第22話 定年退職後の生きがい秘密結社

 宴が始まって一時間ばかりが過ぎたころ。

 始まったのが朝食時で、まだ十時にもなっていない。

 外務省が自己紹介を済ませる。

 事前調査で既に知っていた名だが、男の方は塩味紫舟で、この相方として乗船している女の方が安倍川あられ。

 この安倍川がカノコを呼んで、大きな部屋の隅っこへと行く。

 カノコはそのままに、次は所長を呼んで暫く談話する。

 すると、いつもは能天気なのが神妙な顔つきになって帰ってくる。


 それもつかの間、ひょいと取った大きなスプーンでキャビアを山盛り口の中に放り込むと、いつもの所長に戻った。

 続いて州浜・月野と呼ばれ、僕が最後に呼ばれた。

「アズキはあとで居眠りこいて、談話で何があったか覗いてね」

 カノコの一言で僕の順番は終了した。

 みんなは何がどうなっているのか納得している様子なのに、僕だけ蚊帳の外に放り出された様で気分が悪い。


 昼頃になると金太郎が部屋にやってきて、しこたま飲み食いすると、完璧な出来上がり方でアナグラに帰っていった。

 三時ごろになって千歳が部屋にやってくる。

 これまたしっかり出来上がって帰っていく。

 あんな状態でアナグラは大丈夫なのか。

 銃火器をふんだんに取り揃えた部屋で、男女が一緒になって酔っているのだ。

 ちょっとしたいざこざが発展して、銃の乱射事件に発展しなければいいが。


 とかなんとか心配しながらも朝からの宴会で疲れているし、僕だけ真相を聞かされていないままなのが気に入らない。

 何時間も酔って騒いで、監視されていない部屋という事も手伝って、言いたい放題の会話をつぎはぎすれば、外務省の二人は二重スパイの様な活動をしていた。

 今回の視察のずっと前から、この船での非合法取引に目をつけていたようだ。

 後で寝ながら確認するとしても、皆が話しているのが本当ならば、僕達は今まで外務省の二人に適当いい塩梅いい加減に操られていたとの結論が導きだされる。


 御多分に漏れず、外務省内にも密告者がいるとかで、省全体が今回の任務を知っているのではない。

 今回に限らず、外務省が世界規模の麻薬取引撲滅作戦に関わるのはよくある事で、この点、国内の取り締まりまでが限界のマトリや警察の範疇を遥かに超えている。

 当然、相手にする組織の規模や武力も桁外れの物があり、小さな国家の軍隊に匹敵するほどの武力を有している連中までいる。


 正攻法で対抗したのでは、到底勝ち目のない戦いになる。

 ここで最も重視されるのが取引に関する情報で、世界中の外務官は、組織や取引について知った事実を共有するのが暗黙の了解となっていた。

 これとて、一部の者によって維持されてきているルールである。

 いわば秘密結社のようなもので、これらの情報管理は既に引退して民間人となった人達が深く関与している。

 どこまでも監視の目は行き届いているけど、圧倒的武力の差は埋めようもなく、たとえ確たる証拠があったとしても、巨大麻薬カルテル撲滅に乗り出す事はできなかった。


 カルテルは裏から回される豊富な資金を背景に、幾代にもわたり国際社会にはびこり続けてきていた。

 カルテル撲滅の為、時として正義に目覚めたか正気を失ったか、どちらともつかない指導者が血迷った政策をもってして、国内の麻薬関連組織を撲滅させるべく動く事はあっても、カルテル全体を壊滅に追い込む事はできなかった。

 そんな時でも、外務省が関わる結社は冷静に情報を収集整理し、誰が頂点に立っているのか、どの組織を解体するのが最も効果的かの分析を行って来ていた。


 しかしながらヒュドラの例えの如く、麻薬に関わる組織の構成は極めて複雑で、トップを暗殺したとしても次から次へとその地位を受け継ぐ者が台頭してくる。

 一度体験したら、その魔力に憑りつかれて抜け出せなくなるのが麻薬である。

 中毒となった一般人までが取引に加担して行き、ネズミ算式に増えていく。

 制御のしようがないといった所が結社の本音のようだ。


 ここにきて、世界に散らばる麻薬カルテルをひとまとめにしようとする動きが出てきているというのが、彼ら外務省チームの導き出した現状だった。

 仮に組織が一枚岩になったとしたら、非常に危険かつ強大な一団になるのは確実だ。

 反面、世界全ての麻薬組織を同時解体する千載一遇の機会でもある。

 戦略などという言葉に無縁の僕でも、容易に想像できる。

 こんな話からして、僕達が目論んでいた麻薬取引の摘発や日本国内の組織解体といった目標とは、桁違いの計画が進行しているのが現在の国際社会だ。


 しかし、ここで浮かんでくる疑問符は、そんな大事な情報を収集している時に、運び屋の船を海賊に襲わせるというのはいかがなものか。

「ねえ、海賊に船を襲わせてどうしようっての、副船長が誰に連絡するかなんてのは、とっくに知ってるんでしょ」

 何気なく、宴の腰を折るような質問をしてみる。

「人道的措置とだけ言っておきましょうか、これ以上の事はカノコさんに聞いてください。どうせさっきの面談ですべて読み取られてるでしょうから」

 塩味が、屈託のない笑顔で回答する。

 こんな時に、爽やかすぎるのがいけ好かない奴だが、カノコの能力まで知っている情報力には感服する。


「そこまで知ってるならついでに聞いちゃうけど、どうして今までカノコにも君達がスパイやってるって気づかれなかったの」

「それなりの訓練は受けていますから」

 安倍川が横から入ってきて、僕の股間をスリスリやって笑う。

 男と違って、こいつは根っからの淫乱女と思える自然な手の動き。

 脳の働きまで自身でコントロールできるようにする訓練とは、きっと電気椅子のような機械に縛り付けられてピーガーやるに違いない。

 想像しただけでゾッとする。

 外務省恐るべし。

 この二人、役人気取りで贅沢三昧しているただ飯ぐらいではなさそうだ。


 宴が正午を回る。

 酔いと満腹感で眠くなってきた。

 暫し休憩をして、夕方からこの続きをという事になって各自一旦部屋に戻る。

 どいつもこいつも、尋常ならぬ肝臓の持ち主ばかりだ。

 所長はいつもの事でヘベレケだが、まだまだ飲める筈だし、カノコも似たり寄ったり。

 警察庁の二人にいたっては、ワインをチェイサー代わりワイルドターキーをボトルで回し飲みしていた。

 一番の不安材料はアナグラ勤務の自衛官だが、二人の安否を確認する前に、カノコに海賊計画の真の狙いを聞いてみる。


「どうして海賊に麻薬を盗ませるの?」

「私も疑問符十個くらい出てきちゃったから、その辺の所をしっかり読んだのね。そうしたらさ、麻薬カルテルのやってる事ったら、薬の取引だけじゃなかったのよ」

「他に何か?」

「何かじゃないわよ、人間。人身売買が絡んでいてね、今回の海賊計画に協力してくれる本物の海賊さん達の家族も、人質に取られてるのよ」

「それで人道的措置って言ってたのか」

「そうそう、今回みたいに、大量の麻薬を横取りすれば、それと引き換えに人質や誘拐された人達の開放について交渉できるって魂胆。ついでと言っちゃなんだけど、巨大カルテルの中心人物を炙り出す目的もあるのよ」

「なるほど、それで非公式に自衛隊も参加するって事なのか」


「自衛隊だけじゃないわよ。海兵隊の特殊部隊も参加するんですって」

「もはや戦争?」

「どちらにしても、船を沈めたら両方が損をするから、ここには攻撃してこないわよ」

 ルールや常識が通用しないのが戦争だから、そんな道理が通用する筈ないと思う一方で、そうだそのとうりだと安心したい気持ちが頭の中でけん制しあっている。

 実際に海賊行為が起こったと想像してみるに、乗客の中には血の気の多いのも幾人かいるし、非常時用の銃火器が装備されている事も知れ渡っている。

 たとえ打ち合わせ済みのとはいえ、事情を知らない豪傑がいたら、アナグラから重機関銃を持ち出して海賊達に向けないとも限らない。

 そうなってくると、話はややこしい方向に向いてしまうに違いない。

 どんなに綿密に練られた計画でも、必ずシナリオどうりに物事が運ぶとは限らないのだ。

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