第14話 知らないふりして職場放棄
「これは、船を乗っ取られたときに、特殊部隊が極秘裏に船内に入り込めるようにとの指示から設計設置された物です。ごく一部の者しか知らない事になってますが、クルーなら誰でも知っている公然の秘密ってやつでして、今回はこれを使った密輸ではないでしょうか」
最高責任者である船長にしては、随分と第三者的な言い方をするものだが、それもそのはず今回の捜査が入る時点で、船長はマトリと警察庁の指示に従うように通達されていた。
ここで最も幸いだったのは、事件を主導しているともとれる外務省への横連絡をしていなかった事だ。
普段からの怠慢が、こんなところで功を奏している。
よかったんだか悪かったんだか。
横連絡がなかった事に外務省が臍を曲げた結果ではないだろうが、この船底構造とその使い方に気づいてしまったばかりに、カノコの相方は殺されたようだ。
ただ、そんなこんなの計画ならば、発覚するのは時間の問題だ。
それが分からない組織ではないだろうに、何かもっと複雑な事情が絡んでいるのだろうか。
「カノコ、私の幽体越しに外務省の顔を見ても、頭の中を覗ける?」
他の者には聞かれないように尋ねる。
「ムリ、薄々どころか、しっかり気づかれちゃってるから、まともに面談もできないだろうね」
予想したままの答えだ。
「なんとかして計画の深層まで知る方法はないかしら」
今度はみんなににも聞こえるように言ってみる。
「外務省が絡んでいるとなると国際的な組織だし、今回乗船している二人が長とは思えないです事よ。もっと上層部の、それも複数の人間が関わっていますわね」
州浜がもっともらしく仮説をたてている。
言っていることはもっともで、下っ端役人二人で実行できる計画ではない。
こうなってくると、僕達が束になっても勝ち目のない相手を敵に回してしまったと、薄っすら脳裏に浮かんでくる。
「どこのだれかは分かんねえがよ、両足どっぷり突っ込んじまったんだ、今更一抜けたってわけにはいかねえだろ。面子もばれてる事だし。ここは、殺されない様に諦めたふりして立ち回るしかねえんじゃねえの」
所長はいつでも能天気だ。
こんな時でも楽観的に物事を処理しようとする。
「今になって諦めましたから勘弁してくださいって、通用しますかね。僕は無関係だし、知らないふりをしていれば済む事ですけど、皆さんが捜査の為に乗り込んでいるのを承知している相手ですよ」
船長が慎重論と取れなくもない絶望的見解に満ちた発言をする。
「そうだねー、いっその事、職場放棄して、下船しちゃうってのはどうですかね」
月野が極めて後ろ向きな意見で逃げ腰になっている。
「それよりどうでしょう、毎日遊びほうけてみては。どうせ調べても黒幕まではたどりつけませんことよ。それなら、航海の間は何もしないで、日本に帰港した時に一斉捜査を入れて、船底の物を押収すればよろしいのではございませんの。私達が何も仕事をしなければ、敵もきっと油断しますわよ」
州浜は時として使えそうな事を言うが、それでは結局末端の人間を逮捕するだけで、密輸の主犯は野放しのままだ。
僕とカノコが逮捕した連中を取り調べれば、主犯格の名簿を作れるのだが、それは自白も調書もないまったくの推測とされてしまうばかりで、知れたところで逮捕も捜査もできない事に変わりない。
それでは、わざわざ能力が他人に知れてしまうリスクを負ってまで取り調べする意味がない。
航海はまだ二か月以上続く。
その間に対策を練るとして、今は僕達が密輸組織にとって脅威でない事をアピールすべき段階であるとの州浜意見に賛成。
これから暫くは遊びまくっているふりをしながら、僕とカノコが地道に調査していくしかなさそうだ。
「船でのドンパチだけはやめてくださいね。僕の責任まで追及されますから。どうしても戦争にしたい時は言ってください、それなりの舞台は僕の方で用意します」
こう言って船長は部屋から出ていく。
世界中を船で移動している人間にとって、密輸は日常茶飯事の事件で、特に騒ぎ立てる事ではないようだ。
遺体搬送用のヘリが船のヘリポートに降りると、この船で殺人事件があった事は瞬く間に噂となって広まった。
殺人犯が乗ったままの船旅とあっては、どの顔も一抹の不安を抱えているようにうかがえるものの、そこは気分転換を仕掛けるプロが多数乗り込んでいる豪華客船の事、半日もしないで何時もの船上にもどっている。
人の感情とは空恐ろしいものだ。
僕達も部屋から出たら、事件や密輸に関しては一切の捜査を諦めた風にして過ごす。
オーストラリアに到着すると、観光に出ていく人がほとんどで、船にはクルーだけが残る事となった。
大麻が合法のこの国では、大量の密輸大麻を手に入れるのは容易い事だ。
港に停泊している間に、船低への運び込みが行われるに違いない。
僕の能力を使えば、大麻が運び込まれたかどうかは、船に乗っていなくとも調べられる。
ここは、調査放棄を強く知らしめるためにも、皆して外で観光すべきだ。
一組分の予算で二組乗船している僕達厚労省チームと違って、予算いっぱいの警察庁組は、オプション観光でやりたい放題するらしい。
それに比べて僕達の観光は質素なものだ。
ただ、一人欠員が出た御蔭とすべきか微妙な所だが、豪遊とはいかないまでも、それ相応の遊びはできる。
朝食を船で済ませ、船から二百M圏内の港近くをぐるり観光して、適当なレストランで昼食。
帰り道で何軒か土産物屋によって、夕食は船ですませる。
夜になってからが僕の仕事。
仮死状態になって、船底の様子を早回しで確認する。
やはり、船に客の少なくなった昼間に、潜水艇を何度も往復させて大量の大麻が持ち込まれていた。
二トンもあるとかで、これが日本に持ち込まれたら結構な裏金に変わる事だろう。
オーストラリアだけでこの調子だ。
この先、南米でのコカイン、北米からは合成麻薬、ロシアのアヘンやヨーロッパからのドラックに脱法ハーブと、仕入れはいかようにでもなる状況だ。
「カノコ、二トンだってよ。大麻」
「それくらいの事はやるでしょうね。人一人殺しておいて、平然としていられるだけの御金が動くんだから」
所長が同室となって目の前に居るのに、カノコは臆する事なく素肌にシルクのガウンを羽織っただけでうろついている。
「遊び倒すって決めたんだろ。もう、その話は止め! カノコちゃん、アズキばっかりからかってないで、僕とも遊ばない。大人の実力見せてあげるからー」
事件があってから所長は、見張りのお姉さんともチョメチョメまで行けなかったようだ。
ようするに、誰とも何もしていない。
つまり、たまりまくっているわけで、見境がなくなっている。
このまま放置していたら、カノコか僕を押し倒して無理やりって事にもなりかねない。
しかしながら、何とかしてやりたくとも、カップルばかりの船旅。
フリーの客はほとんどいない船内で、どうこうするのは困難だ。
「ねえ、外へ遊びに行ったんだから、その時に何とかできなかったの?」
所長の事だから、遊びと言えばそれこれあれしかないと思っていたのに、何もしないで帰って来ていた。
「いいよ、自分で何とかするから………」
こう言うやいなや、所長は部屋から出て行った。
船はすでに出航していて、これから室外に出たからって何が何とかなるでもなかろうに、何を考えているのか理解しがたい人だ。
一時間程して、所長が慌てて帰ってきた。
目立ってはいけない時期に、外で他所の御姉さんにいかがわしい事でもして警備に追われているのか。
息づかいが荒い。
「外でなにしたの、悪い事してないでしょうね。こっちまで厄難ふりかかるんだから、自重しなさいよ」
一回り以上も歳の離れたカノコから、酷く冷淡な御叱りの言葉を受かる所長。
「悪さじゃねえだろ。一人寂しくデッキでシコシコしてただけだから」
「えー、外でマスー。露出狂、変態」
思わず僕が所長の股間を指差すと「バンドの姉ちゃん達しか外にいないよ、気持ちいいぞー、いろんな意味で………そんな事はどうでもいいんだよ。殺されたぞ、殺人犯」
「生臭い話が、いきなりキナ臭くなってきたわね」
この船で殺人犯と言えば、カノコの相方を殺した奴だ。
船長命令で、行方不明になっているクルーの捜索手配がされたとの話は聞いたが、指示が出たとたんに死体になって発見されるとは、荒っぽい上に動きの速い組織だ。
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