第21話 禁じ手

 カノコは毎日カジノのルーレットとにらめっこしている。

 帰ってくれば飲んだくれてしまって、組織構成員の脳内観察を完全に怠っている。

 彼女に言わせれば「何も今から慌てて調べなくたって、奴らは逃げないわよ。それにさ、誰にも私の能力については話してないし、証拠にもならないし、私達だけが危なっかしい事を知って組織から命狙われるより、適当に遊んでいた方がいいでしょ」

 一理も二理もある言葉で、調査が手詰まりになってから久しく、ついつい僕もうっかりしっかり遊びほうける毎日を送っている。

 所長はもとから仕事などする気がない。

 警察庁の二人にいたっては、犯人は分かっても手出ししない姿勢を固めている。

 そんなこんなのもっともらしい言い訳をつけて、全員でしらばっくれる気満々の船旅が続く。


 ヨーロッパ巡りを終え、この冬は極寒の北極圏ツアーと、アメリカ大陸縦断の旅を残すのみとなってきた。

 てっきり、昔からアヘンの常用習慣根強いヨーロッパ辺りで船底の物を売りさばくのかと思いきや、諸国漫遊の途中でやる事は他の国々と同じに積み込むばかり。

 一旦寄った日本では降ろさず、世界一周を終えて点検整備にドック入りしたところで荷卸しするつもりか。

 ならば途中、氷山と衝突してこの船が沈まない限り、最後の大陸アメリカで更なる積み込みを行うに違いない。

 帰り途中のカリブ海あたりで、本当の海賊に襲わせ積み荷をそっくりくれてやるのも、日本での陸揚げを阻止する一手段として有効に思えてきた。


「ねえ、船長さんは海賊に知り合いがいるんでしょ。この船を襲わせちゃえば?」

 ついぞ何気なく、自衛隊員が勤務するアナグラ部屋で懇談の時に発言してみる。

 一度は考えた事だけど、具体的な話にはなっていない。

「それね、今回一度しか使えない禁じ手だって、船長が渋ってるのよね」

 いったい何時そんな話をしたのか、カノコが裏で仕事をしているそぶりを見せる。

「私達も提案いたしましたけれど、やはり答えはNOでしたわ」

 州浜も、同じ様な事を船長に提案したらしい。


 ここで金太郎が以外な事を言い出す。

「あのー、極秘ですけど、やりますよ。その海賊計画っての」

 いくら酒が入っているとはいえ、機関砲を磨きながら極秘事項を漏らすあたり、さすがに旅ボケの威力は凄まじい。

「もうー、極秘って言われていたのにー」

 千歳は呆れた様子で、機関砲にセットされていた銃弾を取り外す。

「ねえねえ、襲撃してどうするのよ。中途半端な海賊だったら、この機関砲1丁で沈んじゃうわよね」

 いつになくカノコの目に活気があふれる。

「大丈夫、自衛隊の潜水艦が援護する事になっとるんすよ」

 きっと、この事は極秘事項以上に危険な発言で、国内法ばかりか国際法まで破った計画であるのが僕にも分かる。


「そんな事して良いんですか?」

 聞くだけ無駄な言葉だと頭で理解していても、勝手に声が出てくる。

「あんた、普通の人間が持っている常識ってのを身に着けないと、堅気の社会では生きていけないよ」

「ダーホ」

「君は黙っていたまえ」

 皆が一斉に言葉の暴力を振るう。

 誰が何を言ったかは定かでないものの、概ねこんな感じの状況で僕の立場は壱ミリ四方もなくなった。


 本来、こういった場面でドアホ扱いされるべき人物は金太郎の筈だが、この連中には僕が一番のお馬鹿たれに映って見えている。

 静まった所で、金太郎が声を潜めて話を続ける。

「襲うといっても、ひとしきり船の周囲で騒いだ時に、組織の関係者がどう動くが観察する為のデモンストレーションというか、訓練みたいなものなんですけどね。副船長がどこに連絡するかも知りたいらしいですわ。よくやりますよね。これ、外務省の連中が言い出した事らしいですよ。変ですよね」


「………外務省?」

 皆が揃って首をかしげる。

 国家を裏切って悪行に走っていた外務省ではなかったのか。

 彼らの過去に遡った調査をするには、おのずと限界がある。

 僕が外務省に出会ったのは、この船が初めて。

 日本に一旦帰国した時の調査は短すぎて、たいした成果も上げられていない。

 二人の二百M圏内に入ったのは、この調査が始まってからだけだ。

 その中で知りえた限り、どこをどうひねっても組織に関わって不当な利益を得ているとしか受け取れない言動ばかりだった。

 なのに、今になって正義の味方でもあるまい。


「僕が思うにですね。海賊騒ぎのどさくさに紛れて、麻薬を横取りする計画じゃないでしょうか」

 ここで思いつくのは、こんな事しかなかった。

 心に浮かんだままを言うと、カノコが横からつついてくる。

「バーカ、横取りしたって売るルートがなかったら、大量の麻薬なんてのは宝の持ち腐れになっちゃうのよ。今まで調べたので、外務省の二人が販売ルートを持っていると思える?」

「だよなー、このさいだから、二人に直接聞いてみれば」

 いつもの事で、所長が酔った勢いに乗って突拍子もない発言をして平然としている。


「なんだったら、自分が聞いてみましょうか。これでも海賊計画の関係者になっとりますから」

 金太郎にしてみれば、スパイにでもなったつもりだろうが、余計な質問は危険な事だと分かってほしい。

「それは宜しい考えだと思いますわ。ですけど、ここはすっきりはっきり、私達も海賊計画の御仲間に入れていただきたいですわ」

 州浜は、自分が計画から外されている事でプライドが偉く傷ついた様子だ。

「そのとおりです。この船で警察権を行使するなら、まずは僕達に話を通すのが筋ってもんでしょう。それをですよ、いくら疑ってかかられたからって、僕達を外して大それた計画なんて、もってのほかですよ」

 えらく憤慨する月野のお頭を、州浜がなだめるようになでなでしている。

 そんなこんなのひと騒ぎが僕達の中であって、何の打開策も思い浮かばないまま、部屋に帰ってもんもんと一夜を過ごした。


 翌朝早く、ホームパーティーを開きたいからと、外務省の部屋に僕達は招かれた。

 はせ参じてみれば、そこは船に一室しかないスーパースイートだった。

 中に入れば僕たちの部屋とは雲泥の差が歴然、嫌味もここまでくると格別の味がする。

 僕達の部屋を馬鹿にした州浜が、しょんぼりする程の豪華絢爛ぶりだ。

 この世の贅沢全てを並べたようなテーブル上の料理に、所長はすっかり有頂天。

 何を企んでいるか分からない外務省の話が始まる前から「何事があっても、俺は外務省の二人を信じる」と断言する始末。

 僕も所長の意見に賛成したいところだが、そこは思慮ある成人として行動すべきだと自分に言い聞かせる。

 パーティーが始まると、高そうな物から順に全てを味見する計画を立てた。


 何が悲しいといって今現在、目の前に陳列されたる料理はごく一部を除いて、見た事も聞いた事も、当然だが食した事もない。

 僕よりずっと長く生きている所長は、ヤクザという職業であったから、組長の御供やらなんやらで半分くらいはその名を知っているようだが、それでも味見したのは一回か二回程度で、しっかり食した事はないと言う。


「これはまた随分と奮発しましたのね。船中の食事は無料が基本のツアーですけれども、いくらなんでもこれはオプションでございましょう。外務省のどこにこんな予算がございまして」

 州浜が、遠回しに不正な収入でもあるのかと、勘繰った質問をする。

 どんな家庭で育ったかは不明だが、州浜はこの手の料理や豪華なパーティーに免疫があるようだ。

 頼もしいばかりに見えるが、ひっそりタッパに詰め物をするのはいかがなものか。


「麻薬取引の捜査で御苦労なさっている皆様を慰労いたしたく、今日はこのような催しを企画させていただきました。これにかかる費用は、機密費から出させていただきました。元を辿れば税金ですから、皆さまご遠慮なく。ささ、始めましょう」

 外務省のかたわれが乾杯を唱えると、一同何の疑問もなく大合唱の乾杯をする。

「付け加えておきますと、この部屋は盗聴も監視もされておりませんので、御安心して密談をしてください」

 随分と先回りした気遣いまでしている。

 ただ一つ気に食わないのがあって、元を辿れば税金だろう。

 もっと元まで辿って、少しは遠慮してほしいと思う僕は、やはり小市民で捻くれた性格だろうか。

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