第10話 カノコの我儘アート

「なんと変態な人だこと。それよりも早く警察庁呼んで、所長を開放してもらいましょう」

「そうね」

 カノコがバックの中からガラケー程の無線機を取り出す。

「月野さんー、所長が犯人じゃない証拠があるからすぐに来なさい。証拠を見に来て頂戴」

 縦社会で横の繋がりはおざなり成り行き任せの御役所にしては、随分と連携が取れているようだ。

「いつもそんな感じで仕事してるの?」

「他の人達の事は知らないわ。始めての任務だし。資材部に行ったときに、これがあったから借りてきたの。事件の後、月野に預けておいたの」


 随分と仕込みが上手いじゃないかなどと思っていると、息切らせて月野が部屋に入ってきた。

「キャー! ノックくらいしなさいよ」

 一応言ってみる。

「何を呑気にー。鍵、開いてますよ。危ないですからー」

 後から入ってきた州浜が鍵を閉めチェーンをかけると、所長がセットした補助鍵三つも掛けて指差し確認をする。

「どんな状況なんですか。無線じゃ良く伝わらなくて」

 そりゃそうだろう。

 カノコは無線で『所長が犯人じゃない証拠があるからすぐに来なさい』と言っただけだ。

「とにかく、この録画見てちょうだいよ」

 パソコンから部屋のモニターに繋いで、大きな画面で事件の一部始終を見せてやる。


「ほー、船のスタッフが仕込んだのでは密室殺人もなにもありませんわね。これでは、このクルーを逮捕しただけでは安心して眠れません事よ」 

 州浜が月野に、部屋中に轟く耳打ちをする。

「まいったなー。所長を釈放するのは良いとしても、こいつに仲間がいるのは確実だし、下手したらクルー全員が共犯って事も考えられるものなー」

 考え込む月野。

「考えたってどうにもならないわよ。船に乗った時点で地雷踏んじゃったんだから」

 カノコが二人の肩を叩いて慰める。


 組織に警戒されていない僕としては、所長を一刻も早く開放してもらいたいだけだ。

「そうそう、早く所長を隔離部屋から出してやって」

 所長さえ戻ってくれば、こんな危なっかしい仕事は途中でも何でも放り投げて帰国すればいい。

 お金の為に命までかけないで済む。

「そうですね、味方は一人でも多い方が良い。外務省と防衛省のアナグラ勤務にも教えてきますわ」


 州浜が出ていきそうになったところを、カノコが引き止める。

「組織の密偵じゃないって保証はあるの、その人達。事態の説明は私と面会してからにしてくれない。どういった考えでこの船に乗っているのか見抜いてあげるから」

 ほぼ自分の特殊な能力についてばらしているような発言だが、相手の頭の中をのぞけるとは思わないだろう。

 これでよしとしてやろう。


「あら、随分と自信がおありですこと。警察庁まで貴方の評判は伝わっていましてよ」

「わお! 省庁の垣根を超えて私の天才は伝わっているのね。喜ばしい事だわ」

 利口な奴の中には、おだてられると素直に喜ぶのが存在していると聞いた事がある。

 まさに、それが事実であると確認できる光景が目の前に展開されている。

「お喜びなさいまし。異常な天才・傲慢な自信家・危険な野心家と評されております事よ」

「天才! 嬉しい響きだわー。ありがとう」

 そこだけ切り取るか、我儘もそこまで行けば立派なアートになるぞ。


 証拠となる映像のチェックを終えると、こぞって所長の隔離部屋へと出向く。

 警備員とて信用できない状況だ。

 うっかりした事は言えない。

「取り調べです。通してください」

 月野が警備員に告げる。

 カノコは外に残って警備員の観察。

 これから僕達が接する人間総て、組織に関係あるのかないのかチェックしなければならない。

 カノコの仕事量は膨大なものに膨れ上がっている。

 使い過ぎて、能力の暴走や頭脳の破壊へ事が及ばないでと願うばかりだ。


「あー、生きてたー」

 他の連中に、僕が男である事を知られてしまっていいのか悪いのか判断がつかないので、とりあえずパートナーのふりをして所長に抱き付く。

「おー、よしよし、やっとその気になったか」

 所長は何か大きな勘違いをしているようだ。

「お気遣いなく、お二人の事情は小倉さんから聞き及んでおりますから、私達の前での演技は無用です」

 月野が僕達の様子を見て、少しばかり緩んだ顔で言う。


 この言葉を聞くなり僕は、抱き着いた状態から飛びのけて二歩三歩後退りした。

 この動きに答えるようにして「なーんだ、知ってたのか。残念だなー」

 所長が本気のがっかりをする。

 危ない兆候だ。

 まだアヘンが残っていると見える。

「薬が抜けるまで、いましばら隔離しておいた方がよさそうですわね」

 州浜が、上司だか不倫相手だか両方だかの月野に擦り寄って告げる。

「そうだな、二三日はここで過ごしてもらうか。敵に僕たちが真犯人にたどり着いている事を気取られないようにする為にも、その方がいいだろう」

 この意見に僕は大賛成だ。

 なんだったら航海が終わるまで、ずっとこの部屋にいてもらいたいものだ。

 カノコと二人でずっと同じ部屋というのもぞっとしないが、それに所長が加わってくるくらいなら、今のままの方がまだましな気がする。


「警備員さんは正義の味方ですよん。事情は説明しておいたから、よろしくやっていてちょうだいな」

 目じりを下げ嫌らしい笑みを浮かべるカノコが、部屋に入ってくるなり所長の顔を両手で激しく揺する。

 この様子からして、既に入り口で警備していた御姉さんと所長の間には、それなり何がしかの関係が成立しているようだ。

 どこへ行ってもどんな状況になっても、適応能力に優れた生物は生殖活動旺盛でいられるようだ。


 生殖器と胃袋だけで生きている所長の事はしばらく忘れるとして。

 僕達が置かれている状況を説明して、出来るだけ多くの味方を作っていく必要に迫られている。

 とはいえ、本当に信用できる人間を選別できる能力を持った者はカノコ一人限り。

 気が遠くなるような時間がかかると思うと、どうやって選別したらいいか悩む。


「ひとまず、多すぎて処理しきれない乗客は置いといて、船のクルーと外務省から来ているのを調べない」

 カノコが妙案に聞こえる提案をする。

「そうですわね。この方に従う気はありませんけれども、一番最初に選別しなければならないのは、アナグラ勤務と外務省ですことよ」

 州浜が自分の胸を、上司か浮気相手である月野にスリスリして寄り添う。

「そうだねー。手分けした方が早くないかい」

 月野が、ぜったいにやってはならない事を提案してきた。

「ダメ! 絶対にダメ!」

 カノコと僕が、大きな声を出して月野をにらみつける。

「分かりましたよ。二人では心細いんですかー。一応、道明寺さんは見かけによらず男なんですから、もっとしっかりしてくださいなー」

 月野が呆れた風に僕を見る。

 何も分かっていない。

「基本は男ですけど、今は女やらせてもらってますー」

 ちょっと癪に障ったので、そっぽを向いてやる。


「そうじゃなくてー、めんどくさいなー」

 カノコが鬱陶しそうにこっちを向き、自分の能力について警察庁の二人に話してしまいたいなオーラを放ってくる。

 カノコの能力で見た限り二人は悪人ではなさそうだ。

 僕が見た限り、二人が上司と部下である立場を忘れ部屋でニャンニャンしている以外、たいした悪事も働いていない。

 この先、いたるところで僕達は能力に頼らざるをえないし、その都度隠れて力を使うのも限界がある。

「カノコー、話しちゃってもいいんじゃない。この二人なら」

「そうよね、調べはついてるし。悪い人じゃないしね」

 意見があったところで、カノコが僕達がやっている事について詳しく二人に教えてやる。

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