんなムストくんと、村長さんにご招待いただいた一週間後の収穫祭で一緒に踊る約束をした。もう大人の私だけど、胸のドキドキが止まらなかった。
そして、収穫祭の日。私は村へ向かった。
でも、様子がおかしい。村から煙が上がっているのだ。
村へ急ぐ私。
そこは地獄だった。
多くの家々が燃え、黒い煙を上げている。
さらに、あちらこちらに見知った村人たちの死体が転がっていた。
そして、無事を願ったムストくんは、家の外壁に矢で縫い付けられている。
その横に大きく書かれた文字。
『魔族を匿っている疑惑のあるこの村に懲罰を与える。
魔族は発見次第、必ず領主または国に報告せよ。
ガリュード王国騎士団』
村のひとたちは、私を守ってくれたのだ。自分たちの命と引き換えに。
私は村の外れに村人たちを埋葬し、ムストくんの亡骸を抱きかかえて、森の中へと帰っていった。
私の心は怒りに支配されていた。
森の広場にムストくんを埋葬し、粗末な石の墓標を立てる。
そして、私はこの広場に自分の血を使って魔法陣を描いていった。人間が編み出した最終禁呪『
禁呪を実行し、この広場に強力な灯りの魔法をかける。これで例の騎士団がここに来るだろう。
私は手紙を残した。
『二年後に巨大な流れ星が落ちてくる。誰も生き残れない。
死にたくなければ、人間としての素晴らしさを示してみせよ。
慈愛の心で、分け与え、助け合えば、死は回避できるかもしれない。
奪い、犯し、殺し合うようなことがあれば、すべてが死に絶える。
二年後の流れ星によってもたらされるのは生か死か。審判の夜は近い。
私はお前たちを見ているぞ』
何をしたって巨大な彗星は無情に落ちてくる。
小さな希望が
それでも人間としての尊厳を持って死にゆくのか。
欲望に
それだけは選ばせてやる。
薄らいでいく星空に流れ星が流れる。
天国でムストくんと一緒に踊れますようにと願いながら、私の鼓動は止まった。
彗星 下東 良雄 @Helianthus
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