第9話 警察庁・千葉県警察本部刑事部組織犯罪対策本部・薬物銃器対策課 ・薬物密輸対策センター・警部補 ・州浜紀奈子と申します。
「あったー!」
月野である。
そっちじゃないからとは言えない。
「えー、ありましたのー」
一声かけて、さっき見た隠しカメラの場所を探ってみる。
何もない………。
「ここで見るってのも現場荒らしみたいで見た目が悪い。自分の部屋で見ましょうか」
こう言うと僕達の返事も聞かず、月野はカメラを持って部屋を出ていく。
彼の部屋を知らないので、慌てて僕とカノコがその後についていく。
部屋に着くなり「ここです。贅沢ですよね、最高クラスですよ。御宅は?」
知ってか知らずか、嫌味ともとれる発言である。
いくら返ってくるとはいえ、一度に現金決済できる金額に上限があるとか。
僕達は半額以下の部屋に入っている。
「うっわー! すごい」
カノコはそんな理不尽には頓着しないようだ。
素直に驚きまくっている。
それもそのはず、ベットルームが二つにリビングがあって、バスルームは僕達の三倍あるだろう。
全てが広く設えられた間取りで、冷蔵庫の中やカウンターバーに並ぶお酒まで、ワンランクツーランク上の物ばかりだ。
まさに、海に浮かぶ超高級ホテル。
乗り込んだ時、自分の部屋に入った感動が、すっかり薄れてしまった。
「何度かこんな任務に就きますとね、慣れてしまうものですわ。小倉さんのように、初心に帰らねばなりませんなー」
やはり嫌味にしか聞こえない。
「私は超感激してますよ。初めての船旅でこんな豪華客船に乗れるなんて、警察庁に入ってよかったとつくづく感じてます」
少し時間がかかると言ったのは、シャワーを浴びて化粧をして服を選んでとやるのに忙しかったからか。
どこからどう見ても捜査をしていた警察官には見えない女が、クローゼットから出てきた。
「私、警察庁・千葉県警察本部刑事部組織犯罪対策本部・薬物銃器対策課・薬物密輸対策センター・警部補・州浜紀奈子と申します。よろしくお願いね」
これまた挨拶済みか、カノコには見向きもしないで僕に真っ直ぐ寄ってきて挨拶をする。
ついでにピタリ寄り添ったかと思ったら、素足だった僕の足を撫でて、短いスカートの中に手を入れてきた。
僕が男であるのに気づいたか。
「あら変ねー、女の子だったの? 所長さんて男だけかと思ったら、両方なの」
補正下着でしっかり抑え込んでおいてよかったとすべきか、僕のが思いのほか小物でよかったとすべきか、複雑な心境だ。
「色々と聞きました。貴方は所長と一緒に、マトリさんの御手伝いをしているんですってねー。そんな方達が、殺人というのもおかしな事だと思っていたの。でもねー、この人が現行犯だからどうにもしてやれないって。ねー、薄情者でしょう」
お前ら、どういった関係なんだ。
肩書からすれば上司と部下の関係なのに、状況はすっかり不倫旅行の雰囲気を盛り上げている。
「そんなこんな話は後回しにして、まずは録画を確認しましょう」
少々焦ったらしい月野がカメラからカードを抜くと、パソコンにさして再生する。
ところが、画面は全て砂嵐で時刻さえ表示されない。
「だめだね、これじゃ無実の証拠にはならないよ」
「そうみたいですね」
二人の心を読んだ上での発言だろう、カノコが諦めた表情になる。
「残念ですわ。一度私達は部屋に戻ります」
カメラがすり替えられたとすれば、僕が仮死居眠りから起きてあの部屋に行くまでの僅かばかりの時間だ。
部屋に戻ってもう一度過去の状況を見よう。
今の僕に出来るのはそれだけだ。
それにしても、犯人も事件の状況も全て分かっているのに、カノコ以外に事実を話せないのがもどかしい。
隠しカメラの記録画像がなければ、僕達の言い分はたんなる憶測でしかない。
「本当の隠しカメラを設置した場所が、何かの暗号で記録されていて、それが見つかったってのはどうかしら」
「どうかしらって、もともと貴方が忘れていたとか隠し場所を知らないなんて苦し紛れを言うから、こんなにややこしくなってるのよ。今更言えるー」
「言える」
確かに、カノコなら言える。
「とりあえず、カメラを盗んだ犯人を捜しましょ」
まだなくなってから時間がたっていない、処分されていなければ無実の証拠だ。
まずはカメラ奪還を最優先事項として対応していくべきだ。
「そうね。はやく寝なさい」
カノコが部屋のドアを勢いよく開けると、僕はベットに飛び込み三分で仮死状態になった。
急いで過去へ逆再生していくと、事件の後に仮の鑑識が済んで警備員だけになった部屋の前。客室係が軽い食事を持って現れた。
時間的に、僕がこの部屋で仮死居眠りしていた頃だ。
この時に出されたコーヒーを一口飲んだとたん、警備員が寝た。
素早く部屋に入った客室係は、換気ダクトに仕掛けたアヘンの時限香炉を回収すると、真っ直ぐ隠しカメラに向かって歩き、これも回収。
そうしてから、偽の隠しカメラをセット。
僕が確認した乗船前の仕込みよりも、前に仕掛けられていた隠しカメラを回収して部屋から出る。
コーヒーの器を交換し、眠った警備員をゆり起こして去っていった。
一部始終を観察して気づいたのは、この客室係が左利きで、何かで怪我をしたのだろう、小指に絆創膏を巻いている事。
所長を犯人に仕立て、カノコの相棒を殺害した奴と特徴が一致している。
そこから時間を早回しして先を見ると、自分の部屋に帰った所で用事を言いつかっている。
カメラは処分する間がなくて、部屋に置きっぱなしだ。
今なら隠しカメラを取り戻して、所長を釈放できる。
急げ急げ。
起き抜け慌ててカノコに犯人の居場所と証拠のありかを伝えようとすると「分かったわ。すぐに行動開始!」
手っ取り早いのは都合のいい能力だが、むやみやたら頭の中をのぞかれているようで、なんだかとっても嫌な気分になる。
「ねえ、その頭の中覗き、私に一言ことわってから実行してくれないかな。四六時中監視されてるようで嫌だわ」
すると、いきなり僕は抱きしめられた。
「ここにも隠しカメラがあるかも、だから、話さない方がいいわよ」
耳元で囁くカノコの息が、官能的でくすぐったい。
つい「あっ!」と声が出てしまった。
「感じてる場合じゃないでしょ。行くわよ」
すでに僕が見た事は全て伝わっている。
案内しなくとも先を歩くカノコに手を引かれ、僕はペットか彼女の子供のようになっている。
「さっさと片づけちゃうわよ」
昔から行動力に関しては群を抜く性格のまま、カノコが部屋の鍵をマスターキーで開ける。
「そのカードキー、どうしたの」
「こんな事もあるだろうと思って、乗り込む前に資材部に頼んで作ってもらったの」
「マトリって、そんな事までやってるのか?」
「見方を変えたら犯罪集団かもね。法律守ってないし」
法の順守が為に作られた組織なのに、率先して法を破っていいものかどうか、少々気になるところだ。
違法行為で隠しカメラを取り戻したと知れたら、画像は証拠として採用されなくなってしまう。
掟破りがばれないように、この部屋にも隠しカメラがないか探知機を使って探してみれば、三台も出てきた。
これも頂いて何事もなかったように部屋を整えたら、急いで撤収。
部屋に戻ってから画像を確認すると、僕が過去に遡って見たそのままの映像が映し出される。
「これで所長を開放できるわね。ついでに、この部屋にもカメラが仕掛けられていないか調べましょう」
僕が提案するやいなや、カノコが先ほど使った小型のカメラ探知機で部屋中を探索する。
「無いわね。ちょっと残念」
「という事は、私達は警戒されていなかったって事よね。所長はたんに貴方達への警告の為に利用された。巻き添え被害者でしょ。で、なんで残念なのよ」
「えー、だってー、私の初体験が映っていたら、記念に保管しておこうと思っていたのー」
どんな趣味してるんだ、この女は。。
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