第8話 美少女がそのまま美女に成長するとは限らない
「そんな能力者がいるなんで信じられない」
正直なところを言ってみる。
「あなた、それじゃあー、自分の能力も否定するわけー」
「そうは言ってないけど………」
「けど、何」
「けど、信じるしかないのかなー」
「そうそう、信じるしかないのよーん」
信じて聞けば、彼女の過去から現代までの話は辻褄の合う事ばかりだ。
知能試験で秀才と分かった時、これで天下が取れると思ったあたりは、僕の抱いた妄想とよく似ている。
似ていたのはそんな事ばかりではなく、過去の経験までが似たり寄ったり。
五歳の時に初めて自分の感覚が人の脳内に入り込んだのから始まって、その年に近所で火災があったり、どざえもんと対面したり、しまいには幼稚園で僕に似た子と大人ごっこをしたり。
ここまで聞いて、園児の中にいた飛びぬけ可愛い娘がカノコだったと気づいた。
「あ゛ー、あの時のって」
開いた口が塞がらない。
そうだ、確かに【かのこ】の名札を下げていた。
が、しかし、BUT。
小学校は別々で、中学に入って再会した時はまったくの別人。
成長期における六年間に神は、なんと恐ろしい変化を人間にもたらしたもうた。
「恐ろしやー、この変化ー」
思わず手を合わせ、カノコに向かって唱えてしまった。
「そんなに驚いてくれなくてもいいわよ。気づいていない事は再会した時から知ってたしー。それから、君達の下請け仕事について、本当は上司から聞いたんじゃなくて、所長の頭を覗いて知ったのよ。ボンクラの名誉の為に本当の事教えておくわ」
何が怖いといって、人様に自分の考えている事を丸ごと見透かされてしまうのは、裸で大観衆に晒されるのと変わりない。
「僕の頭の中、どこまで覗いたの」
「ちょっとだけ」
「ちょっとって、どれだけ」
「生まれてから今日までの、ほぼほぼ全部かな」
「はやっ!」
「そうね、早いのよ。でもね、整理するのに時間がかかるから、放置状態」
放置するくらいなら読み込むな。
無駄に多いデーターは、情報処理速度の足を引っ張るだけだ。
「ところで、所長は犯人なの?」
僕の頭の中に入り込んだのならば、さっきまで見ていた過去の情報も丸見えだった筈なのに、肝心な所でチグハグになっている。
「見えてなかったの」
「見えていたんだろうけどね。まだ整理してないから、よく分かんないのよ」
役に立たない能力だ。
現状カノコの能力は、僕の力が試験に対してのみ有効であった時期と大差ない利用価値にあるようだ。
「使えない能力ね」
「一瞬で大量の情報が入ってくるから、チョイスが間に合わないのよ」
よくそんな事で試験の不正に使えたものだ。
「どうやって試験の答えを引き出していたのよ」
「二十分もあれば整理整頓できますのー」
「そんなに早いの………」
「そうよー、もういいわ、アズキの話は遅い。だいたい分かったし」
分かったとは、どこまで分かったのか。
今日の事だけか、僕が積み重ねてきたこれまでの人生全ての事か。
実に不安で不愉快だ。
「ここまで分かったら、あとは犯人を捕まえるだけね。早くしないと所長さん死刑になっちゃうわよ」
「人一人殺したら、それなりの刑罰が待っているのは確実だけど、死刑はないでしょう」
「分からないわよ。ここは日本じゃないしー。自殺に見せかけて殺されちゃうかもしれないしー」
船の中で起きた事件だから、現地警察に引き渡しはないだろう。
けれど、所長を犯人に仕立てあげ自殺という事で殺処分は有りえない展開ではない。
少しだけ慌てた方がよさそうだ。
「とにもかくにも、証拠を回収しないと話にならないわよね」
カノコが僕の手を取ると、千鳥足で事件のあった部屋に向かって歩きだす。
部屋の前にどうにかこうにかたどり着いたはいいが、そこから中に入れない。
「入れなさいよ。私の部屋なんだからー」
酔った勢いとは恐ろしいものだ。
警備員相手に管を巻き始めた。
「無理言わないでください。いくら自分の部屋でも、凄惨な事件のあった部屋に入ろうなて異常ですよ。それに、警察の方から誰も入れないように言い使ってますから。船長命令でもありますので、ここはどうか」
「警察庁のトンマ君には話とおしてあるから、私達は入ってもいいの!」
確かに話はとおしてあるから、当然の権利として部屋に入れる。
だが、なにせカノコの酔い方が泥酔から酩酊にまで進んで、もう少しで昏睡状態に見える。
警備員も許可するわけにはいかないだろう。
「どうしたー」
ズグズグになっているカノコの後ろから、やけにすっきりした男の声がする。
警備員が男に敬礼をすると、いかにも困った顔つきで「この方が中に入れろってきかないんですよ。何とかしてください」僕達を指さす。
「小倉さんはご存知でしょうが、そちらの御嬢さんには御初ですので自己紹介させていただきます。警察庁・千葉県警察本部刑事部組織犯罪対策本部・薬物銃器対策課・薬物密輸対策センター・警視正・月野雫です。で、どうなされました」
いいや、事件直後に僕の部屋にやってきて、自己紹介は済んでいる。
酷く忘れっぼい男のようだが、ここは大人しく自己紹介を聞いてやった。
大抵の場合は相手の顔を見て話すものだが、この男ときたら僕の胸元に目線釘づけで話してくる。
忘れっぽい上に、嘘偽りなく包み隠さない助兵衛野郎のようだ。
話し方ばかりか、やや腰を引き前かがみになって、のっぺりした顔を近づけてくる。
こちらとしてはたまったものではない。
思わず一歩下がって「始めまして。彼女がどうしても中に入って取ってきたい物があるそうなんです。何とかもう一度中に入れてもらえないでしょうか」
この先は相手を変えてほしいむね、遠回しに伝えてみる。
「それはまた、いかなる理由をもって中に入りたいと」
こちらの真意が伝わらなかったらしい。
しつこく僕に話をふってくる。
人類の言葉が通じない相手らしい。
「今言いましたわよね。取ってきたい物があると」
「何を取ってくるのですかな」
「カノコ、教えちゃっていいかしら」
三歩後退りするカノコの、さらに後ろに回って聞いてみる。
「いいでしょう。警察の人なんだから。大丈夫よ」
月野と僕が会話の間、カノコは相手の心を読んでいたに違いない。
自信をもって、この男が安全だと断定してきた。
「あのですね。隠しカメラがありまして、そこに真犯人の画像が残っているのではないかという事になりましてー、カメラを取りに来ましたの」
「なんと、それは重要な手がかりと言いましょうか証拠と言いましょうか。いかなる事情があって今まで教えていただけなかったのでございますか」
まさかカノコが心を読んで、一人ゝの正体を探っているからとは言えない。
「つい、事件で気が動転してしまって。それに、隠したのが私じゃないもので、有る事を度忘れしちゃったのー」
ここはカノコが、ありもしない可愛い娘をぶりっ子して、なんとか切り抜けた。
「うかがえば今回が初任務だとか、無理もありませんな。よろしいでしょう、わたくしが立ち合いますので、カメラを取ってきて真犯人探しといきましょう」
ある筈のないカノコの可愛い娘ぶりっ子に悩殺されたか、真剣な話であるにも関わらず鼻の下が伸びきっている。
その上、しっかり僕達の仲間になったつもりで、一緒に記録画像を見る気になっている。
船の中に居る警察は、この男と相棒の女しかいないようだ。
これも仕方ないが………。
相棒の女はどこに行った。
殺人事件が起きているのに、現場へ姿を見せていない。
どこかでなにがしかの捜査をおこなっているからだろうか。
少しだけ気にしてやっていると「紀奈子君、今ね、現場に隠しカメラが仕込んであったらしくて、マトリの小倉さんが中に入るから、君もこちらに来なさい」
月野が無線を使って相棒を呼び出した。
少々時間がかかるとかで、僕らは先に入ってカメラを探す。
ついさっき行った過去で仕掛けた場所は分かっているけど、すんなり探し当ててしまっては先ほどの会話が嘘になってしまう。
ありかについては皆目見当もつかないといった風にしながら、徐々にカメラへと近づいていく。
すると、思わぬ方から声がした。
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