第7話 げに恐ろしき天才ぶり
犬まで差別する徹底。
おっそろしい天才ぶりだ。
「犬は全部殺されました。御宅のも首切られてます」
雰囲気が、尻の貸し借りで揉めたのではなくなってきた。
「うちのは何をしての容疑なんですか」
恐るゝ聞いてみる。
「殺人ですよ。小倉さんの相棒を殺した容疑です」
人を一人二人殺しても不思議ではない性格の人ではあるが、それをやるのは今じゃないくらい弁えているはずだ。
「それって間違ってません」
「いえいえ、かなり濃厚な線です。薬物反応も出ていますから、麻薬でぶっ飛んだ勢いで殺っちゃったってとこじゃないですかね」
嵐が迫っている中、なんだかややこしい事になってきた。
僕達の素性について警察の人だけには告げ、手かせ足かせ猿ぐつわ目隠しだった所長の待遇も少しは改善してもらったが、それでも完全隔離の状態に変わりはない。
面会謝絶となっている。
当然だが、僕の部屋からは何も出てこなかった。
カノコの部屋では、捜索が済むまで僕達は外で待つよう指示された。
言われるまま黙っていられるわけないだろ。
二人で捜査に加わると駄々をこね、事件現場に入れてもらった。
首吊りというのは実に不気味なものだ。
部屋は荒らされ、照明が壊れている。
暗闇の中、一周回って灯台の明かりに照らされる遺体は、割れたガラス窓の向こうから吹き込んでくる潮風と、時折打ち寄せる大波に傾く船内で、ゆらーり揺れている。
落ち着けと必死で自分に言い聞かせても、鼓動は速度を増し息遣いは荒くなるばかり。
この死体がどんな経緯でこの姿になったかを知ろうとすればするほど、高ぶる気持ちを抑えられない。
「うえっ、首吊りって気持ち悪っ」
思わず目を背けると、カノコが僕の頭を持って死体の方へ向きを変える。
「よく見て、首吊りじゃないでしょっ。殺してから吊ったのよ。胸にはサバイバルナイフが刺さってるし、額には銃痕。おまけに頸動脈まで切ってある」
カノコは中学の時、解剖の時間にカエルの臓器をぺロリとやって「苦い」と言っていた。
ひょっとしたらこいつは、人間的感情が一部欠落した生物なのかもしれない。
あまり深く関わらない方が良さそうだ。
それにしても、随分と念の入った殺し方をするものだ。
「恐ろしく手の込んだ殺人ね」
気になってくると眠れない性分である。
集中できないと、これからの調査にも影響しかねない状況だ。
つい、カノコに質問してしまった。
「殺人には違いないけど、きっとこれは私たちに対する警告ね」
いつになく落ち着いた口調で答えると、部屋を出ていくカノコ。
「警告?」
答えから新たな疑問が沸いてくる。
「そう、捜査はさせないって言いたいのよ」
極秘で有る筈なのに、捜査員を殺害できるとはいかなる組織なのか。
「どうして素性がばれたのよ」
「そんなもの、裏の情報屋に行けば私達のブロマイド売ってるもの、乗り込んだ時からバレバレよ」
所長は僕の調査を裏付けるのに、時々情報屋を利用していた。
だから、情報屋の中には写真屋がいるのは知っていた。
取り上げて驚く話ではないが、それでも氏素性の知られていない所長にまで飛び火したのは合点がいかない。
「所長の場合はどうなの」
「単なる巻き添えか、ひょっとしたらマトリの情報を流している関係者がいるって事になるわね」
「ス・パ・イ」
「いても不思議はないでしょ。なにせ相手は溢れるほどの御金を持ってるんだから。それにね、家族や親戚を殺すと脅されていたりしたら、組織に従うしかないのが実情なのよ」
それなり情報漏れについては説明がつくが、こう語りながら足は真っ直ぐ僕の部屋へ向かっている。
カノコと一緒にいたら所長の二の舞か、ひょっとしたら僕が被害者になる可能性だってある。
「ねえ、これからどうするの。部屋は使えないでしょ」
「今、それを聞く?」
カノコは、これからの船旅を僕の部屋で過ごすのが当然といった風で、手を引く足を速めた。
有無を言わさずの同居宣言から数分。
事件をすっかり忘れた素行が目立つカノコ。
ルームサービスでオードブルを取り、部屋に置かれた酒の飲み比べですっかり酔っ払いに成り下がっている。
僕としては、ひと眠りして事件の詳細について知りたいのに。
カノコがこんな状態の時、仮死状態になったりしたら、そのまま死体安置所に運ばれかねない。
ところで、客船に死体安置所って設置されているのだろうか。
「ねえ、この船に死体安置所ってあるの?」
「ないわよ。冷凍庫に入れとくの。アイスクリームと一緒にね」
「嘘! さっきアイス食べちゃった」
「あのね、ちゃんと死体袋に入ってるからー。そんな事でビビらない」
ビビったのではない、気持ち悪いだけだ。
それにしてもカノコ、御酒は存分に頂いている筈なのに、まったく寝落ちする気配がない。
これでは、いつになっても仮死状態になれない。
結果として、所長は明日か明後日になったら現地の警察に引き渡されて、そのまま死刑かもしれない。
「ねえ、事件の捜査をしなくていいの。このままじゃ所長が犯人にされちゃうよ」
「いいんじゃないの、元を手繰ればヤクザでしょ。一人二人この世から消えたって、誰も困らないわよ」
なんて冷徹な奴なんだ。
カノコをたよっていたら、本当に所長は死刑だ。
「私が困るの。分かるでしょ」
カノコの持つグラスを取り上げて飲み干してやる。
今度はカノコが僕のグラスをとりあげる。
手に持っていた一升瓶から酒をなみなみ注いだ。
そろそろ頃合いか。
「私は寝ますから、絶対に近くに寄らないでよ」
だいぶ出来上がってきたカノコに釘をさしてベットに入ると、仮死状態になって事件のあった過去へとさかのぼる。
若干の不安はないでもないが、カノコは放っておけばそのうち寝てしまうだろう。
一時間程前、事件のあった部屋で僕が気持ち悪がっているところまで戻る。
そこから録画を逆再生するように、どんどん過去に遡っていく。
するとどうだろう、事件のトリックは僕達が船に乗り込む前から仕込まれていた。
「何て事してくれるかなー」
誰にも聞こえない独り言を残し、今に戻って起きる。
と、被っていた毛布は剥がされ、着ていたパジャマも脱がされている。
嫌な感覚が下半身をツンツン。
「おっ、生き返った!」
驚くべきは僕の方なのに、仮死状態だった僕のを割り箸でつついていたカノコの方がびっくり仰天の声を上げる。
「生き返ったって、貴方はいつも死体をそんな風に扱ってるのでしょうかー! 極めて不謹慎だと思うのですが」
「だって、死体じゃないでしょ。アズキは寝る前に『仮死状態になってから過去に行って、事件の真相を突き止めるんだい』って思ってたものねー」
僕の考えを呼んだとでも言いたいのか。
確かに、ベットに入る前はそう考えていたが、僕の能力についてカノコが知っている筈はない。
「どうしてそんな事言うの。過去には行けないでしょ」
ここは一旦、全てを否定すべきだ。
「だーってー、そう思ってたんだものねー。アズキは仮死状態になって、過去に遡る能力を持ってるのねー。どうりで、努力もしないで成績がよかった筈だわ。教えてあげるわね。私は、人の頭の中に入って、その人の潜在意識に隠れた情報も含めて全部引き出せるんですー」
泥酔しているのか酩酊か、いずれにしろほろ酔い程度の酔い方ではない。
気持ち悪い能力の持ち主だと自ら語り始めた。
このまま黙っていれば、仮に人殺しをしていたら、その事まで洗い浚い打ち明けてくれそうな勢いだ。
「それでねー、あたしの力はね。貴方と似たり寄ったりでー、制約があるのよ。分かりやすく言うとね。視界に入っている人の脳内しか観察できないのねー」
つまり、彼女が成績優秀だったのは、試験会場で視界に入っている者の頭脳を覗く事で回答していたからだと。
努力の人だと思っていたが、僕よりずる賢く世渡りして来たにすぎないクズ女だという結論に達した。
「あんた、そんなんで総理大臣になるつもりでいるの?」
「そんなの冗談に決まってるでしょ。私は、この能力を世の為人の為に使いたいだけなの!」
なんだかとっても嘘くさいけど、そんなこんな考えしか出てこない僕の方が屈折した人間なのだろうか。
それとも彼女が偏屈で、僕はいたって真面目なのか。
世の中ばかりか人間そのものというか、周囲の状況が根底から覆された感が強い。
なにもかも信じられなくなってきた。
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