第17話 自分、堅気になります

 見ず知らず赤の他人ジャンキーの為に、命を捨てるような仕事を続ける義理はどこにもない。

 それに、カジノで機嫌良く遊んでいる姿を見せてやれば、僕達が完全に捜査から手を引いたと思ってくれるかもしれない。

「ねえ、全部使ってもいいの?」

 僕が何の気なしに聞くと「お前には欲がないのか。現金だぞ、これは金と同じ、使うんじゃなくて増やす為にあるの。お前らだけじゃ危なっかしいな。俺も一緒に行ってやるよ」

 言葉が終わる前に、いそいそそわそわが始まる所長。


 カノコと僕はカジノに合わせて、背中に殆ど生地の無いドレスへ着かえる。

 一つの街がそっくり収まった様な船の事、カジノの規模は巨大と表現できる広さを誇っている。

 一緒に行ってやると言っていた所長は、カジノに入るとすぐに姿をくらました。

 一握り持って出たチップは、どれも高額の物ばかりだった。

 百万以上は確実にあった。

 不慣れな僕達にとって高額の賭けは勇気のいる所で、どうせ負けてしまうから、少額のチップに変えてもらうと両手に持ちきれないほどになった。


 カノコは随分とカジノに詳しくて、ゲームのいろはを僕に伝授するが、いっこう頭に入ってこない。

 ここは初心者らしく、スロットマシンかルーレットだろう。

 僕はあまり人と関わりたくないので、スロットマシンで遊ぶ。

 これに反してカノコはルーレットがお好きで、僕がルーレットに近いスロットで遊ぶ事にした。


 所長の行方は、時折聞こえる歓声でだいたいの方角がわかる。

 期待していたとうり、ガンガン勝ちまくっているようだ。

 カノコの方はどうかと見るに、有らん限りの知識でカジノ講釈を垂れ流すだけの事あって、スマホ電卓を駆使して確立計算をしている。

 そんな計算式で勝てるなら、誰も博打で身上潰したりしない。


 不器用にチャリチャリチンタラリ。 

 コインを入れてスロットを回しながら気にしていると、カノコが万歳をして廻りの客が拍手する。

 またチャリチャリ・ガッチヤーンと回せば、カノコが万歳で歓声。

 所長の行方は依然として知れないものの、トランプを広げているテーブルあたりに人だかり。

 たぶんあそこらあたりに出没中と見た。

 初めからどうしてもやりたかったと言うのでもないし、カノコと所長が稼いでくれれば、僕にもいくらかは回ってくるだろう。

 チャリチャリ。ガッチャッーン。


「さて、そろそろ帰ろうか」

 所長とカノコが僕の後ろに立った時、スロットの上に有るパートランプが回った。

 盤面を見れば、金の二重冠が揃っている。

「やったじゃねえの」

「凄い。初めて見たわ!」

 所長もカノコも盤面に目を丸くしているが、僕には何のことやら。

 大アタリだくらいは分かる。が、コインは出てこない。

「コイン、出ないよ」

 不満げな僕の顔を見る二人。

「プッ、知らないってのも凄い」

 カノコは噴き出して笑うし、所長は手を叩いてはしゃぐ。


「あのな、受け皿に入りきらないっつうか、機械に入っているコインだけじゃ足りねえんだよ。今に係員が来るから、おとなしく待ってな」

 そうこうしていると、僕の廻りに大勢集まってきた。

 スロットの写真を撮りまくっている。

 握手まで求められて、どう対応していいかしどろもどろにてんやわんや。

 そんなこんなのドタバタを演じていると、二人の係員が僕の所にやってきた。

「こちらでございます」渡されたのはチップが一枚限り。

「なに、散々騒いでおいて一枚?」

「そりゃそうだよ。このカジノに一枚しかない超高額チップだからな」

「えー、そうなのー。大きさ変わらないよ」

「重いだろ。プラチナだよ。ダイヤを埋め込んであるし」

「これね、そのものの価値も高いんだけど、換金額がもっと凄いのよ。三千万」

「………さ・ン・ぜ・ン・萬円」聞き直すと「そうだよ、三千万だよ。俺の貯金を一気に越されちまったよ」所長が悔しがる。

「あー、あたしが二百万で桁違いのビリー! 許せなーい」

 ほんの一時間ばかりで二百万も稼いでおいて、悔しがる心境が理解できない。


「わお、もう辞めたー。もうカジノに来ないもんね。これで一生安泰だわ」

 僕的には、素直に一生分の稼ぎがあったと実感できる。

「あんた、どんな生活してるの。三千万で一生食べていけると思ってるの?」

「本当だ、アズキは欲がねえなー」

 こんな状況に甘んじている限り、僕達はすっかり捜査を諦め、船旅で楽しんでいるように感じる。

 組織の連中も、そういった目で僕達を見てくれるようになればいいのだが、なかなかそうはいかないだろうな。


 タスマニアから南極へと廻り、ふざけ過ぎた旅の日々を過ごしている。

 正直言って、これが仕事なのかと疑ってしまう。

 あくまでも組織の目くらましとして遊んでいるのに、なんだか殺された捜査官に申し訳ないような気もする。

 組織の一員である副船長や客室係に合う事もしばしばで、そんな時でも何気なく笑顔で対応できている。

 僕に限らず、人間の順応性とは恐ろしいものだ。


「ねえ、今日は何やって遊ぶ」

 事件現場の保持を名目として、未だに封鎖されたままの部屋に帰れないカノコは、すっかりここの同居人として過ごしている。

 カジノではディーラーの心を読んで勝ちまくり、そんな稼ぎに飽きると、暫くは朝からバーに入り浸っていた。

 それにも飽きて、今は毎日のんべんだらだら、部屋で過ごしている時間が長い。

 カジノで勝った金にものを言わせ、衣服から装飾品を買いまくり、やれバックだ宝石だと、僕や所長にも大判ぶるまいしてくれた。


 カノコは僕達にとって福の神同然だが、なんとなく鬱陶しいのはなぜだろう。

 それと引き換え、所長は堅実に博徒の本領を発揮。

 カードの並び順を全て覚えてしまう妙技により、カード博打で勝ちまくっている。

 誰におごるでもなく、ただひたすら貯め続けた金が一億近くにまで膨れ上がっている。

「所長は何も買ってくれないけど、そんなに貯めこんでどうするつもり」

 カノコが暇つぶしの方法を聞いているのを無視して、僕は所長に金の使い道を聞いてみる。

「そうさなー。帰ったら組に義理果たして、堅気になろうと思ってさ」


 どうせ所長の事だから、日本全国歓楽街巡りの旅でも決行するだろうと勘ぐっていたのに、思いがけない発言だ。

「なにー、堅気になるってー。今更オタクが堅気になれると思ってるの?」

 僕よりカノコの方が驚いてくれた。

 ここで、僕なり正直な意見を言ってみる。

「いっくら組長が良い人だからって、それはないわ。所長が堅気になるのを許しちゃったら、組が崩壊しちゃうでしょ」

「そんな事ねえよ。前々から話は出ていたんだ。ただな、組に借りがあって、元利合せて一億もあれば返せるんだよ。これさえ精算すれば、晴れて堅気の人生って事になるのさ。俺の場合はな」

 世間ではロクデナシの馬鹿野郎で通っているが、組の中では随分とまともな扱いを受けている。

 探偵事務所の所長という肩書からしても、そんな事情を薄っすらと感じ取れる気はしていた。

 でも、まさかそこまで優遇されているとは思わなかった。


「どうしてそんなに待遇がいいんですか」

 この質問に、カノコも同調して大きくうなずく。

「それな、俺は組に正式に入った記録っつうか、組員になっていないんだよ。いつのまにか兄貴だ若頭補佐だって持ち上げられてただけでな、杯事が済んでないの」

「済んでないって、組に関わって何年よ。うちの資料ではしっかり組員になってるわよ」

 カノコの言い分は当然だ。

 僕を含めて事務所の連中だって、近所やあちこちの呑み屋だって、どこへ行ったって組員待遇だ。

「二十年になるかなー、組に初めて絡んだ時からだと。なんだって組長が強引な人でよ。俺はヤクザな性格じゃないし、まして組員になんか絶対にならないって言ったのに、なにかにつけてちょっかい出してきて、組の仕事と絡めて来るんだよ」

「二十年! その間どうするでもなく、ただ流れにまかせっきりの人生って事?」

「まあ、早い話がそうなるかな」

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