第11話 アナグラ勤務
「ほー、なかなか興味深い」
「信じがたい話ですわ。小倉さんが天才ではなくて、ただのカンニング人間だという部分は信じますけど」
二人の感じ方はそれぞれだが、全員で一緒に捜査する事については納得してくれたようだ。
「で、どこから始めるの」
一番の素人である僕が、みなさんの意見を頂戴すべく発言。
「一番危険なのはアナグラよね。あそこが敵だとしたら、銃火器では圧倒的にこっちが不利になるもの」
カノコの発言はもっともだが、もしそうだとしたら、無理な捜査や戦いに意味はないと思う。
相手はプロだ。
こんな所で命がけの戦いをする気はない。
出来る範囲で安全に調書を作り厚労省に報告すれば、日本に着くまでには政府が何とかしてくれる。
一抹の不安を抱えながら、クリスマスの差し入れと称したひな鳥の丸焼き二つを持って、四人でアナグラに向かう。
「ねえ、さっきも同じ所通らなかった?」
一度は拳銃を受け取りに来た道だろうに、すっかり迷子になっているらしいカノコに聞いてみる。
僕の疑問に同調するものは、道案内を買って出たカノコ以外の若干二名。
「そうですわよ。さっき口紅でつけた目印の所ですわよ」
確かに『一番目の曲がり角』と、どぎつく真っ赤なルージュで書いてある。
「そんな事ないわよ」
いささかむきになった言い方だが、そんな事になっているから心配している。
船の中、特にスタッフしか出入りしない低層階の通路はしっかり迷路になっていて、今何階にいるのかさえ分からなくなってくる。
既に僕は、現在地から自分の部屋に帰れる自信が失せている。
おまけに、道を聞こうにも聞く相手が見当たらない。
船が大きすぎるのだが、こんな事で海賊が襲来した時に緊急対応できるのだろうか。
少しばかり不安になってきたか、カノコが独り言を吐く。
「ねえ、機関銃やロケットランチャーまであるって言ってたけど、有事の時に、それってどうやって運ぶの。こんな配管とかケーブルラックだらけで、曲がりくねって上行ったり下に降りたりってやるかなー」
「それね、きっとエレベーターがあるから、最下層まで下りればいいのよ」
僕的回答をちらっと披露してみる。
「………早く言ってよー」
拳固が僕の頭に落ちてきた。
何で僕が叱られなければならない。
こんな初歩段階で引っ掛かっている君達が御間抜けなだけだ。
資材運搬用の大型エレベーターに乗り、最下層の武器庫前に辿り着く。
ここは機関室のほぼ中央に位置していて、しっかり船のど真ん中のどん底となる。
まかり間違ってここに魚雷でも命中したら、火薬に引火してエンジンは大破、燃料が大爆発。
船は真っ二つになって沈没確実。
加減を知らない軟弱な設計をしたのは誰だ!!
配置に危機感を抱いたままでは落ち着けない。
「何でここに武器庫が有る訳?」
僕個人としては納得できる説明がなければ、安心して仮死居眠り捜査ができない。
船の構造に詳しいのでもなければ、特別誰かが気にしているようでもない。
「メインスクリューにつながっているプロペラシャフトの下しか空間が作れなかったって話ですわよ」
州浜が知ったかぶりをする。
「誰に聞いたの」
「私達が御教えいたしました」
武器庫から出てきた女性自衛官が、敬礼をして大きな声で答える。
極秘任務なのに、そんな大声でいいのかとも思えたが、機関室に隣接しているせいで会話がエンジン音にかき消されている。
これでも一昔前の船に比べたら、画期的に静かになったらしい。
おまけに、殆どが自動化された機関室は清掃が行き届き、一滴の油も落ちていない。
昔、映画で見た薄暗い機関室のイメージとはかけ離れ、中央監視室以外に人影を見かけない。
「どうしたんですか、みなさん御揃いで………そちらの御嬢さんは、外務省さんですか?」
後から出てきた男性自衛官が、僕を見て不思議そうな顔をする。
「そうか、外務省は武器所持が認められていないから、ここには来ていないのね。この娘は、うちの下請け。道明寺アズキ。よろしくね」
カノコが、勝手に僕を紹介する。
「そうでしたか、お若いのに大変なお仕事、御苦労さまです。自分は防衛省特務課の葛桜金太郎で、こいつは同じ課の五家宝千歳です。で、この方にも拳銃ですか。下請けと言っても民間人には御出しできない規則でして」
早合点の挙句に断られた。
的外れの答えでも気分が悪くなるのは何故だろう。
「違いますよ、今から説明しますから、とりあえず中に入れてもらえますか」
月野が、誰もいない周囲を盛んに警戒する。
「何も出ませんけど、どうぞ。入っていいですよ」
扉の向こうに入ると、六人が立ってやっと入れる程の狭い空間になっている。
先には更なる扉がもう一枚。
二十桁くらいだろうか、やけに長い暗証を押し指紋認証、眼球認証、音声認証を済ませ、ようやく開いた。
中には通路監視映像を映すモニターが、小さな机に乗っている。
あとは椅子が二脚。
さらにその奥、小さな銀行支店に設置されている金庫程の扉がある。
これまた長い暗証を押して、指紋認証、眼球認証、音声認証を済ませてハンドルを回し、分厚いのを重そうに開ける。
中には危なっかしい兵器がびっしり詰まっているのかと思いきや、僕達の客室をワンランクツーランク質素にしたような窓なし客室になっている。
これだけの豪華客船に窓がないのは申し訳ないとでも思ったのか、設計者の気まぐれ御遊びか、丸窓を真似たテレビモニターに外の様子が映し出されている。
時折画面が、別の方向から撮ったものに変わる。
考えてみるに、これも外部監視の一環であるようだ。
「へー、こんな事になってたの。アナグラ勤務とか言っちゃってるけど、潜水艦に比べたら雲泥の差、天国じゃないのよ」
カノコが置かれてあったワインの瓶に飛びつき、さっさと開ける。
「この待遇を誰にも話せないのが残念ですよ」
金太郎が僕達にもワインを勧める。
「滅多な事では外に出られないので、御客様は大歓迎です。で、どういった御用件ですの」
千歳が肴を冷蔵庫から出してくれる。
「実はですね………」
月野が、これまでの経緯を事細かに説明する間に、カノコは自衛官二人の脳内を観察する予定になっている。
肝心な内通者云々、船のスタッフどうのこうのについては、カノコの承認が出てから話す段取りだ。
客室で起こった殺人事件と、隠しカメラの存在についてまで語り終えたとき「大丈夫よ、二人ともシロ」
カノコは一仕事終えたぞといった顔つきでワインを注ぎ足す。
「それでですね、内部情報が筒抜けなんですよ………」
月野がいよいよ本題に入っていく。
一通り事件の根深い詳細について語り終えると、丸窓に映される映像が、嵐の過ぎ去った夜明けを教えてくれる。
「あーあー、夜が明けたぜよ」
カノコは随分と酔ったようだし、僕も徹夜の捜査でフラフラだ。
「皆さんお疲れのようで、犯人は分かっているし、船の警備には連絡してありますから、じきに捕まるでしょう。自室に帰ってお休みください」
月野がいつの間にか出しゃばって、勝手に事件を解決したつもりでいる。
「バーカ。殺人事件がどうこう言ってる場合じゃないの、マトリに捜査をするんじゃないって警告してきてるの。そっちが問題なの、わかってる?」
酔っていても言う事は一人前のカノコ。
化粧が薄れてくすんだ顔になっても、まだ飲む気で酒瓶をあさっている。
「それはそうですけれども、一段落ついたところで休まないと、体が持ちませんことよ」
ついさっきまでノッペリした表情の州浜が、キリッとカノコを睨みつけ、月野を弁護するようなきつい言い方をする。
「とにもかくにも、少しは休まないと、ねっ」
僕自身疲れ切っている事もあって、ここは州浜の意見に賛成だ。
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