第23話 戦闘開始
二件の殺人事件に加えてチンケな海賊襲撃があっただけで、この手の話としてはいたって平和な航海が続いてきただけに、残り僅かとなった船旅を、凄惨な血の海で締めくくりたくない。
とはいえ、僕如きがどう足掻いても、今更どうこうできる次元ではない。
やはりカノコが言う安心説を信じ、暫しのんびりゆったり過ごしていた方が精神衛生上よろしい。
という訳で、これ以上の未来予想をするのをやめた。
過去は見られても、これから先の事を知るのは不可能だから。
怠慢を絵に描いたような船旅を続けていると、カナダ・アメリカと寄港する度に乗客が増えていく。
ここらあたりから乗っても、行先は寄港しない南米を経て日本に向かうだけの旅だ。
どこが面白くて海上生活者になるのか、いささか奇怪な展開になってきた。
カリブ海が近くなっているので、海賊計画に支障が出ないかどうかの事前調査が必要になってきた。
どんな人達か全部調べるのは大変な作業だ。
ほゞ半日は仮死状態になって、あとの半日で報告書を書き上げる事三日。
驚ける事に、乗り込んできたのは海兵隊の特殊部隊と、カナダやアメリカで暗躍している麻薬カルテルの幹部達。
数では半々といった勢力図が出来上がった。
既に、船上での戦争準備が始まっていたのだ。
海兵の頭を覗いたカノコによれば、自衛隊の潜水艦もこの船と並航しているようで、海面下では船底の麻薬を積み下ろししている特殊潜水艇を、随分と離れた所に追いやっている。
明日にも海賊計画が実行されそうな緊張状態の中、僕達は相変わらず能天気な船旅をエンジョイしている。
こんなのでいいのかなといった疑問が沸かないわけではないが「いつもと変わりなく過ごしていてください」と外務省から指示されている身としては、そのまま御言葉に従うしかない。
この調査依頼を受けて船に乗り込んだ時は、今から僕は豪華客船の主役だと思ったものだ。
カノコに出会い警察庁から外務省、はてはカリブの海賊まで出てくる始末。
しっかり脇役どころかチョイ役に甘んじている。
それはそれでいいとしても、世界規模の計画があると知っていたら、何も僕は豊胸手術や整形までして女方になる必要はなかったのではなかろうか。
今から過去に体ごと戻るのは不可能だ。
未来が見えないのだから、ああだこうだ愚痴っても仕方ないのは分かっているが、はじめからカノコとコンビで乗り込んでいれば、警察庁と同じに豪華な部屋が割り当てられていただろう。
カノコの相方も殺されなくて済んだ。
それよりなにより最も悔やまれるのは、すっかり怠惰な生活に馴染んで、日本に帰ってもまともな社会人として復帰できないであろう程に所長が仕上がってしまった事だ。
今回の海賊作戦で、海賊達の家族や誘拐された人達が開放されればいいが、失敗すれば数百人もの犠牲は避けられない。
いくら軍隊が介入している作戦とはいえ、確実な事など何一つないのが実情だ。
カリブに入ると、船は幾分速度を落として航行し始めた。
どこかの港に入る予定はないが、日の入り日の出をこの海域で過ごすためだ。
すると間もなく、船の進行先で爆音とともに大きな水柱が立ち昇った。
「只今、海域一体を荒らす海賊から停船を指示する通信を受けました。前方での爆発は、このまま航行を続けた場合、船体に魚雷を打ち込むとの威嚇です。誠に不本意ではありますが、これからこの船は停船し、海賊との交渉に入ります。御客様への危害防止の為、只今より御客様は客室内で待機していただきます。これは御願いではありません。船長命令です。反した場合は、たとえお客様でも監禁の措置を取らせていただきますので、必ず客室乗務員の指示に従ってください。緊急事態です。指示に従わない方の生命及び財産の保証は致しかねます。これは訓練ではありません。緊急事態。乗客は直ちに室内へ退避しなさい」
演劇部にでもいたのか、船長が緊張感を漲らせて船内放送をする。
この放送と同時。
船内の海兵が、乗客として紛れていたカルテルの幹部連中を、各部屋で軟禁状態にした。
仕組まれた緊急事態とは分かっていても、相手として本物の海賊がやってくる本番となると緊張するものだ。
外の様子が気になって仕方ない。
これはカノコも同じで、船長の頭を覗いた時に知ったパスワードで、船内監視カメラの画像を自室のパソコンへと取り込む。
どうせそんな事だろうと悟った警察庁の二人も、僕達の部屋にやってきた。
困った事にたまげた事に、アナグラにいるべき二人までやってきた。
相変わらず所長は浮世離れしていて、テラスに出てノヘーっと海を見ている。
ほどなく、停船すると錨が降ろされた。
魚雷は自衛隊の潜水艦が撃ち出したものだろうが、肝心の海賊達がやってこない。
かれこれ三十分。
停船はしたものの海賊の姿がない。
いつもどうりにルームサービスが行われている。
昼時という事もあって、客室係は忙しそうに部屋へ食事を運んでいる。
そんな昼食バーベキューをとりながら、飽きずに海を眺めていた所長が大声を出す。
「おー来た来た。やっと見えたねー」
「何が見えるの」
室内にいた僕達がテラスに出てみると、遥か彼方に帆船が見える。
「海賊って……あれ?」
時代錯誤も甚だしい登場だ。
船影を確認してから一時間半、ようやく帆船が僕達の船に辿り着いた。
「ちっちゃ!」
自衛官の二人がこぞってつぶやく。
「ところで君達、ここで油売ってていいの?」
所長が、皆の疑問を解決できるかもしれない質問を二人に投げかける。
「大丈夫ですよ。と言うか、僕達がいると邪魔みたい」
「そうなんです。これから銃撃戦だとかで」
海賊と交渉するといったシナリオじゃなかったのか、銃撃戦なんて聞いてないよ。
船長がメガホンを持って、眼下に停船した海賊船にアナウンスする。
「私達は君達と交渉する気はない。直ちに引き揚げなさい」
この言葉が終わるやいなや、デッキに伏せて待機していた海兵隊達が、一斉に銃火器を担いで立ち上がる。
五十人はいるだろうか、対する海賊も立ち上がり、銃を海兵に向けて奇声を上げるやいなや、激しい銃撃戦が始まった。
「非戦闘員は窓から離れ伏せていなさい。繰り返す。非戦闘員は窓から離れて伏せなさい」
船長が船内一斉放送で命令する。
模擬戦闘なのだから危険はないのだが、じっくり観察されては具合の悪い場面も多々あるのだろう事は容易に想像できる。
どんな戦闘劇が演じられているのか、興味本位の野次馬ばかりが集った部屋には、船長命令を聞く耳を持った者などいない。
窓にへばりついて見ているのは可愛い方で、所長はテラスでバーベキューにビール。
カノコにいたっては、これに加える事の拳銃乱射が加わっている。
赴任の時に預かった物である事を鑑みるに、装填されているのは実弾である。
まかり間違って海賊の一人にでも当たったら、それこそ本当の戦闘になってしまう。
「カノコ、止めなさいよ。酔った勢いでの発砲は服務規程に反してるでしょ」
しっかり違法のテロ行為に見えなくもない所を、じっとこらえてやんわり意見してみる。
なにせ相手は酔っている上に、異常な興奮状態にある変態だ。
何時でも銃弾を阻止できるよう、盾に所長を使っているのは正当なる防衛として記録してもいいだろう。
「大丈夫。狙ったってかすりもしないのに、当たるはずないでしょ。空砲ばかりじゃ寂しいでしょう。景気づけに撃ってあげてるの。感謝してもらいたいわー」
「僕もそう思って、重機関銃持って来たんです。マストの一本も折った方が迫力が出ていいですよねー」
金太郎自が、非現実的な発言と非常識な行動をとっている。
これを制止するべき千歳は、せっせと銃弾の装填を手伝っている。
きっと二人はできている。
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