第20話 カリブの海賊 ヤッホーウ!

 困った事が起ってしまったと気づいたのは、海賊事件が解決したお祝いに、武器庫の穴倉部屋で呑んでいる時だ。

「これで皆さんが潜入捜査官だってのは、船の乗客全員に知れ渡ったって事ですね」

 ほろ酔い気分の金太郎が何気なく発した言葉は、一同の顎が外れるほどの驚愕を呼んだ。

「あらら、今更気づいたわ。ついうっかり発砲しちゃったけど、民間人が拳銃持って船に乗っていたらいけないわよね。ガッハハハー」

 カノコが高笑い。

「そうでしたわねー.船旅が長いせいか、つい忘れていましたわ」 

 州浜もうっすら笑っている。

「簡便してくださいよ、これで皆さんの正体バレバレとなったら、船で自由に動き回れるのは僕と所長だけになっちゃうじゃないですか」

「お前と俺だけになっちゃうじゃなくて、なったんだよ。そこんところ勘違いするなよ」

 落ち着き払っているが、所長は内心ボロボロ、話口調の小刻みな震えからよーく取って窺える。


「もういいんじゃありません事。お二人共、いくら下請けとはいえ民間人ですし、この調査に命まで差し出せとは言えません事よ」

 なんだか知らないが、州浜がとっても良い事を言っているように聞こえる。

 これに強く反対するカノコ。

「ダメよ! もう前金払ってるし、船の代金だって支払い済み。御金がからんでいるんだから、命の一つ二つ使ってもらうわよ」

「守銭奴、鬼」

 所長の言い分はもっともだ。


「ところで、カリブ海って、今でも海賊出ますかね」

 金太郎が唐突な質問をする。

「何言ってんだよ、今時出る訳ねえだろ。海賊知ってる奴なら知ってるけど」

 所長がヤクザらしく辻褄の合わない答えを出す。

「知ってる奴って誰」

 所長に視線を一点集中している皆を代表して聞いてみる。

「船長よう、この船の船長。この船へ乗る前は、海賊船でアルバイトやってたらしいよ」

「らしいよって、どんだけ危ない船長なのよ。おとなしい顔して、やる事しっかりやってるじゃないの」

 カノコが、幾分船長にかたむきかけている。

 頭の中を読み取っていたんじゃなかったのか。

 アルバイトの件まで解読しなかったのか。


「海の男だからな」

 所長は胸を張って言うが、お前の事ではないし、海の男が全て海賊経験者でもない。

「カリブの海賊とは、いかなる思考から出てきた発言ですかね」

 月野が話を戻す。

「いえね、どうにも手出しできない相手でも、今回限りなら麻薬を押収出来るかなと思いまして」

 これは、どう考えても海賊にこの船を襲わせるといった、極めて唐突な作戦を言い出しそうな雰囲気だ。

「ダメだよね。海賊にはびくともしないってのを証明しちゃっているんだから」

 僕が、余計な話に進まないよう、他者の発言を抑止する。

「そうとも限らないんですよ。あくまでも伝説なんですけど、駆逐艦並みの装備を持った海賊船が存在するらしいんです」

 金太郎が、めげずに反論してくる。

「君達、何を言いたいのかな?」

 鈍さが際立っている所長が、話をめんどくさくしてくれる。

「早い話が、この船を海賊に襲わせて、麻薬を一切合切奪い取っちゃいましょうという事ですのよ」

 州浜が所長の頭をなでなでしながら教える。

「それは押収とは言いませんね。単なる横取りで、麻薬が市場に出回るのは同じですよね」

 月野が、もっともらしく付け足す。

「そのへんはご心配なく、自衛隊も協力しますから。押収した麻薬は全て焼却しますよ」


 金太郎の話を鵜呑みにすれば、まあまあそこそこなんとなくよろしげな作戦に思えなくもないが、たとえ船長が海賊と知り合いだったとしても、この計画には若干のムリがある。

「それって、海賊には何のメリットもないですよね。やってくれます?」

「金余りの連中から、ごっそり貴金属をいただければ稼ぎになりますよ」

 毒をもって毒を制すの如き作戦だ。

 僕達はこれといって奪われるほど貴金属を持ち合わせていないので困った事にはならないが、それでは一般の客が可愛そうだ。

「それより、乗客全員人質にとって、船会社に身代金要求の方がいぐねえか?」

 所長が、先ほどから飲み始めたウイスキーに早くも酔って前後見境のない発言をする。

「なるほど、なかなかよろしいのではございません事」

 次いで州浜も一緒になって酔っている。


 こうなってくると心配なのはカノコで、何を言い出すか分からない。

「人質までとって騒いでも、一回限りの押収でしょー。表沙汰にもできないしー。やる意味あるの、めんどくさいわ」

 僕の予測を良い方に裏切ってくれたカノコ発言に、一同は項垂れて黙り込む。

 この日の話はこのまま途切れ、結局ただの呑み会になって終わった。


 アジアからアフリカ・ヨーロッパと各国の観光に加え、日常からかけ離れた船上生活が続くと、捜査をしているのか遊んでいるのか、どっちでもいいかといった気持になってくる。

 表立っての捜査は船内で起きた殺人事件の事に限られ、麻薬取引云々についてはまったく進まない状態だ。

 仮に進めたにしても、日本での黒幕が誰か突き止めなければ、これまでの捜査はなかったも同然の空回りでしかない。

 積み荷の殆どを降ろすとの事前情報が有って、ヨーロッパについた時には随分と緊張したが、外務省の二人が上からの指示だとかで荷卸しを中止させた。

 結局、合成麻薬を積み込んだ船はしっかりすっかり麻薬漬け船になり果てたまま、残りの航海を続ける事となった。


 寒い寒いと外に出る事も減って、終いには寄港先での観光もしないで部屋に引きこもってしまう。

 自前で観光している人と、他人の金で遊んでいる人間との差は歴然だ。

 僕の仮死調査から、殺人犯を殺したのは外務省の二人である事まで分かっているが、証拠がなくて捕まえられない。

 この事には、副船長を初め他の組織構成員は気づいているものの、どれほどの後ろ盾かは分からないが、特別慌てたりあせったりといった態度がいっこうにうかがえない。

 とてつもない人物が組織の中核に居るのは間違いなく、クルーの中に紛れている組織構成員の話をまとめると、それはどうやら政府高官であったり大物政治家であったり、巨大企業の代表であったり。

 さながら世界征服を目論む秘密結社の様相に思えなくもない面々らしい。


 らしいというのは、構成員とて組織の核心人物までの情報は得ていないようで、あくまでも噂の域を出ていないからだ。

 その点、殺人の実行犯である外務省ならば、いくらかの知識を持って組織と接している筈だが、これとて、他の構成員の知りえぬ事で、内部連絡は全てメールで行われている。

 つまり、誰が船での指揮をとっているかを知らないまま、構成員達は動いている。

 もっとも、船底への荷入れ伝票にサインをしているのは副船長。

 ちょいと勘ぐれば、ここまではたどり着けるところに居る。

 つまるところ、船に乗っている構成員のトップに位置する副船長でさえ、組織の存在が危ぶまれれば真っ先に切り捨てられる捨て駒に過ぎない。

 一歩間違えれば、殺された部下と同じ運命をたどるかもしれない危険な取引に、どれだけの魅力があって関わっているのか。


 金が欲しくば、カジノでイカサマを働けば済む事だろうに、そんなそぶりはまったくない。

 いたって真面目な人物らしく、成績優秀で船舶試験は現役合格。

 多くの豪華客船での船長経験もある。

 こんな男を副船長にする会社も会社だが、経歴から言えば現船長よりも船長に適している人材であるのは、自分が一番よく知っているのに今の職責に甘んじている。


 組織構成員の噂話では、これで世界が救われるとか、世界に革命が起きるのだといった、いささかキナ臭い事にもなっている。

 たかが麻薬の取引程度で、世の中が変わる筈もなかろうに、資金を作ってテロ組織化する気なのか、既にそういった組織に貢いでいるのか。

 このへんの事情になると、噂話にも出てこないし、カノコの能力を使っても、なかなか核心に至る部分まで探り出せない。

 探り出せないとしたが、もしかしたら探り出そうとしていないと言った方がいいのかもしれない。

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