第24話 災難に苛まれる

 ラナンの叔父である男がラナンの邸宅を去った後、部屋の長椅子にラナンの父がどかりと音を立てて座り込み、頭を抱えて俯いてしまった。そんな様子を心配し、ラナンの母は寄り添って話し掛け、ワタシとラナンはそれを見守った。


「…ラナンにも説明しなくてはな。実は父さん、店の経営が危うくなった時が合ってな。その時に、あいつ…ドゥナから資金を借りたんだ。」


 聞いたラナンは驚きの表情の後の直ぐに眉間にシワを寄せて父親に再び詰め寄った。


「ちょっとっ…どういう事!?叔父さんの性格が最悪だって、兄であるお父様が一番分かっていたでしょう!?なのにそんな男と金のやり取りをしてしまったの!?」


 自分の親戚に対してヒドい言いよう、と言いたいが実物を見てしまった以上、他人であるワタシには擁護出来ない。他人の目から見てもあの人物はイヤなヒトだと思ってしまった。


「分かっていたさ!…でも、その時は本当にどうしようもなかったんだ!やっと持てた店なのに、ドジをして経営に泥を塗ってしまって、とても穴を埋める余裕が無かったんだ!その時にあいつが来たんだ。

 確かにあいつはどんな手を使ったかは想像出来ない。いや、したくもないが金を持っていた。そんなあいつがある日まるで狙っていたかのように現れて私の前で金をちらつかせてきた。

 腹が立って殴りたくなったが、それ以上にその金が欲しくて仕方なくなってしまった。その時の私は本当にどうにかしていた。なんでも欲しがるあいつが金をわざわざ俺に金を持ってくるのには絶対裏があるって、分かっていた筈だったんだ。」


 ラナンの父、ジョンの言い分をワタシは分かってしまう。相手がどんな人物であれ、自分が欲しいものを目の前にちらつかせられて、手が伸びないヒトは相当の無欲か愚鈍なヤツくらいだろう。それ程にジョンという人物は考える頭を持ち、それ故に目の前にあるものの価値に引かれてしまった。それが釣り針に刺さったエサだと分かっていても。


「そうして手にした資金で問題は片付いたが、その後しばらくして、突然あいつは私の店の近くで商売を始めた。それも私の店など霞むほど大きく立派な店舗を建ててな。

 最初からあいつはそうするつもりだったんだ。私に恩を売っておいて、私の店に客が来なくするよう商売仇となって商売を邪魔し、それと同時に貸した金の催促をする事が。」


 まるで無駄の多い策略だ。わざわざ資金を提出しておいて、後から店を開いて商売の邪魔をしたり理由を付けて金を要求してきたり、何がしたくてそんな回りくどい事をしたのか。


「あいてはそういう奴だ。相手の気持ちを上げたところを落とす、あいつは自分の手で私から物を奪うのではなく、私自身が手放さなければならない状況にまで追いこんで落とす。その状況をあいつは外から見て楽しんでいたんだ。」


 まるでワザと獲物を追いまわして逃げ惑う様を眺める趣味の悪い狩人の様だ。

 以前ラナンから話を聞いた。ラナンの父、ジョンは自分の仕事に誇りを持っていたという事。そしてラナン自身もそんな父の姿を、父を支える母の事が好きなのだと。

 ワタシは羨ましいと思った。家族をそんな風に支え合う姿にワタシは憧れもした。それ故に、今のラナンの家族の姿は歯がゆく感じる。

 他人であるワタシにはどうする事も出来ない。でもどうにかしたいと言う気持ちだけが湧き上がって来る。でも実際には何が出来るのか。今のワタシには手持ちが乏しい。今までの路銀は節約してきたから自分で使う分には余裕があるが、他人に使う余裕など無い。


「本当に…あの時の私がどうかしていた。どうして結末の解った選択を選んだと言うのか。最初は確かに断る気持ちはあったんだ。あの『赤い宝石』を見てから、どうにも記憶がおぼろげで。」


 思考している間に聞こえてきたジョンの声にワタシは背筋が痺れる感覚になった。息が込み上げてむせ返りそうになった。


「あのっ!今、何と言いましたか!?」


 ワタシは相手が驚き仰け反ってしまう程だったが、構わずワタシはラナンの父、ジョンに詰め寄った。ジョンはワタシの豹変ぶりに目を丸くしたが、さすが商売人と言うか、直ぐに持ち直してワタシと向き直した。

 ジョンの話によると、ドゥナがやってきた正にその日、商売の軌道が悪く思い悩んでいた時だった。まるで最初からそうなると分かっていたかのようにドゥナは金を貸してやると言ってきたのだとか。当然ジョンは言っていた通り、それを断ろうとした。しかし、その時金と一緒にドゥナは懐から宝石らしきものを取り出してきた。

 これを見てみろとドゥナは言った。訝しげにジョンは宝石を目にしてしまった。そこから意識が朦朧とし始めて、そしていつの間にかドゥナから金を受け取ってたと言う。丁寧に契約書まで用意し、名前も記入していたのだとか。


「それ、完全に催眠魔法の類じゃない!魔法を使って操るなんて、違法中の違法じゃない!」


 魔法を使って心を操ってはならない。魔法の三原則の一つであり、いつかアリーの口から出た言葉だ。

 明らかにドゥナが魔法か何かを使ってラナンの父を操っていた事が明白となり、何か仕掛けたであろうドゥナに対してラナンは怒りを露わにした。ジョンも同じ意見ではあるが、それでもジョンはドゥナを訴える事に後ろ向きだった。


「契約書まで作られて、しかも署名までしてしまっている以上、こちらから訴えるのは難しい。何より、あいつの持っていたあの宝石。あれを目にするとどうにも抗う気持ちが薄れてしまうんだ。」


 どうやらジョンは既に行動を起こしていたらしいが、それでもあの宝石を前にすると強気に出る事が出来なくなると言う。やはり話に出る宝石とアリーが探している触媒は同一のものだろう。

 他人の意識を操る。それはクラーク氏が実の息子にやろうとしていた事だ。寸前の所でアリーとワタシが乱入して、息子さんは難を逃れたが、もしもクラーク氏の思惑通りに進んでいたら、きっととても悲惨な事になっていただろう。そして今、ラナンの家がそんな惨状の中にあるんだろう。

 そんな現状をラナンが許せるはずがなく、今にもドゥナを追いかけて縛り上げようと言う意気込みが感じられたが、ラナンの父と母だけでなくワタシもラナンを止めた。


「行ったって、一体何をどうするって言うの!怒り任せに突っ込んだら、それこそ相手の思うつぼでしょ!?」

「じゃあどうしろって言うのよ!父の仕事が、下手をすれば家がなくなるかもしれないのに!」


 ラナンは叫びながら、目に涙を浮かべていた。止めておいてなんだが、気持ちは痛いほどわかる。仕事を誇りにしていると言いながらも危ない相手から金を借りてしまった父。だがそれでも助けたいという気持ち。それが胸の内でごちゃ混ぜになってすごい痛むのだろう。


「…それならまずは、敵情視察でしょ?」


 だからワタシも一緒に突撃しようと、引き留めた筈のラナンの手を握ってそう決めた。

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