第12話 緊急時対策支給福袋
「休むったって、交代で見張っていないと、いつ他の刺客が部屋に入ってくるか分からないんだよ」
大がかりな密輸計画であるならば、客室係が一人でやっている事ではない。
他に共犯が何人いるかもわからない状態だし、犯人の部屋にも隠しカメラが設置されていた事からすれば、殺人依頼者は犯人さえも信じていない人間だ。
思いの他、巨大な組織が絡んでいるかもしれない。
「交代で休むにしても警備は大変だし、敵が襲撃してきた時の備えも必要でしょう。これをお持ちください」
千歳が、リッュクサックに入った緊急持ち出し品を各自に手渡す。
「何ですか、これは」
月野が不思議そうにリュックを開けて覗き込む。
「緊急時対策支給福袋です。色々と役に立ちそうな物が入ってますから、持っていると安心ですよ」
「福袋?」
「福袋でも玉袋でもいいから、少し寝ましょうよ」
僕の気持ちとしては、ここで船に乗った時から今までを観察して、できるだけ多くの共犯者リストを作っておきたい。
この事を察してくれたのか、休憩睡眠にあまり乗り気でなかったカノコがコロッと態度を変える。
「あー、眠っ! 部屋へ行って寝よう」
さっと僕の手を引くと、兵器庫から自室に向かって千鳥足を始める。
「また僕の頭覗いた?」
「ちらっとね。あのさ、自然にしていた方がいいわよ。あっちもこっちもどっちもそっちも監視カメラだらけなんだから。客室乗務員が簡単に人を殺す奴となってくると、他にも船のクルーで関わってるのがいるでしょう。監視カメラで私達の動きを観察してるかもしれないわよー」
これは脅しともとれる言い方で、僕に備わっている蚤の心臓が激しく鼓動する。
「だー、薄々感じていた恐ろしい現実を、はっきり言うんじゃない」
「そうなのー。でもさ、これから眠って色々と過去の調査していったら、もっと怖い事になるんじゃないの。貴方、覚悟はできてるー」
今度は冷ややかな目で、少しからかった風に僕を動揺させてくれる。
「しっかり見張っていてよね」
御願いはしてみたが、今のカノコにこの身の安全保障を願うのは無謀だと痛感している自分もいる。
部屋に戻り、寝る前にアナグラから借りてきた福袋を開けてみる。
自衛隊からの支給品とあって、それなりデンジャラスなのがゴロゴロ。
アーミーナイフと手榴弾から始まって、折り畳み式ロケットランチャーまで。
実に多種多様と言うか、無茶が過ぎる品揃えだ。
夜明けから昼前までの数時間、仮死状態で過去の調査をしている時間を差し引くと、本当の睡眠時間は僅かだ。
それでも体はしっかり休まるし、脳の睡眠は三十分もあれば事足りる。
もっとも、とりわけ自分に災難が降りかかってくるであろう調査では、恐る恐るの幽体離脱となっていて緊張が解けない。
体の睡眠がおろそかになつてしまうものだ。
なんとか船のクルーで怪しいのを探り出せはしたものの、まったく寝た気がしない。
精神的にも肉体的にも疲れ切った状態で目を覚ますと、となりのベットでカノコが熟睡している。
これでは交代で見張るもなにもあったものではない。
「寝てんじゃねえよ。張り倒すぞー!」
大声で吠えてはみたものの、微動だにしない。
意識不明か心肺停止か。
急いで頸動脈に指をあて鼓動を確認すれば、けっこう元気にドクドクしている。
飲み疲れだろう。
カノコに限って、人並みの過労など有りえない。
それにしてもよく寝ている。
寝ている子は可愛いと言う人が世の中に居るが、こいつにそんな言葉は似つかわしくない。
なにはともあれ、船に乗り込んでいる組織関係の人脈地図を、僕の脳内に作る事はできた。
あとはカノコにこの地図を読み取ってもらい、今後の対策を立てるだけになっている。
さっさと起きてもらいたいところだが、耳元に雷が落ちても、足元で機雷が爆発しても起きないであろう事は、大股開きで鼾をかいている絵面からして容易に想像できる。
無駄な努力はやめて朝食でもと思うが、カノコ一人残して部屋を空ける訳にはいかない。
船のクルーで今回の密輸計画に関わっているのは、副船長を筆頭に機関士や警備員の一部、それから怪しげな派遣会社を通じて乗船しているコックや客室乗務員達で、総勢十六人の大所帯。
すっかり危険な敵に取り囲まれているのが、僕達の置かれている状況だ。
一番驚いたのは、今回の捜査情報漏えいをやらかしてくれたのが、外務省から派遣されている二人だった事だ。
普段は横の連絡を疎かにしまくっている役所仕事なのに、今回に限ってしっかり連携していたせいで、捜査の情報がもれなく筒抜けになっていた。
今更、外務省への情報を止めたりすれば、こっちが組織のあらましについて感づいたのではと勘繰られてしまう。
ここは、ある程度の情報を流して逆に利用するべきで、そんなこんなが満ち溢れている僕の脳内を、早く読み取れよと強く願っても、熟睡している相手には通じない。
外にはバーベキューの炉があるし、ここで何がしかを焼いて部屋に煙を導けば、寝ていてもすきっ腹のカノコは起き上がるに違いない。
ルームサービスで御軽く焼きゝセットを頼んでみる。
各所に設置された防犯カメラで、カノコが僕の部屋に居るのは既に知られている。
食材に毒でも盛られたら、一口いただいた途端にコロリも有り得る。
ワゴンを受け取り部屋に入れると、ちょいと横になって食材がここまで届けられる過程で、組織の人間と接触していなかったか確認する。
安全だと分かったところで、美食の香りが部屋に充満するように導きながら、肉・野菜・海鮮を焼いてやる。
「んー、十六人プラス外務省の二名って、随分と大がかりな事になってません事ー」
起き抜け、カノコが僕の脳内について語りだす。
「えっ! 起きたばかりで早くない?」
「言ってなかったわね。寝ていても脳内観察できるの、わ・た・し。寝ないと使えない能力よりも、起きていても寝ていても使えるのって、優れてると思わない」
何気なく嫌味というか自慢というか、なんであれ気分のよろしいものではない。
「悪うござんしたね、使えない能力で」
「んー、このタレ、なかなか良い味だしてるわねー」
人の話を聞かないのは、聞かずとも読み取れてしまうからだろうか、それとも端から聞く気がないからだろうか。
考えたからとて答えが出てくるわけでもないが、なんだかとっても腹が立つ。
「あのねー、人の話を聞きなさいよ」
「聞かなくても、何を言いたいか分かっちゃうから聞かないの。二度手間でしょ。聞く気もないけど」
さすがのカノコでも、深酒の後に短い睡眠時間では酒を飲む気になれないらしく、氷を浮かべた水を持ってきてグイッとやる。
「あんたもやる、ウォッカの焼酎割り」
得体の知れない組織から、捜査をするなと死体を突き付けられた恐怖と不安から逃れたいのか、それとも根っからの能天気か。
出会ってから今まで、カノコから酒が抜けたのを見ていない。
「そんなに酔っていて、いざって時に大丈夫なの」
「ダメにきまってるでしょ。多勢に無勢、一気に来られたら勝ち目なんかないわよ。諦めなさい」
こう言いながら、部屋のあちらこちらを見上げる顔が笑っている。
何だろう、天井からアーミーナイフがぶら下がっている。
何だろう、天井に手榴弾が括り付けてある。
何だろう、天井で銃器が揺れている。
「何したの?」
「それなりの備えってのを施しただけよ。室内環境っていうのかな、インテリアっていうのかな、安心感があるでしょ」
どう見ても戦場のブービートラップにしか見えない仕掛けをもって安心感とは、状況とは裏腹の表現だ。
僕にとって目の当たりにしている光景は、先々の不安に対する無意味な抵抗にしか見えない。
それでも無いよりはましと自分に言い聞かせ、大陸に向かって只管航海を続ける船上で、悪役同盟のリストを作り上げる。
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