第16話 画像処理を繰り返してみれば
「ねえ、現場の周囲に監視カメラってなかった?」
僕からの問に「監視カメラ有ったわよ。船長さんに言って、確認させてもらいましょ」
あらかじめ僕がカメラの存在確認するのを知っていたようだ。
迅速対応に少しばかり引いたが、自信に満ちた彼女らしい動きだ。
酔っていないと酔っているでの違いが、ここまではっきりしている人も珍しい。
カメラ全ての映像は、中央監視センターで管理されている。
犯人が落ちた時には、監視センターに室長一人。
こいつは組織の人間だから、事件一部始終の場面を消し去って、何事もなかったかの様に細工するのは簡単だ。
しかし、人が一人落ちているのに、現場には何の映像も残っていないではいかにも不自然だ。
そこで室長が行ったのは、解像度が著しく悪いように画像を加工する事だった。
「何ですのこれ、画像が乱れまくって、何が何だか分からないじゃありませんのー」
州浜が正直に不満を垂れ流す。
「それに比べて、所長さんの秘め事は映画の様にはっきり映っていますね。もっと拡大できませんか」
月野も正直な意見を発しているようだ。
僕の素性は既に知られていると思うが、表向き部外者という事になっているので、この場面を自室で眠ったまま一分遅れで見ている。
所長とバンドの娘達は参考人という事で、一緒に映像を見ていて、なんだか僕だけ仲間はずれの感がある。
カノコに無線で「画像のコピーもらってきてよ、解像度を上げるソフトを警察庁なら持ってるでしょ。分かり辛くても、僕がこの二人って外務省に似ているって言ってやれば気づくよ」
「そうね、そうするわ」
部屋に帰ってきた四人と一緒になって画像の復旧をすると、なんとなく外務省に見えなくもない画像にまで回復してきた。
「んー、なんだか、この二人って外務省に似てない。こんな服着て歩いてるのも見たような記憶がある」
僕がカノコに向かって大発見の様に告げる。
これにカノコも同調する。
「そうそう、散歩だとか言って、よく、こんな格好でうろうろしてるわ。それに女の髪型、右が長くて左が短いの、かなり特徴よ。他にこんな人いないでしょう」
胸が膨らんで美容整形までされている僕にとって、髪型なんてのはたいした問題でもなく気にしていなかった。
なるほど、左右の長さを変えた髪型は個性的だ。
「言われてみれば、似てますわね」
州浜の目先が月野に向くと、これに答えるようにして「確かに、似ている」月野が言う。
更に画像処理を進め、より鮮明な画面になってくると、増々似ているから間違いないにまで確認できるようになってきた。
ここで外務省の二人を捕まえてしまうのは簡単だが、殺人での逮捕にすぎない。
大量の大麻が船に積まれているまでは分かっても、主犯が誰なのか分からないままだ。
うかつに逃げ場のない船上で捕り物劇を進めても、己の身が危険にさらされるばかりなのは全員が認知している。
「どうします、これ」
所長が皆に酒を進めながら訪ねる。
「今のところは静観するしかないですね」
月野の言葉を補足するようにして州浜が続ける。
「まだツアーは始まったばかりです事よ。オーストラリアで大麻ならば、きっと南米でコカを積んで、北米では合成麻薬、ロシアや中国でアヘンを仕入れて、ヨーロッパで脱法ハーブですわ。途中でいくらか荷卸しはあるでしょうけど、全体像をつかむには見過ごすしかありません事よ」
こうなるであろう事は、船のクルーや外務省まで絡んだ密輸計画だと分かった時から予測はしていたが、いざ実際に起こってみると尋常でない危機感に包まれるものだ。
「大物狙いで、外道はキャッチアンドリリースってか。御上のやりそうなこったね」
所長は不機嫌である。
「あら、それがあったから、貴方は今まで一度も捕まっていないのですよ。極道界のラッキールチアーノさん」
州浜が妙な事を言う。
「何、その極道界のラッキールチアーノさんて」
僕より先にカノコが州浜に向いて聞きただす。
「あら、御自分が御雇いになっている探偵さんの素性を御存じない? マトリって、随分と平和なのね」
「何、その言い方。随分じゃないの。こいつが堅気じゃないのくらいは知っていますー」
カノコがふくれっ面になって猛然抗議すると、州浜は余裕の笑みを浮かべて語りだす。
「このおっさん、何を隠そう隠しきれないほどの前があってよ。前科といっても、起訴猶予のチンケなのばかりでございますけどね。ほっほほー」
今度は高笑い。
何が気に入らないのか、いきなり所長とカノコに喧嘩をふっかける州浜だが、何か考えがあっての事かもしれない。
こそっと「彼女の考えてる事を見てやって」カノコに頼んでみる。
「何でー!」
「深い考えがあるかもしれないでしょ」
「んな訳ないでしょ。あんな頭も尻も軽い女が何を考えてるってのよ」
渋々カノコが州浜の顔をじっと見る事一分。
「お馬鹿なりに考えてるのね。所長が暴走しそうだし、貴方達の安全保証がないから、えんがちょ作戦に出たみたい」
今更えんがちょされても、僕達が今回の密輸捜査に加わっている事はとっくに組織の知るところとなっている。
まあまあ、ここは素直にえんがちょされてやった方が、少しは安全圏。
高みの見物気分で豪華船旅を続けられそうだ。
「ちょっとー、そこの二人、聞こえていますわよ。私のどこが御軽いお馬鹿なんですの」
州浜には悪口ばかりが聞こえると見える。
「私達は麻薬捜査で乗船してるし、今のところ動かない方がいいみたいだから、この山は警察庁のお二人にお任せするわって話してたの」
カノコにしては随分と素直な言い方だ。
「そうしていただけると、足手まといがなくてよ。では失礼」
こう言い残すと、警察庁の二人は部屋から出ていった。
どの道、捜査などできない状況に変わりはない。
あの二人とて、これより踏み込んだ事はしない筈だ。
この先、船はタスマニアから南極を経て、アメリカ大陸へと航海が続く。
さらにはアジア、ヨーロッパにも行く予定だから、恐ろしく長い旅路だ。
この先暫くは麻薬の積み下ろしもなさそうだし、焦って危険に飛び込むより、今はのんびり船旅を楽しんだ方が良い。
「ねえ、カジノに行かない?」
カノコが、いきなり突拍子もない事を言い出す。
「行くって、御金そんなにないし」
僕は今回の旅の為に、特別大金を持って乗船してはいない。
持って乗ろうにも、元々ないのだからしかたない。
「カジノに行くんだったら、チップ回してやってもいいぞ」
何を思ったか、所長が唯一荷物として持ち込んだ小さくて古びたボストンバックを空けると、ごっそりカジノのチップが入っている。
「カノコ、所長の頭も覗いた? 知っていたのね」
「当然、さっき所長がイライラしていた時に、何かやらかしそうで危なっかしかったから、ちょっとね」
チップを回してもらうのはありがたいが、どうして所長は大量に持っているのか、まさか偽物ではあるまい。
「所長、なんでそんなに持ってるの」
「博徒だよ、俺。船のディーラーなんか屁でもねえよ」
自慢しているようだが、それがそんなに偉い事かどうか、判断に困る事態だ。
「金に換え損ねちまってよ、今はただのチップさ。今度は南極あたりで現金化できるんじゃねえの」
「だったら持っていて、後で御金に換えればいいでしょ」
「んー、一千万くらいにしかなんねえからなー。もっと増やしてからな」
立ち寄り国すべてでカジノ許可をとっている船ではない。
日本の船ならば尚更で、チップを現金化するのは難しい。
他国の法律に縛られない公海に出るまでは、ただのチップとして扱い、公海になったら景品と交換する。
これが、この船でのカジノルールになっている。
景品は買い取ってもらえるから、ここでようやく現金を拝める仕組みだ。
いつも金がないと貧乏探偵が板についている所長だが、博徒の本領を発揮すればいくらでも稼げる。
それも、合法的に稼いでいるとなれば大威張りで遊べる。
ついさっきまで危ないおっさんで、やはり航海中は監禁しておいた方がいいと思っていた。
しかし、この機会におっさんを使わない手はない。
一稼ぎ二稼ぎ荒稼ぎして、危険な調査からしっかりすっかり足を洗って下船しよう。
夢と希望がにょきにょき芽生えてきた。
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