第23話 雰囲気に飲まれる

 訪れたまちで再会したラナンの家は家具の販売していた。その関係でラナンの自宅の内装も質の良い家具が揃っており、正直足を踏み入れても良いのかと貧乏性を患ってしまった。長く家を空けていたせいかもしれない。


「何遠慮してるのよ。あなたの実家とそんなに変わらないでしょ?」


 言われて胸の辺りが大きく脈打つと同時に重みが掛かった。同時に急に居心地の悪さを感じてしまった。そんなつもりでラナンも言ったワケではないだろうに、申し訳なくなった。それを察してかラナンはワタシが疲れているのだと思い、ワタシに長椅子に座るよう促してきた。


「…ここに来るまで何があったのか、無理には聞かないけどさ。でも出来る限り私も相手するよ。」


 穏やかに話し掛けられて、ワタシは思わず目尻を潤ませた。

 しかし全てを話す訳にはいかず、ワタシは旅の途中でシュナイターさんに会った事。そしてシュナイターさんがどうなったかを大雑把に、出来得る限りアリーと触媒の存在を臭わせない程度に濁して話した。


「…シュナイターさん。家が大変だとは聞いていたけど、そんな事に。」


 ラナンも衝撃だったらしく、話を聞き終えると声が途切れ途切れになり、最後にはワタシと同様に意気消沈してしまった。


「元々娘さんの容体が良くない事とその姉が生活を支えている事は噂で聞いていたけど、そこからそんな結果につながるなんてさ、誰にも分からないじゃない。」


 ラナンの言った通り、ワタシもてっきり家族で支え合って上手くいってるって思ってた。…でもそうじゃないのをまざまざと見せつけられた。

 病弱な次女ばかりに気を回す母、誰よりも働けど実の母に見向きされない長女に寝込んでいる次女。次女であるルピナスが二人に対して何を思っていたかは謎になるが、彼女なりに二人を心配していた筈だ。

 そんな中、ワタシは結局の所部外者に過ぎない。そんなワタシがいつまでも他所の家族の事を何時までも引き摺っていてはいけない。それは分かっていた。


「引き摺るなって言われても、ソニアとシュナイターさんって親しかったのでしょう?そんな中目の前でそんな惨状を見たのであれば、気にするのは当然よ。

 私だってもっと早くに知っていたら、駆けつけて色々してあげれたのにって思うもの。」


 ワタシもラナンもお節介かもしれないが、それでもあれこれとこうだったら、と考えてしまう。今更話をしたって意味は無いが、ラナンに話をして良かったと思っている。

 少なくともアリー相手にこんな話は出来そうにない。そういった意味ではこのまちに訪れて良かった。気持ちも大分落ち着いてきた。


「ありがとう、ラナン。あなたと会えなかったら、ワタシ心が参ったままだったわ。」

「大袈裟ねぇ。…でも余程大変な目に遭ったみたいね。あなたが良いなら好きなだけ家に居て良いわよ。」


 ラナンの提案にワタシは快く受ける事にした。本当は申し訳ないと思ったが、まだまちを発とうとも思っていないし、そもそもアリーの事があるから、一人でまちを出るのは無理だろうし。


「あら?護衛を雇っていたの?その割に肝心の護衛の姿が見えなかったけど?」

「あー…ちょっと今は一人になりたかったと言うか、あっちも用事があると言うか。」


 アリーの事をまだちゃんと説明しておらず、と言うよりも説明し辛いと言うか、説明出来ないと言うか、何とも難しい立ち位置に居る奴だと改めて思った。

 ともかく、居ない奴の事は放っておいて、好機に甘えてラナンの家にしばらく滞在する事にした。宿の方は後でどうにかしよう。アリーの事は知らない。


 とは言ったものの、やはり家の中には高価そうな調度品が並んでおり、手に触れるのが申し訳なくなる。背に汗をかきながら長椅子で座ってラナンと話していると、ラナンのご両親が帰って来たらしく、挨拶をする為に顔を見せに行った。


「やぁ。久しぶりだね、シニアちゃん。ラナンの父です。」

「おっお久しぶりです!事前にご連絡も無く、邸宅を訪問して申し訳ありませんでした。」

「だから、もう良いってそれは。」


 元々ラナンと両親とも親交があったから、ラナンの両親は突然家に来たわたしに対してとても友好的かつ歓迎をしてくれた。しかしその明るく笑っている表情に若干の影が刺さっているのを感じた。


「あの…差し出がましいようですが、何かお疲れ?になっているようですが、大丈夫でしょうか?」


 ワタシが言うとラナンは首を傾げたが、言われたラナンの両親は明るかった表情を申しわけなさ気に曇らせた。


「えっお父様?どうしたの?」


 ラナンは驚く父親に聞いた。どうやらラナンには事情が分からないらしい。ワタシとラナンの問いかけに、観念した様にラナンの両親は口を開いた。


「…実はね。うち、もしかしたら廃業するかもしれないの。」

「えっ!?」


 ラナンの母から出たのは、正に絶望的なものだった。以前聞いた話ではラナンの家具屋はそこまでヒドい売り上げではなかった筈だ。一体何があって廃業の可能性にまで落ち込んでしまうのか。

 ラナンも今の話を全く知らなかったため、両親に詰め寄っていた。


「ちょっとっどうして!?まさか、何か危ない商売にでも手を付けたって言うの!?」

「いや、そうじゃないんだ!」


 掴み掛かっていく勢いのラナンを落ち着かせようと両親が必死に宥めていた。そんなラナンの両親の様子から見て、危険な投資をしたワケではないらしい。何があったのか詳しく聞こうとすると、家の出入り口から誰かが入って来る音が聞こえた。それはわたし達がいる部屋にまで近づいてきて、そして扉を開け放った。


「おいジョン!なんだここに居たのかぁ!」


 突如現れたのは見覚えの無い男だったが、ラナンや両親は知っているらしく、どこか気まずそうな表情を見せた。


「…ドゥナ。家にまで来るなと言った筈だ。」

「固い事言うなよ。金を工面してやった仲じゃねぇか。」


 何やら相手側にラナンの父、ジョンは音があるようだが、ジョン自身は不本意と言うか、快く思っていないらしい。ドゥナという男が何者か、声を潜めてラナンに耳打ちをした。


「ねぇ、いきなり来たあのヒト何なの?」

「…あのヒトはドゥナ叔父さん。父の弟よ。」

「弟…にしては、あんま良い感情を持ってないように見えるけど。仲悪いの?」


 聞くとラナンは口ごもってしまった。何やら娘の口からは言えない事情があるらしい。ラナンの様子を見て、深く追求するのは止めておいた。

 そんなわたし達を置いて、ジョンとドゥナは言い争いを激しくしていった。


「ところで、好い加減支払いの方をしてもらいたいんでが?一体いつまで滞納するのかねぇ?」

「待ってくれ!今は支払いもまともに出来ないのはお前がよく知っているだろう。」


 ジョンが言うと、ドゥナはワザとらしく溜息を吐いてジョンを見た。


「やれやれ。俺が兄貴の商売の才能を見出して買ってやったのに、俺の恩を仇で返そうなんて、随分と酷いじゃないか?」

「お前…!そもそもお前のせいでこちらは店を畳みかね状態になったんだぞ!」


 ワタシが今まで見てきたラナンの父親としてのそのヒトは、怒りを露わにして自身の弟であるドゥナにぶつけていた。話を聞く限り、ジョンは今ドゥナに騙されて廃業しかけているという現状になってしまっているらしいが、そんなジョンの発言を気にせず、ドゥナは話を続けた。


「はぁ…兄貴は今は無がまともに出来る状態じゃあないらしい。仕方ない、もう少し間を開けてから来るよ。それまでにちゃんと金は用意しておいてくれよ。」


 またワザとらしい態度で、ドゥナは部屋を後にした。後に残されたワタシ達は気まずい雰囲気に包まれていた。

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