第13話 カノコのバック
名簿ができたところで、警察庁を呼んで再び極秘会議に入る。
極秘とはいえ、船内はいたる所に防犯カメラが設置されている。
組織の人間が要職について散らばっている事からして、僕達の動きはしっかり監視されているし、僕が今回の捜査に加わっている事も既にばれている。
今更、どこにも逃げ場はない。
船上のリストを作ってみたところで、透明になって一人ゝ退治してくれるハンターでも味方につけない限り、僕達に勝ち目はない。
「随分と大勢の職員がからんでいるんですねー。どこでこのリストを」
「詳しい事はお教えできませんが、信頼できる筋からの情報です」
誰とは言えないのに信頼してくれとは虫の良すぎる話だ。
僕の能力については何も教えてないから、この場合こうとでも言うしかないだろう。
カノコの困った顔が心地いい。
「あら、外務省………ではありませんこと」
州浜が珍しく慌てた風に名簿に載った二人の名を指し示す。
「えっ! そんな馬鹿な。所長さんの無実説を強く唱えていたんですよ。『外務省の権限をもって、所長は現地警察に引き渡さないし、事件の捜査権は日本にある』って、現地警察の乗船を突っぱねたんですよ」
月野が疑問を投げる。
「そりゃそうでしょう。現地の警察に徹底調査されたら、見られたくない所まで全部洗い出されちゃうもの」
カノコの意見は当然と思える。
「騒ぎになるのが嫌だったら、なんで彼を殺したのかしら」
カノコは警告だと決めつけていたが、どうしても違和感が拭えないでいた。
「だから警告………変ね」
カノコもこの矛盾に気づいたらしい。
「そうですね、どちらかと言えば、何か捜査上の問題が絡んでいるような気がするのですが」
月野が奥歯にものの挟まった様な言い方をする。
「まわりくどい人ですわね。きっと、組織にとって重大な何かを知ってしまったのですわ」
「重大な何か?」
疑問を持ちながらも、州浜の発言に何か気づいたか、カノコが慌てて自分のバックをあさり始める。
「どうしたの」
僕が気にかけてやっても、全く聞く耳を持たない。
人様の意見や感情をないがしろにしてでも自我を押し通すのがカノコで、今の動きはそのまま彼女だから異変とは言えない。
ただ、とっても切迫した様子の顔つきは、いつもと違って恐ろしく思える。
「ききしにまさる形相です事。いかがなされましたの」
小腹がすいたのか、落ち着き払った州浜が、部屋の冷蔵庫をあさりながら尋ねる。
「うっさいわね。これよ、これ」
州浜の問いかけを除外してまで集中した探し物は、一冊の手帳だった。
「彼が所長と妙な雰囲気になっちゃって、私を部屋から追い出す時に渡されたのよ。中は見てないから気にもしていなかったけど、何か書き残してあるかもしれない」
「何でもっと早く思い出さなかったかなー」
つい、素に戻った僕が男言葉の勢いでカノコにせまる。
「あら? どうしたのかしら、一オクターブ程トーンが変わったような。貴方、地が出てますわよ。私達だけだからいいようなものの、外ではお気をつけあそばせ」
このさいだから、この二人には話してしまってもよさそうだし、隠しておくのも面倒だ。
「そうだよ、間違いなく男だよ。今は入り混じっちゃって自分でも上手くコントロールできなくなってるけどね。船に乗り込む為に女って事にしたけど、四六時中演技してるのってきついんだよ。納得した?」
「やはり、私の観察力は素晴らしいわ」
自画自賛でうっとり目になっている場合ではなかろうに、平和な女だ。
出てきた手帳を初めから見ていく。
内容はいたって平凡な日記のようで、特に暗号化された様子もない。
今回の任務が決まった時から、殺される当日の午前中までの事が細かく記載されている。
恐ろしく几帳面だったらしく、正反対の性格であるカノコについては、何か所かで不満をもらしている。
「死人に小言を言われているようで、嫌だわー」
ようじゃなくて、まさにそのとうりなのだよ、カノコ君。
殺される前日の記載で、船のクルーが密輸に関わっているようだとしている。
それだけなら何も殺されずに済んだだろうと思う程度の事だ。
他のページに何か書かれていないか、一枚一枚丁寧にめくっていくと、最後の方に簡単な船の地図が書かれてあった。
その中で、一部の船底は黒く塗りつぶしてあるようだが、形が悪くて書き直したようにも見える。
ほぼ船底の中心部で、そのまた真ん中あたりは武器の保管庫に位置している。
「この、黒い所って何でございますの」
州浜の疑問は全員の疑問となり、ついには船長を呼び出す事態に発展した。
船長が所長を伴って部屋にやってきたのは、呼び出してから一時間もたってからだった。
「なんだかなー、随分と待たせてくれるじゃないのー。そんな手土産いらないから、もっと早く来てよ」
待ちくたびれていたカノコの怒りが爆発寸前になっている。
ここはなんとかして落ち着かせるのが僕の役目だろうが、いきなり所長が帰ってきた事に驚いて言葉が出てこない。
「いっやー、皆様御揃いで、御心配かけちゃいましたかな」
まだ薬が残っているのか、やけに躁状態が際立っている様子だ。
「所長、ラリッてる場合じゃないでしょ」
とりあえず、同伴者=同類と思われないように、少しばかりまともな意見を述べてみる。
カノコは所長の顔をにらみつけている。
間違いなく密輸組織の人間でない事を確認しているのだろうが、いかにも不細工になっているから注意すべきだ。
「カノコ、御顔がブスになってるわよ」
「………あっ! 失礼。超緊張しちゃってー。船長さんって、スーパーエリートなんだもの。私の理想に近いわー」
なんだ、そっちの調査に走っていたのか、こんな事をされたら相手の男はたまったものではない。
そもそもスーパーエリートと褒めちぎっておきながら、理想に近いとは、船長でさえ完璧でないとする発言だ。
きっと、カノコは一生独身を貫き通さねばならない星の元に生まれた女であるに違いない。
「ここですか、解かりやすく言うと重りです」
船長がノートの黒塗り部分について教えてくれる。
「重り?」
月野が首をかしげる。
これを見た他の者も、やはり首をかしげる。
「浮きであり重りであるとすべきですかね。普段は空洞になっていて、船を幾分浮上させていましてね。海面との接面抵抗を小さくして高速化・低燃費化に貢献してます。これがですね、嵐の影響などで波が高くなったらば、海水を入れて重りの役目をするんです。高波を受けた時に船の傾きが最小限に収まるように設計されているんです」
早い話が、アナグラ武器庫の下には、巨大な空間があるという事のようだ。
「極秘の武器庫が、爆発したら致命的ダメージを受けかねない船の中央部になっていても大丈夫なのは、この部分が二重壁になっている事で、他の部分より内外からの衝撃に最も強い部分だからなんです」
なんとなく、今回の密輸計画に絡んでいるのが見えてきた。
巨大な空間があるのなら、ここに密輸品を隠しておけば、どんなに厳重な関税でも素通りできる。
完璧な隠し場所だ。
「あの、この空間への出入りはどこからいたしますの」
州浜も気づいたらしい質問をする。
「普段はできませんよ。なにせ武器庫にある三重の耐圧扉を開けなければなりませんから」
となると、出し入れは不可能に思えてくる。
「船長、じらしちゃいけないよ」
所長が早速、部屋にあった酒を飲みながら船長の肩を叩く。
ここに来る前の一時間、船長と所長の間で事件に関わる情報のやり取りがあったらしい。
事のいろはを大まかに理解しているらしい船長が、制服の内ポケットからフラッシュメモリーを取り出し、部屋にあったノーパに差し込む。
表示されたのは、船の構造やメンテナンスに関わる一連のマニュアル。
「ここです」
指摘された部分を見ると、浮き重りになっている船底の横に何か所か、メンテナンス用にマンホール蓋程の開口可能な所がある。
普段はしっかり閉じられているが、内部の点検や補修用に設置されているもので、開口部に密着できる特殊な潜水艇を使えば、航行中でも出入りが可能だとの事。
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