第25話 ふらふらちぐはぐラインダンス
朝早くから、訓練と称してデッキを走り回る掛け声で起こされる。
朝食時のレストランはそれこそ戦場のようで、ずらり並んだ献立がみるみるうち兵士の胃袋へ収まっていく。
こんな食事中でも訓練は行われて、招集がかかればトレイに盛った食事はそのままにして飛び出していく。
一時すると何事もなかった様に戻ってきて、元の席について食事を始めるといった状態だ。
こんな生活に不慣れな僕達にとって、レストランで落ち着く事などできはしない。
決局、一日ばかりの共同生活から離脱して、部屋に引きこもるような船旅へ戻った。
夜になれば、酔った連中が大声で騒いでくれる。
これも次の港に着くまでの辛抱と諦めてはいるが、基地近くで不良兵士と対峙している地域の人達は、毎日こんな環境の中におかれているのだろうか。
終りが見えない不条理な生活を送っているのかと思うと、少しばかり怒りがこみ上げてくる。
いかに民間人を外敵から守る為に命を張っている兵士とはいえ、一般社会と接する時は自分も民間人の一員になったと自覚して、社会のマナーを守ってもらいたいものだ。
もっとも、普段から過酷な訓練に明け暮れ、非常事態や戦闘が日常になってしまうと、常に緊張しているのが当たり前の精神状態が出来上がってしまうのだろう。
そんな彼等が酒で気を開放したらば、この船で起きている程度のどんちゃん騒ぎで済んでいるのを良しとしてくれと、兵士の親分が謝罪してきた事がある。
しかしながら親の心子知らずはどの国でも同じ、部屋に籠ってばかりはいられない。
僕やカノコがちょいと外を歩けば、鋭く尖った助兵衛視線が突き刺さってくる。
ここで問題になるのは、その視線の元となっている奴の中に海兵隊長までいる事だ。
「まあまあ、襲って来たりはしないから、水着でモンローウォークでもやってやんなよ。ある意味、世界を救うであろう作戦に参加した兵隊さん達なんだ。少しは慰労サービスしてやんなよ」所長が言う。
「そうですわねえ。せっかくですから、船に乗っている女子全員で水着のラインダンスなんぞ御披露してあげたらどうかしらーん」
州浜が先導して、船のスタッフまで巻き込んだ慰労のディナーショーが開かれたのはその夜の事だった。
人一倍自己顕示欲が強い上に、そこそこスタイルに自信があるから始末に悪い。
世界一周豪華客船の女性クルーは、男性クルーとほゞ同数程度と多い。
その中から少しでも踊りの心得がある者が選抜された。
踊りと言っても、日舞やフラダンスまで視野に入れている。
まったくの素人といっていいだろう面子になった。
ぎこちなく不揃いなラインがウザウザ並び、ザワザワとうごめく様は決してラインダンスと呼べる代物ではない。
女の生足を見たいだけの兵士にとって、慰労はこれで十分のようだ。
チグハグ収集のつかない踊りの中心にいるのが僕でも、観客となっている兵士達は、喜びの歓声と拍手を送ってくれるばかりだ。
一通りの演目が終わると、僕達と兵士達はすっかり打ち解けた。
翌日、小さな港町の沖に停泊すると、上陸用舟艇が海兵を迎えにきた。
デッキから降ろされた無数のロープを伝い、一斉にボートへ降り立つ姿は、ある種のパフォーマンスにも見える。
実に見事なものだ。
ボートから手を振る兵士達に、乗員一同も答えて手を振る。
僕も女性のふりをしてラインダンスに加わっていた責任上、とびっきりの可愛娘ぶりっ子笑顔で大きく手を振ってやった。
やれやれ、一仕事終わったなといった雰囲気。
クルーばかりがボヤーっとしている船上は、祭りの後のようにうら寂しい。
これで難なく海賊作戦は成功し、積み荷の麻薬は全て押収されるといった結果になったのだが、その後の最終目的であった人質解放や組織撲滅といった作戦はどうなっているのか、気にかかるところだ。
もっとも、すでに秘密を知っていると言うだけで幽閉されている僕達は、一般人にまで格下げされてしまった。
何を外務省に聞いたところで、答えてくれる筈がないのは分かっている。
おまけに、僕やカノコの能力を知っているからか、あいつらは作戦が終わってから一切僕達の前に姿を現していない。
事情をスタッフから探ってみると。
外務省の二人は、海外で災害災難にあった邦人に対する対処マニュアルに従い、乗客が乗り換えた船に同乗して、邦人保護の任務に就いたらしい。
どう考えても、僕達を回避した行動であるのは容易に想像できる。
最後まで騙され続けた結果として、僕達は隙間風の吹きすさぶ元豪華客船で、ゆったりのんびりの旅を続ける事を余儀なくされた。
一般人の乗客がいなくなり、兵士も下船すると、カジノも舞台も閉鎖。
どこぞに寄港するでもなく、何の観光もないまま、ただひたすら海を走るだけとなった。
最初の一週間はまだ陸地が見えたが、大陸最南端を過ぎてからは、どっちを向いても海ばかり。
たまに小さな島を発見すると「島だー! 陸地が見えるぞー!」みんなして遭難者ごっこをやりだす始末。
ハワイ沖だろうあたりを過ぎたころには、僕達ばかりかクルーもグデグデの状態になってしまった。
さて、ここでようやく、船に残っていた組織の一員である副船長が動きだした。
海賊作戦がいよいよ大詰めのようで、僕とカノコで探ってみれば、船の積み荷がそっくり奪われてしまった事に今頃気づいたようだ。
この時、副船長はうっかり組織の中核に位置するであろう人物に直接連絡を入れてくれた。
これは、麻薬カルテルを一つに束ねている組織の中心部に食い込む情報でもある。
が、どうせ外務省の連中が突き止めている事だろうし、僕達はただの野次馬だからね。
この時は知っても知らぬふりでスルーした。
フワついきダラダラ旅もあと一日で終わりの日になって、帰り支度をしている僕達の前に、いきなり外務省が現れた。
とっくにおさらばを終えた関係かと思っていたが、そうでもなさそうだ。
観光まで含めて残りの航海をすっかり終えたとかで、僕達にとっては余計なお世話の観光土産まで持ってきている。
「これはね、パリーの御土産ですーの、皆様で召し上がれ!」
目の前に出されたのは、近所のスーパーでも売っていそうなフランス産のワイン………。
何を企んでいるんだ。
いずれにしろ、こんな安物に騙されてホイホイくっついていくイヌッコロと思われているようだ。
非常に気分が悪い。
これには、すかさずコルク抜きを探す所長を除いて、みんなの感情が一致している。
座ったまま、誰も外務省と話そうしない。
「実はですね、御願いがあって参りました」
塩味が神妙な顔つきだ。
何を言わずとも、あと一日待てば日本の地上で対面できるのに、わざわざヘリまで使って彼等が部屋に入って来た事からして、御願いとは相当な難題である。
「嫌だね」
ワインを一口味見した所長が、用件も聞かずに威勢よく断わる。
「まあ、話だけでも聞いてくださいよ」
「これ渋いんだわ。何でドイツワインにしなかったの。他にも、カリフォルニアとか、チリとか、スペインとか、イタリアとか有ったろ?」
「そんな庶民のワインでは満足していただけないと思いましたのー」
州浜に負けず劣らず何時でもそうだが、とっても棘のある言い方しかできない女だ。
何とか省とかに勤務してエリートコースを歩く連中は、往々にしてこんな者なのだろうか。
であると仮定すると、今まさに庶民の味がするドイツワインと土産にもらったフランスワインを、半々にまぜこぜして飲んでいるカノコは異端中の異端と言えそうだ。
所長にいたっては論外で、土産のワインに蜂蜜を溶いている。
そんな事ばかりしていると、いつか糖尿になるぞ。
「私達に御願いとは何で御座いますの?」
安倍川をライバルと意識したか、州浜がいつもより素直な雰囲気を醸し出している。
「実はですね、副船長が何処に連絡したか調べてほしいのですよ」
「そんな事なら、お前らの権限と組織力があったら簡単に割り出せたろ。なーに怠けた事頼んでくれちゃうかな」
所長の言う事はそれなりにもっともだ。
貰った酒がまずかったばかりの嫌がらせ? とも思えるから同調しにくい。
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