強欲な支配人のお宝

第22話 懐かしさに心打たれる

 力というものは、努力すれば手に入ると言う。

 しかし、本当に欲しいと思うもの程、自分では無く他人に譲渡される。

 もしもそうなった時、力を欲したヒトはどうするのだろうか。


 目を閉じて、瞼の上から眩しい光が当たる。どうやら夜が明けたらしい。

 夜行の馬車に揺られ、漸く一晩が過ぎてワタシは伸びをした。でも背筋はまた丸々し、気分も渋んだままだった。その横でアリーがワタシにもたれてまだ眠っていた。ノンキなものである。


 シュナイターさんの自宅での惨状からワタシ達は、自ら憲兵に通報した。不法侵入者が自分から通報する事は無いだろうと言う心理をついての事だとアリーが発案して実行した。

 ワタシ自身、不法侵入とかそんなものはどうでも良かった。ただ、まだ間に合うと思いたかった。

 結果として、シュナイターさんにはまだ息が合った。デフィラの方はもう虫の息で、ルピナスの方も同様だった。そして運び出されて間もなく、シュナイターさんの娘二人は息を引き取った。

 唯一生きていたシュナイターさん自身は、息はあるもののカーペンタ氏やクラーク氏と同じく抜け殻の様に何も言わない動かない、そんな状態となった。

 ワタシ達は当然ながら憲兵に事情を聞かれたが、『駆け付けた時には三人とも既に倒れていた』と供述し、あれこれ聞かれたがなあなあで済ませ、ワタシ達は解放された。

 結局あの家で何があったのか、憲兵達は知る事無く、真相は闇の中へと消えた。という事になった。

 本当は嘘なんてつきたくなかった。何があったのか洗いざらい吐きだして誰かに知って欲しかった。でもダメだ。そうなればワタシ達は解放されず、アリーが今持っている触媒が誰かの手に渡ってしまう。それだけは避けたい。

 そうしてワタシ達は、今までと同じく逃げるようにしてまちを去り、次の目的地へと向かっていた。不思議とワタシも次の目的地に行く事に反対しなかった。あんな光景を目にしながらも、ワタシもアリーと同じように求めている。

 アリーが赤い結晶を欲しがる理由は知らないが、きっとワタシとは違う理由があるんだろう。

 ワタシは求めていた。治療不可能と診断され、今も寝たきりになっている『あのヒト』を起こす方法を。魔法でも奇跡でもなんでも良い、ただ何か手段が欲しかった。

 でも未だ、ワタシは見つけられていない。末に自分を脅す少年を頼る事になったが、事は上手くいかない。結果として分かった事は『道具を頼っても病気は治せない』という事だった。


 シュナイターさんの件から次に訪れたまちで、ワタシはまちの中をただ歩き回っていた。まちに着いて怱々、アリーはワタシから離れて自由行動をすると言い出した。


「…宿で休んでるなら勝手に休んでていいよ。おれはおれで勝手にしてるから。」


 そうワタシに言い放ち、どこかへ行ってしまった。そんなアリーにワタシは何も言う事もせずに見送った。今ワタシにはアリー言葉を掛ける気力も、そもそも言葉さえを思いつかない。何も湧いてこない。

 もうアリーについて行く事さえも億劫に感じている。アリーには脅されて、理由価値があるからワタシはアリーに引っ張って来られたけど、きっと今のワタシを見て、アリーも利用価値を感じなくなっているだろう。

 結局今までだってワタシが居なくても、アリーは単独で侵入して目的のものを盗み出す事が出来た筈だ。ワタシはただ見ていただけ。何もしてはいない。


「…帰ろうにも、帰れない。」


 ワタシは自分の現状を思い返し、どうすれば良いか分からず宙ぶらりんの状態だった。アリーについて行く事も、家に帰る事も出来ない、どこにも足がついていない。

 我ながらヒドイ腑抜けになったなと呆れた。そういえばアリーには好きにしろと言われたが、思えばどのまちに着いても情報集めだったり、現場を突撃したりと忙しかった気がする。

 今はアリーから解放されて自由に動ける。そう思うとワタシはフと思いついた。もしもこのまままちを出れば、本当にアリーから解放されるのではないか。

 今ワタシが居なくなっても、もしかしたらアリーは探しに来ないかもしれない。その可能性を掛けて、思い切ってまちを出てみようか。

 いや、止めておこう。もっと思い出せばワタシはあくまで非戦闘員で攻撃手段を持たない。護衛を雇わずにまちの外に出るのは危険だ。

 いっそ本当にどこかの傭兵協会で護衛を雇ってまちを出てみようか。そう考えながらまちを歩いていると、誰かに声を掛けられた。


「あれ?もしかしてソニアなの?」


 聞き覚えのある声を辿って振り返ると、そこには確かに知っている人物がいた。


「えっウソ!ラナン!?」


 そこに居たのは、ワタシの学生時代の友人であるラナンだった。栗色の長く波打った様な髪を整え、膝が隠れる程度の衣服スカートの裾の短さも着こなしていて、相変わらずお洒落には敏感なのだろう。


「ソニア、どうしたの?着てるなら連絡してくれれば良かったのに。」


 言われてこのまちが彼女の出身地であると思い出した。共に魔法学校に通い、知識しか得られなかったワタシとは違い優秀な成績を残した彼女が学校を卒業してからは家の関係で手紙のやり取りに留まっていて、こうして面と向かって会うのは本当に久しぶりだ。

 そこまで思ってワタシはイヤな予感がして、ラナンに詰め寄った。ワタシの突然の焦り様にラナンは驚いた。


「えっ何々!?ソニア、何が」

「ねぇラナン。…ラナンの家に…赤い色の宝石とか、無い?」


 このまちにはアリーが目的の触媒があるからやって来た。そしてそのまちに住む友人は当然裕福な家で、両親もそれなりの地位を持っていた筈だ。もしかしたら、ラナンの家が今回のアリーの目的ターゲットではないのか?

 不安を一瞬で胸に内に溜め込み、意を決してラナンに聞いた。手から汗が流れてるのが自覚出来た。ラナンは一瞬だけ間を開けて答えた。


「えっ…いや、そういうのはうちには無いかな?家、家族も宝石とか興味ないし、私は宝石よりも銀製の装飾が好みだし。それがどうかしたの?」


 答えを聞いて、ワタシは大きく溜息を吐きながら膝から崩れ落ちた。ワタシの様子を見てラナンは更に心配そうに声を掛けて来るが、ワタシはそれどころではなかったから、直ぐには返事が出来なかった。

 良かった。少なくともラナンの家で目立つ宝石類は置いていないらしい。少なくとも触媒である赤い結晶は目立つものだし、ラナンのいう事なら間違いないだろう。

 安心した為か、ワタシは目尻に涙を浮かべていたらしく、ラナンに更に心配を掛けてしまった。家に来ないかと言われて、少し迷った後に行くと答えた。


「何があったのか知らないけどさ、折角また会えたんだし、この後用事が無いならのんびりしていってよ。」


 そう言うラナンの表情は、学生時代から変わらない笑みを浮かべており、ワタシの先程まで鬱屈とした気分は身を潜めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る