第24話 実戦か?
「止めなさい!」
僕がいくら鬼の顔で怒鳴っても、いっこうに態度を改める気配はない
本格的な実弾発射まで秒読み段階という時になって、外務省の二人が余裕しゃくしゃく部屋を訪ねてきた。
これにて自衛隊員暴走による惨劇は阻止されるものと確信した。
のもつかの間「左端の上から二メートル位の所で折ってやって」安倍川が設置された銃口の向きを指示する。
「了解」金太郎がにんまりする。
「大丈夫です。これも打ち合わせ済みですから。カノコさんの発砲は承認してませんけど………まあ良いでしょう。彼女、射撃だけは何時も落第点ですから」
安倍川が黒革の手帳を広げている。
あの中には僕達ばかりか、世界中の怪しい情報が書き綴られていそうだ。
塩味が、機関銃を構えた金太郎の肩を軽く二回ばかり叩く。
バババババリバリバンバンドンドンバババーーー!!
鼓膜を突き破らんばかりの銃声が、他の銃声を掻き消す程に響き渡る。
晴れ渡った青空に飛び散るマストの破片。
一瞬、全ての銃声が止むと、メキメキ音を立ててマストの上部が傾き始めた。
重機関銃でマストを正確に打ち抜くとは、実に優秀な自衛官なのだろう。
と、ほんの一瞬だけ思わせてくれる光景だ。
「まさか、あれ使う気か?」
両の人差し指を耳に突っ込んで耳栓替わりにしていた所長が、海賊船に設えられている数世紀前の大砲を見ている。
銃声は止んだものの、大砲の周囲で忙しい動きがあるからだ。
「まさかでございましょ。いくら旧式でも、あれ食らったらこの船に穴が開きますわよ」
州浜の言うのを信じたい所だが、演技とはいえあそこまで準備していたら、打ち込んで来ると予想すべきだ。
「総員、衝撃に備えよ。総員、衝撃に備えよ」
無駄に爽やかな船長の声が、艦内一斉に響き渡る。
外では、海賊達がカウントダウンを始める。
「サン・ニイ・イチ」
日本語で言ってくれるあたり親切のつもりだろうが、いかにも大根役者が団体でやっているようでしっくりこない。
「ファイヤー」
メガホンを持った海賊の頭が叫ぶと同時に、ズッドーンと低い発砲音がする。
瞬時に船全体へ軽い衝撃が伝わった。
震度三程度だろうか。
大きな音がなかったら大波を食らった時と区別がつかない程度で、予想していたより軽いものだ。
「こんなもん?」
僕の疑問はみんなの疑問。
すぐに安倍川が答えてくれる。
「火薬を減量していますから、船体がへこむだけです」
「これも打ち合わせ済みかよ」
ついさっきまでランランとしていた所長の目から、一気に輝きが失せていく。
「そろそろ部屋に入って伏せていてください」
塩味が僕達を部屋に押し込むと、椅子やテーブルを使って窓側にバリケードを張る。
安倍川がサッと外に出ると、救難信号弾を海賊船に向けて打ち込んだ。
これが合図だったのだろう、今度は実弾の嵐が僕達の部屋を中心に打ち込まれ始めた。
重機関銃の銃座があって、マストを一本御釈迦にした張本人が巣食っている。
当然の報復だろうが、演技にしては度を越している。
破壊されて激しく飛び散る酒瓶や食器。
弾け飛んだ食材の破片が部屋中に散乱する。
「どうなってんの、実戦じゃねえの」
銃声による破壊の音に負けないように叫ぶ所長の怒りはみんなの怒り。
「直ぐに止みますからーー」
塩味も叫ぶ。
言うとうり、銃声は三秒ほどで止んだ。
しかし、なんとこの三秒の長く感じた事か。
海賊船からの銃声が止んだ静寂の中、安倍川が塩味の胸に銃を向けて一発打ち込む。
塩味はその場に倒れたが、傷を負った様子はない。
防弾チョッキを着ているとみえる。
すると、この銃声が合図だったのだろう、今度はこちら側から海賊船に向けて一斉射撃が始まる。
「これだけ打ち込まれて、誰にも当たってないのも不自然ですからね。もう外に出て大丈夫ですよ」
僅かばかりの時間だろうが、どうしても野次馬根性は消し去れない。
慌ててテラスに出てみると、海賊達が物陰に隠れ伏せている。
ここを避けるようにして、海兵達は実弾を打ち込んでいる。
すぐに鳴りやんだ銃声。
船が錨を巻き上げると「只今より全速前進にて退避します」船内放送がある。
「逃げるのかよ」
所長が不満げである。
それもその筈、戦場となっているこの場からかなり距離があるものの、どう見ても星条旗が似合いそうな戦艦や日の丸が似合いそうな駆逐艦が見えている。
戦闘を演じている中にあの船が入ってきたら、数分で海賊船は撃沈されるのが目に見えている。
しかるにこの景色は、作戦の内容を知っている者から見れば、何らかのトラブルがあった時の為に待機しているものと判断出来る。
なのに、所長は演技と現実を混同している。
「ねえ、自衛隊の潜水艦て何してたの。魚雷打ち込んだだけ?」
僕の疑問はみんなの疑問。
「仕事してましたよ。銃撃戦で時間稼ぎしている間に、船底から麻薬をそっくり抜き取ってました」
金太郎が自慢げだ。
「抜き取るって、特殊な潜水艇が必要なんじゃないの?」
「潜水艦事故時の救助艇ならば、どんなハッチにもサイズを合わせられるんですー」
千歳はもっと自慢げだ。
やはり二人はできている。
「そんな事よりー、この部屋どうしてくれるのよ。今夜寝る所なくなっちゃったじゃないのー」
居候が長いせいか、すっかりこの部屋を我が家と思い込んでいるカノコが、外務省の二人に猛抗議する。
「その事なら問題ないです。この事件を受けて、乗客は別の船に乗り換える予定になっていますから、どの部屋でも使いたい放題やりたい放題でーす」
「よくそんなに都合よく船が手配できたもんだな」
「外務省の力をなめてもらっては困りますね。こんな事、親方日の丸なんだから、なんなく熟してみせますよ」
大樹の陰でコソコソやっているだけにしか聞こえないが、それでもやれる事は僕達一般庶民とはけた違いのスケールだ。
カノコが生息している厚労省ではなく、この人達がいる外務省に一生へばりついていっても良いような気分になってきた。
惨劇とは無縁の銃撃戦から一日、近場の港で乗客は別の船へと乗り換えた。
普段は一年かけても承認印を押せない御役所の仕事にしては、異常に早い対応だ。
しかし、この事に疑問を抱く乗客は皆無で、どの顔もありがたやありがたやと言っている。
厚労省の任務からはかけ離れた事態で、僕達の仕事は今の所何一つない。
完全に宙に浮いた。
それなのに、僕達は関係者だからとばかり、銃弾の痕跡も生々しい可愛そうな船から乗り換える事は許されていない。
裏を返せば、作戦の秘密を知っている者として、ほとんど幽閉と思える船旅が続く。
とは言え、元は豪華客船。
乗務員はそのまま残り、荒れた部屋の掃除やら戦闘後の片づけといった作業に励んでいる。
海賊作戦の時に乗り込んだ海兵達が、基地のある港まで同乗するのだが、豪華客船を見慣れていないのに船に詳しいから始末に悪い。
軍の規則には反していないものの、船上の様相が今までの旅とは一気に変わっている。
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