第25話 敵地に入り込む
ラナンの案内でまちの中を歩いて十分かそこらは掛かっただろうか。ラナンの父が営む店の直ぐ目の前に、確かにラナンの父の店よりも大きく、荘厳な見た目の建物が建っていた。客入りも良く、店の入っては出て行く人数が尋常ではない。
「うわっ…確かにスゴイ。一体何の店なの?」
「私も店に入った事は無くて、噂で聞いた程度だけど百貨店らしいわよ。」
ひゃっかってん。私にとっては初めて聞く言葉だ。詳しく聞くと色んな種類の商品を取り扱う店をそう呼ぶらしい。最近出来た言葉らしく、聞き慣れないワタシは戸惑いつつも今の自分の装いを検めた。
敵情視察を賞したからには、先ほどと同じ見た目では正体がばれるので、ワタシは替えの衣装に着替え、ラナンは先程とは全く異なる衣装に着替え、髪型も変えて一目見ただけでは家で会った時と同じ人物とは思えない様子だ。
「うんっ、変装は大丈夫そうね。…それじゃあじゃ入るわよ。」
「…うん。」
不自然な所はないか、バレる心配はあるかを確認し合ってから、ワタシとラナンは揃って店の扉をゆっくりとくぐった。
そして入店した先に見たのは、まるで豪邸の大広間を彷彿とさせる。
高い天井全体に硝子がはめ込まれており、日の光が室内を照らしていた。見渡せばそこかしこの壁際にはいくつもの店舗が並び、よく見れば見たことのある商品が並んでおり、それらが建物の内装を彩って見せる。
「通りの市場…なんてものじゃないわ。それ以上の品揃えをしているわね。」
「確かに。しかもどれもどこの店でも見られない新品じゃない?ここに来る前にも通りの店を見てみたけど、全然品数がこっちの方が多い。」
商売人としては素人だけど、そんなワタシから見てもこの建物の中にあるもの全て、質の良いものだと伺える。値段の方も張っており、とても一般人が手を出せる金額ではない。なのに来ている客の層は老若男女どころか、まちの住民全員と思える多くのヒトが建物の中でひしめき合っていた。
正直ワタシはラナンの叔父の事を侮っていた。他人を見下すような人物だから、ここまでの商品を揃えられるほどの能力を持っているとは思えなかった。
「叔父さん、普段の言動は最悪だけど、何故か金回りだけは良くて。多分父の時と同じようにして金をかき集めているんだわ。」
現場こそ見てはいないが、ラナンはきっとそうだと断言した。ワタシも同じく見てはいないがラナンの言葉には頷くしかなかった。
性格は悪いが商売の才能はある、何て事は今店が危ない状況にあるラナンからしたら認めなくない事だろう。ワタシとしては、やはり触媒が本物かどうかで話は変わる。
問題となる赤い宝石がアリーの探すものであったならば、間違いなくラナンの叔父は触媒を利用してこの百貨店なる店を大きくしたのだろう。そうとしか思えない。
しかし、肝心の宝石がどこにあるのかを今は探さなくてはならないが、どこにあるか見当がつかない。もしも叔父であるドゥナ本人の手元にあるとなれば、近付くのは難しい。またラナンの父の様に催眠をかけられかねない。
何よりもワタシは、もしも宝石が触媒であったとしたら、どうしたいのだろう。アリーの様に奪う?いや、ワタシは悪事を働いてまでして何を求めていると言うのか。
ラナンの叔父が触媒で悪事をしているとなれば、止めなければならないという使命感とは違う。友を助けたいという同情とも違う。ただ、何かをしたくてここに来た。
目的が定まらずここまで来て決意が揺らいでいると、どこからか男の高らかな声が響いた。
「皆さま!此度は当店へお越しいただき、誠にありがとう御座います!」
声のする方へと目を向けると、建物の中央の広場らしき開けた空間に大きな台が設置されており、その台の上に件のラナンの叔父が立っていた。
着ている衣装もラナンの家を訪れた時の物とは異なり、金色の装飾が施されており、見ていて目が痛くなるような派手で奇怪な装いに見えたが、当人はどう思って着ているのか知らない。
家でのやり取りを見たからこそ分かる、ワザとらしく芝居じみた笑顔を浮かべているドゥナは再び建物内の客達に向かって語りかけた。
「皆さまのご来店により、当店はこうしてこのまち随一の商店として栄えました!それも皆さまの懐の広さ、そして我が百貨店が誇る『祈願の紅水晶』の加護のおかげと言えるでしょう!
見てください!皆さまの慧眼、そして豊かな資財を納めてくださるその心!まさに皆様こそが私共商人の宝です!」
まるで素人の演劇でも見ているかの様な気分だ。一体何が目的でわざわざ客の前に出てきたのか分からず、ワタシはラナンを引っ張りこの場から離れる事を提案した。
だが、肝心にラナンの様子が可笑しかった。何故か一緒になって訝しげにドゥナの演説を聞いていたハズのラナンの目はドゥナだけを直視し、その表情は感情が抜け落ちたかの様に見える。
「ちょっとラナン?どうしたのよ…ラナン!?」
ラナンの服の裾を引っ張ったり、肩を揺すったりするが全く反応せず、いまだにドゥナを見るラナンを見てイヤな汗が流れた。そしてワタシはラナン以外の異変にも気付いた。周囲を見渡せばラナンだけでなく他の客の表情もラナンと同じようになっており、皆の視線はドゥナへと集中していた。
「一体何が…うっ!?」
周囲の異変に気を取られていたが、次の瞬間自分にも異変が生じた事に自覚した。瞼が重くなり、目線がドゥナへと自然に向いてしまう。ワタシは動作こそ別物に思えたが、この感覚には覚えがあった。
それは最初にアリーと侵入した先に出会ったカーペンタ氏と対面した時のものだ。あの時もカーペンタ氏と話している最中に意識が朦朧として、気付いた時にはカーペンタ氏によって檻に入れられた状態となっていた。あの意識が薄れていく時のあの感覚に、今のこの感覚が似ていた。
そこでワタシは先程のドゥナの発言を思い出した。
そして我が百貨店が誇る『祈願の紅水晶』の加護のおかげと言えるでしょう!
迂闊だった!アリーと共に散々あの触媒の事を見てきたハズなのに、今になって触媒の事を思い出すなんて!ドゥナの言っていた紅水晶とは、まさしく今探している赤い宝石ではないか!まさか、店に入った時から既に魔法によって意識が操作されていたのではないだろうか?でなければあからさまな言葉に直ぐに反応出来なかったのも頷ける。
とにかく今の状況は危ないと分かり、ワタシは自分の頭を振ってから無理やりラナンの腕を引っ張り、出来る限りドゥナに気付かれないようにこの場から離れようとした。しかし抵抗でもしているかのようにラナンを引っ張る力が上手く働かない。見ればラナンが高揚とした表情でドゥナを見上げていた。
「ソニア、どうしたの?もう帰るの?まだ居ようよ。ここ、とっても素敵な場所でしょ?」
「何言ってるの!さっきと態度が全然違うじゃないの!」
先程と様子が明らかに変わっているラナンを見て、ラナンの家での父、ジョン話を思い出し、ワタシは辺りを見渡した。これは間違いなくドゥナが触媒を使ってここに集まった客に魔法を掛けている。
しかし見渡せど目を凝らせど赤い結晶は見当たらない。焦ってしまいこのままではドゥナにワタシ達の事が見つかってしまう。いや、もしかしたらもうバレテしまっているのかもしれない。だとしても早くこの場を離れなくては。
その瞬間、何かが大きな音を立てて現れた。それはワタシがよく知る人物であり、ワタシはこの光景に既視感を感じていた。
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