第4話 Dカップが放漫か否かの議論はさて置きっ放しにして

「上手に仕上がったのね。私もここでお願いしようかしら」

 御姉さんの中の一人が、僕の顔を馴れ馴れしく撫でまわす。

「こっちも綺麗に膨らんでるわね。ここの先生って名医?」

 こっちもとはいかなる事か。

 顔の他にも手術してくれたのか。ならば余計なお世話だ。

 こっちもと言った御姉さんが「ねえ、触っても大丈夫」と聞いてくる。

 何を触る気かは知らないが、大丈夫なわけがない。

 とりあえず「ダメ」と断ってみた。

「そうだな。形が落ち着くまではあんまりいじくらない方が良い

らしいな」

 形・落ち着く。

 何気なく嫌な予感がして、自分の胸元に目を落とす。

 何て事をしてくれたんだ。

 豊満とまではいかないが、C・D程度のカップがプックリ出来上がっている。

「ア゛ーーー」他の言葉が出てこない。


 脳内がパウダースノーで満たされた時「二三年で自然に消滅しちゃうらしいから、顔とか体形を維持するには、またシリコン注射するんだとさ。わかったか」

「二三年………」

「次にやる時は自腹だからな」

 所長がにこやかに僕の乳を見つめる。

 誰がやるものか。

「ここまでやる必要があるんですか!」

「ああ、当然だ。長い航海だろ、パーティーではドレス、熱い時は水着ってな、結構と露出が多いんだーよ。最初に言ったよな、整形するって」

 何をしらばっくれている。

 言ってあったなら、誘拐まがいの事までする必要ないだろ。

「絶対に聞いてない」

「まあ、今更どうもこうもならんものな、諦めろ」

 他人事には極めて決断の早い人だ。

 それにしても、気づいてしまうと胸が痛いのか重いのか、違和感が尋常でない。

 入院中から、淑女教育なるものが僕に課せられた。

 子供の頃は女扱いされていたし、御姉さん方の教え方が行き過ぎる程丁寧な事もあって、僕の淑女度はずんずんむくむく成長した。


 元々、事務所の一室を宿舎として寝泊りしていたので、素性を偽るために身を隠すのは簡単だった。

 夜になると御姉さん達が働くクラブの手伝いをして、そのまま今日はこの御姉さん宅、明日はあの御姉さん宅とねぐらを移動した。

 女性のどんな姿を見ても、下についた余計なものがむっくりしないようにだとかで、御姉さん達が繰り広げる痴態は凄まじいの一語に尽きた。

 そんなこんなの攻撃によって簡単に撃沈してしまうのが僕で、ついついあれこれの行為に走ってしまう。

 毎日どころか日に二度三度、御姉さんとのファイトに励めば、そのうち慣れるだろうと所長は言っていたが、決して慣れて飽きるものではないと僕は思う。

 もっとも、いつまでたってもムックリポッコリさせていたのでは、そいつをちょん切っちまえと言いかねない連中だ。

 目の下にできたクマをファンデで隠す日々一週間、いざ出陣の場面となり、どうにかこうにか抑え込めるまでになった。


 横浜港から出航のクイーンゴンザレス号は世界有数の豪華客船だと聞いていた。

 世界各国から金余りの連中が乗り込んで来るかと思いきや、乗客のほとんどが日本人だ。

 どこからこんなに金持ちが湧いて出てきた。

 不思議に思うと同時に、今回の出張費は誰が出しているのだろう。

 それに、僕の手術費だって小遣い銭程度とは言えない額だ。

「所長、あんなそんなこんな大金、どこから出てるんですか?」

「んー、それね。厚生労働省から出てるのねー」

「って、税金ですよね。大金ですよね。無駄だと思いませんか」

 僕らの調査人件費まで入れたら三千万円以上。

 自分達で解決できない事件だからと民間に丸投げした挙句、税金をこんなに御手軽く使ってしまっていいものだろうか。

 もちろんこの場合は、いい加減を絵に描いた御役所担当者からの仕事であったればこその失態。

 衣食住込々で効率の良い仕事にありつけている。

 なんとも複雑な心境であるのは否めない。


「何言っちゃってんの。総理大臣一回の外遊費に遠く及ばない金額だよー。それにな、一般には知られない様にしてるんだけど、この船に限らず日本で国際便の船舶ツアーを組んだ場合は、警察とか厚生労働省とか外務省とか、公安関係の役人を乗客乗員の総員に対して0.5パーセント以上乗せなきゃいけない事になってんだよ。二千人から乗っかってんだ、十人はいるぜ。政府からの乗り込み組」

「何のために乗ってるんですか。遊びとたいして変わりませんよ、こんなの」

「まあ、外洋に出れば分かる事だがよ、法律がなくなるんだよ船ってのは。そこでもって、おいたが過ぎた奴らを厳重に取り締まるのが御仕事って建前になってるが。確かに、ほとんどの場合は遊びで終わるな」

「無駄遣いもいいところですね」

「いや、身分隠して乗って、一旦はツアー費を払ってるけど、後で払い戻し請求してるぜ。実際には一円も払ってねえんだ、これが」

「やりたい放題ですね」

「旅行会社にしてみればー、ただ乗りされた上に妙な荒でもほじくり返されたら踏んだり蹴ったりだわな………って、お前、その男言葉はもう止めろ。どこで誰が俺たちの会話を聞いてるかわからねえんだから」

「はいはい」

「返事は一回!」


 大型船と言えば、北海道や九州へ行くフェリーにしか乗った事のない僕にとって、豪華客船で行く海外は未体験ゾーン。

 そこにこの身を委ねるのは、実に衝撃的事件だ。

 事前にネットなどで調べたので、ある程度の知識はあるが、それでも案内された部屋の広さには圧倒される。

 ねぐらとしている探偵事務所がすっぽり入ってしまう広さで、キングサイズのベットに豪華なソファー、余裕のあるバスルーム。

 カウンターバーまでついている。

 航海中の飲み食いは全て込々の旅費という事だから、部屋の中にある飲み物もぜーんぶ御自由にどうぞだ。

 帰る頃には、すっかりアル中の仲間入りになれる待遇だね。


 衣服などを詰め込んだトランクは事前にクルーが積み込んで、部屋のクローゼットに置いてある。

 長い航海のわりに衣装は少ない。

 旅の最中に必要な物は、全て売店か立ち寄った国で買えば揃う。

 今すぐ必要程度の荷物で十分なのだ。

 それにしても、所長の荷物は少なすぎる。

 いかにも貧乏探偵っぽいヨレヨレのトレンチコート一着だけで、金持ちの船旅とは無縁の世界をクローゼットいっぱいに醸し出している。

 人の言葉遣いで身分がばれるのを警戒する前に、自分の行いを何とかしてもらいたいものだ。

 

 出航の前に、船長が挨拶すると船内放送で案内があったが、所長はそんなのお構いなし。

 早速、湯船にお湯を張っている。

 一番高そうなブランデーをグラスへ注ぐと、恥じらいもなく衣服を脱ぎ捨て部屋をうろつき始めた。

 なるほど、部屋にいるときは裸で過ごす気ならば、たいして荷物もいらないだろう。

 見たくもない物が、目の前を行ったり来たりしている。

 同じ男として、若干引け目を感じるほどのサイズである以外は、たいして気にすべき事態ではない。

 だが、こんな体になってからというもの、幾分感情が女になっている。

 加えて御姉さん達が教育の賜物とすべきか、普段から自分は女であるとの自己暗示が効いている。


「止めてください。いやらしい!」

 つい、女としての感情が訴えるまま、所長に意見して両手で自分の目をふさいだ。

 この動きを可愛いと思っている自分と、不自然で馬鹿らしいと思っている自分がいる。

 どっちの自分も偽りのない自分であるとなると、いささかこの先の精神状態に不安要素がないわけではない。

 まして、人の意見などお構いなしに出航前の船で湯船につかり、沖を眺めてタダ酒をたらふく飲み込んでいる男と一緒では、その不安は増すばかりだ。

「おーい、お前も入るか? いい眺めだぞ」

 いい眺めなら、部屋の外に広く設えられたテラスからでも見られる。

 いやらしいをそのまま絵にした生物が裸でうろつく室内に、これ以上いたら毒素にやっつけられてしまうかもしれない。


 新鮮な空気を吸うべくテラスに出てみると、軽くバーベキュー等できそうな道具が揃っている。

 船の上で焚火はいかんでしょうと思いきや、そこはしっかり電気式。

 ちょいと小腹もすいてきた。

 材料があれば海上バーベキューといける手配。

 冷蔵庫の中には何が入っているのかな。

 部屋に戻って、バーカウンターの下に据えられた冷蔵庫を開けてみる。

 なんて気がきいているんだ。

 至れり尽くせりとは、まさにこの事。

 欲している材料が全て揃っている。

「ねー、バーベキューができるけど、食べるー?」

 外から内への声かけは、同時に隣近所・船に乗る他人にも聞かれてしまう。

 ここは、僕達が正当なるカップルで有る事を世間に知らしめるべく、しっかり可愛い娘ぶりっ子して聞いてみた。

「そこまでやってくれてるか、それは食わなけりゃ失礼だわな」

 所長は相変わらずの調子で受け答え。

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