第15話 にゃんにゃんドスン

 密輸組織にとって御荷物になったのは分かるが、何も殺して解決しなくとも、オーストラリアで船から降ろせばいいだけだった。

 船内で殺したとしても、真夜中に最後部から海に放り投げるだけで死体は発見されない。

「どこで発見されたの」

 死体発見までの過去について調べるべく、落ち着きを取り戻した所長に聞く。

「俺とバンドの御姉ちゃんでニャンニャンしてたら、上からデッキに落ちてきたんだよ。顔見れば犯人だものなー。ここで俺が第一発見者ってのはまずいだろ。だから、御姉ちゃんから船長に伝えてもらって、俺は慌てて帰ってきたってわけ。発射後で良かったよ」

 良し悪しの判断基準はそこか、それしか頭にないのか。


 慌ただしく部屋のドアをたたく者がある。

「誰ー」

 カノコがドア越しに尋ねると「月野です」

 どこぞで二人目の殺人事件を聞いたのは、声の様子からして推測できる。

 ドアを開けると、警察庁の二人がジタバタ入ってきた。

「私、寝ます」

 相手の動きが恐ろしく速いのならば、こっちもそれなりに動かなければ命にかかわってくる。

 ここで警察庁と絡んで余計な時間を過ごすわけにはいかない。

「ああ、寝た方がいいな。俺がしっかり見張っていてやるから」

 所長のしっかりはあてにできないが、今はカノコも同室だ。安心して寝られる。


「こんな時によく寝られますね」

 月野が、目玉飛び出しそうな勢いで驚いてくれる。

「船長さんから聞きましたの。またもや第一発見者ですのね。所長さんて、死神に憑りつかれてますの?」

 ある意味、正解かもしれない。

 死神ばかりか、貧乏神と疫病神も含めて、嫌われ者の三柱神にだいぶ好かれている生態だ。


「こいつはな、寝ないと死んじゃう病気なの、だから、無理してでも寝かせないといけないんだ」

 いかにも胡散臭い理由をこじつけて、僕を寝かそうとする所長。

「まあいいでしょう、御話を伺いたいのは所長さんですから」

 月野が偉ぶって僕の睡眠を許可する。

「寝るのに貴方にどうこう言われたくないわ」

 小声で反抗してやる。

「私も寝ちゃっていいかしらー」

 カノコが、何を思ったか睡眠宣言を出す。

「いいです事よ。起きていても、たいして役に立たないでしょうから」

 丁寧な言い回しと穏やかな笑顔だが、しっかりライバル心剥き出しの州浜が言い放つ。

「はいはい、ありがとさん」

 幾分呆れた風のカノコが隣で横になる。


 僕の夢見に便乗して情報収集するつもりのようだ。

 どのみち、一人で見て回る過去は見落としがあったりするものだ。

 僕の脳内情報をそっくり取り込んで整理できるカノコは、こんな時こそ頼りにすべきだ。

 幸い、警察庁の二人がいてくれれば、部屋の警備が心配で上手く仮死睡眠に入れないなんて事もない。


 所長が事情聴取されている声は数秒で気にならなくなり、一分もしないで僕は仮死状態になった。

 ブンと飛んだ過去のデッキで、所長が股間をさすって何やら怪しい奴に成り下がっている。

 すると、キャッキャした笑い声をあげながら、五人の若い女がデッキに出てきた。

 慌てて股間から手をどける所長。

 不意をつかれ一瞬で縮こまったらしい其処は、膨らみ上がっていた事を微塵も感じさせない。


「君たちー、僕と遊ばないー」

 実に御軽い変態が出来上がった感が強い。

「一人なのー? 私達、五人なんだけど、どうやって遊ぶのかなー」

 中の一人が、所長をからかって受け答える。

「大丈夫。こう見えても、十人くらいまでなら満足させられるからー」

 嘘か誠か、口から出まかせの冗談ともとれる言葉が、真顔の口から出てくるから恐ろしい。

「ホントー、じゃあ私が一番ー」

 一番酔っているらしい女が、無謀な冗談に付き合って暗がりへ所長と二人で吸い込まれていく。

「あーーー!」

 五分もしないで、一人目の女を肩に担いだ所長が暗がりから出てくる。

「御一人様、御昇天ー」

 自慢げに告げる股間が、まだしっかりプックリ膨れている。

「えー、そんなに凄いのー。次は私ー」

 残った四人が一斉に手を挙げる。

「じゃんけんで順番な」

 余裕の所長は、順番に従って三人を極楽送りにすると、最後の一人で本気になる。

「俺もそろそろ行っちゃうよー」

 寄り添う女に告げると、これまでに拍車をかけた激しい動きに歓喜する二人。

 ほぼ同時に限界点を超えたその時、ほっとした二人のすぐ横に、上空から例の犯人が落ちてきた。


「キャー」

 歓喜の声だったのが、突然降ってきた死体に恐怖の悲鳴へと変わる。

「うお、うおうお」

 縮こまった所長の何が、さらに萎縮していく。

 あたふたしながらも死体の顔を覗き込む所長。

「やべえ、犯人じゃねえかよ………」しばし考え込むと「俺、ここに居られないから、船長に事情を話してやってくれねえかな」

 抱きかかえていた女に、ウルウル目でお願いする所長。

「うん、分かった。またしてね」

「うんうん、何回でもやってやるから、後は頼んだよ」

 慌てて逃げ出すと、僕達の部屋へと駆け出す。

 この上から落ちてきたのなら、上に行けば新たなる殺人犯の正体がわかるはずだ。


 ふーっと浮かんで見るが、既に誰の姿もない。

 それでは、この場所でもう一度時間を逆回し。

 言い争うでもなく、男女二人が死んだ犯人の前で銃を構えている。

「飛んじまえよ」

 銃を構えた男が、犯人に向かって静かに告げる。

「それとも、私が突き落とさないといけないのかしら」

 どちらかと言えば女の方が残虐な笑みに見えるが、二人ともに笑い顔なのが恐ろしい。


 外観は高いビルの屋上にも見えるが、たとえ飛んだとしても、上手く飛び降りれば一階下のテラスに落ちて逃げ切れなくもない。

 クルーならそれくらいの判断はできそうなものだが、銃をちらつかされてすっかり怯えている。

 見るに堪えないほどの殺人現場を作る人間でも、自分の命がかかってくると事情は違ってくるのか。

 しどろもどろの犯人に向かって、タオルを巻きつけた銃から弾丸が発射される。

 一瞬、弾をよけようとして犯人の体が宙に浮いた。


 威嚇の一発だったようで、銃弾はかすりもしていない。

 場所さえ良ければすぐ下の階に落ちるものを、運悪くテラスの境目。

 急傾斜の壁にドンと当たって跳ね返る犯人。

 二三度これを繰り返すと、真下にいた所長のすぐ横に落ちた。

 落ちた時、これまた不運で首の骨を折って息絶えている。

 犯人が分かればこんな場所に用はない。

 さっと起きてカノコと顔を見合わせる。


「あいつら、簡単に人殺しまでやったね」

 僕が確認の為、ボーとしているカノコに声をかける。

「ええ、結構とショックよ。どんな不満があってエリート中のエリートが犯罪に走るわけ?」

 僕に聞かれても、そんな事がわかる筈ない。

 今見た事件の実態を、そっくりそのまま警察庁の二人に話すわけにはいかない。

 どの道、外務省の殺人を裏付ける証拠は何一つない。


 ………。

 監視カメラはないのだろうか。

 僕のつたない記憶は、殺人事件の現場といった狭い範囲の、そのまた極狭い銃撃場面だけで、周囲の状況までは気が回っていない。

 今になって、もう一度過去に戻って事件の様子を再確認するのも面倒だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る