第19話 カノコが自白剤で落ちた

 外務省の二人が連絡している本国の相手というのは、外務省上層部に所属する人間。

 さらにそのまた先には、政府高官の面々がずらりと顔を揃えていると言う。

 ここまでくると、政治家や巨大企業まで関わっているのではなかろうかと疑ってかかれるが、その辺の所までは調査が進んでいない。

 警察庁内部にも内通者がいるのは確実で、うかつに捜査できないのが悩みの種だと頭を抱えて語る。

 月野の後ろでは、州浜が体をくねらせた妙な動きをしている。

 まだやり足りないのか、それともトイレに行きたいのか。

 こいつもカノコと一緒で、天才と何とかは紙一重のくちか。


「それでですね、ここからが本題でして」

 一通りの長い話は済んだと思っていたのに、まだ続くのか。

 幾分疲れぎみで、これ以上のなんだらかんだら話を受け入れるキャパシティーが僕の脳には残っていない。

 人の気持ちなどお構いなしに、月野が話続ける。

「それでですね、実は、アズキさんの力をお借りしたくて、いえいえ、能力については誰にも話していませんです。私共二人が知る限りで、本国には報告していませんから」

 ………二人が知る限りの?

 その前の段階で、どれだけの人間が僕の能力について知っているんだ。

 それより、どうしてカノコの能力については何も言わない?

 ひょっとして、カノコが酔った拍子に有る事ない事、べらべらとしやべくりまくってくれたのか。


「カノコー! あんた、警察庁に何物語ってくれたの?」

 僕の能力についての話が出たとたん、ソファーの影に隠れたカノコに向かって、怒りの質問を投げつけてやる。

「酔ってたから、よく覚えてないのね。たぶん、貴方が時空逆行できる程度の御軽い話だったと思うのね」

 それが御軽い話か。

 僕の人生で最も重大かつ危険な秘密を、酒という自白剤に負けて語ってしまうとは、やはりこいつはロクデナシだ。

「来週には日本に一旦寄港しますから、その時に捜査協力してほしいんですよ。もちろん、調査予算はたっぷりとってありますから、日当も普段の五倍、いや十倍は出せます」


「あいよ、かしこまりうけたまわり」

 いつも安全圏で薄らボケナスをやっていれば仕事になる所長が、二つ返事で承諾する。

「ちょっとー、僕の立場も少しは考えてくださいよ。こんな危険な仕事で、もしも超能力の存在が世間に知れたら、それこそ安心して生活できなくなるのは僕なんですよ」

 つい、男としての地が出た話しぶりになってしまった。

「そうそう、女の娘ぶりっ子も、私達の前では不要でございますわね。その辺の事情もすっかり存じ上げでおりますものねー。気楽なものでしょう。ホホホ。それにしても、よく御作りになりましたわね。とっても可愛くてよ」

 つくったのではない。

 無理やり改造されたのだ。

 勘違いするな。

 

 とやかく騒ぎ立てている間に、日は暮れ日が昇りを何度か繰り返すと、およそ四十日ぶりに日本へ帰ってきた。

 僕は、帰ったらこんな危ない仕事からとっとと逃げて、船で作った資金を元に田舎でのんびり暮らしたいと願っていた。

 それが、安全圏と思っていた日本までもが、更なる危険地帯と化してしまった。

 逃げようにも所長はもとより、警察庁とカノコに四六時中監視されていては、たとえ地獄の入り口まで走って行っても捕まる気がする。


 何が嫌かといって、もう十二分に持ち合わせている御金で、僕の能力を自由に操ろうとする金持ち根性が気に入らない。

 たとえ能力を貸し出したとて、それで事件の総てが解決するとは思えない。

 これまで知った事だけでも、相手が国家に等しい権力と軍事力を持ち、無尽蔵ともいえる資金も蓄えているのは確実だ。

 予想するまでもなく、僕達の敗北は目に見えている

 諦めずに捜査を続ける人間が身近に居るといった救いはあるものの、それ以外の事柄については絶望的な状況だ。

 これからいったいどうする気なのか。


 日本にいる間の数日間、外務省の二人に張り付いて調査すればするほど、組織の巨大さが浮き彫りになってきた。

 外務省はもとより、警察庁や厚労省の上層部にまで組織の枝葉が伸びている。

 もはや僕達に出来る事は、調書を仕上げる程度しかない。

 それとて、調査を警察庁の二人に指示した張本人達まで組織の一員だ。

 提出したそばから破棄されるか、その場で殺されるのが落ちだ。

 地下にはびこる根っこの部分にいたっては、ありとあらゆる非合法団体が絡んでいる。

 濡れ手で粟のぼろもうけに加え、政府高官から免罪符が出されているのと同じシノギに食いつかない奴はいない。


 今回、世界各国で集めてきた積み荷は、日本に降ろす予定がないらしい。

 日本のヤクザがヨーロッパのマフィアと連携して、ユーロ圏での販売の為に集めた物である事までは分かった。

 警察の証拠保管庫に有るべき違法薬物や大麻も、粗悪な似非ものと入れ替えられ、そっくり船に積み込まれる予定になっている。

 厚労省が抑えた物も同様で、出航前までには船底の荷が更に増える予定になっている。

 何故にユーロ圏に限定して販売するのかは不明だが、日本に積み荷を降ろす気配はまったくない。

 僕達がどう立ち回っても、権限のない外国で売りさばかれたのでは取り締まりようがないし、日本の警察組織は見過ごす気満々でいる。

 豪華客船の正体は、麻薬取り締まり赦罪船となっている。


 世界一周とした船旅は半分終了しているわけだが、ここにきて再度日本から乗り込む客は半分に減っている。

 非常に御高い旅費だ、いくら銭余りでも限界があるらしい。

 それに比べ、溢れる予算を使いたい放題の連中は違っていて、すっかりトップクラスの乗客になりきっている。

 船の中で仕事らしい仕事をしているのは僕だけで、誰もこの調査に対して不平不満を吐かない。


 事務所のパソコンで調書を作りながら「いい加減に諦めて、後の航海は御遊び一本でいきませんかー」

 僕が疲れた本音を吐くと「商売ゝ、ここで稼がなくて何時稼ぐんだよ。堅気のしのぎってのは辛いものなの、それを楽しんでこそプロなんだよ。分かるか」

 日本に帰るなり、組長から足を洗って良いと一筆もらった所長は、日がな一日日向ぼっこを楽しみ、堅気ライフにご満悦だ。

 ところが、仕事や外での付き合いは、しっかり組とつながっている。

 はたから見れば、これまで同様ヤクザである事に気づけよ。

 それとも理解していないふりをしているだけか。

 どの道つかみどころのない性格のまま、堅気と称したヤクザ家業を続けていくだろう事は、周囲の誰もが認めるところだ。


 結局、契約は継続したまま再び日本を出航する。

 案の定というか期待どうりというか、所長はすっかり仕事を忘れてお遊び気分満開の旅が再会された。

 それと反比例して、僕の仮死居眠り調査は頻度を増し、半死半生の引きこもりを続けなければならないでいる。

 何が辛いと言って、寝ているように見えても仮死状態の時は、その実しっかり調査をしている。

 起きたら直ぐに仮調書を作らなければならない。

 さて本当に寝ましょうという段になって、所長が僕を連れてカジノだパーティーだと出歩きたがる。

 僕の真の睡眠時間は、この連れ歩きで激減しているのだ。


 日常的な睡眠不足は御肌の大敵。

 最近おでこに一つ、ぽちっと小さく赤いのが出来てしまった。

 そんな事はお構いなしに、どういった心境かは定かでないが、僕程度の容姿でも「連れていると連れていないでは世間の見方が変わってくるのだよ」と言う。

 所長は見栄を張っているようだ。

 それならばカノコを連れて行けばよさそうだが、酒癖が悪くて横柄な態度の彼女は苦手だとか。

 カノコから誘いがあると、必ず僕まで引き回すからどうにもならない。


 そんなこんなのある日。

 フィリピン沖を出て間もなく、海賊が船に横づけして乗り込もうとしてきた事件があった。

 海賊と言っても漁船に乗った無頼漢が五人ばかりの貧弱なもので、カノコと警察庁が拳銃で威嚇している間に、自衛官の二人が船底から重機関銃を持ち出し、バリバリやらかしたら慌てて逃げ去った。

 事件があって乗客は、この船にも銃火器が備えられている事を初めて知ったわけだが、僕としてはもっとこの事で騒ぎなると思っていたのが、以外と皆さん冷静でいる。

 百万二百万がルーレットの一回転で消えても、平気でいられる連中の心理構造を僕が理解できるとも思えないが、なんとも図太い神経の持ち主ばかりが乗り込んでいたものだ。

 あらためて関心したり驚いたり。

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