第21話 赤に染まる
娘であるルピナスが異形と化し、正気を失ったシュナイターさんに敵だと認識されてしまい、ワタシ達は身構えた。同時に床や天井から先ほど襲い掛かって来たのと同じ巨大な触手が無数に出て来て鞭の様に、棍棒の様に動き出した。
ワタシは後ろへと走って壁に張り付き回避し、アリーはいつもの柔軟さを使い跳んだり跳ねたりと素早い動きで触手を翻弄していた。
隙を突き、ワタシは壁沿いに走ってシュナイターさんの元へと駆け寄った。異形化し肉塊の様な感触のする壁を触り、これが幻覚だと心の中で自分に言い聞かせて走り、やっとシュナイターさんの近くに来れた。
「シュナイターさん!しっかりしてください!」
先程と同じく何度もシュナイターさんに話し掛け、何とか自分らはシュナイターさんらの敵ではないと思い出させるために肩を揺すった。しかしやはりシュナイターさんの目には娘であるルピナスしか映っていなかった。
「ルピナス…大丈夫よ?悪いものを全部取り払って、そして病気なんてなくして一緒に散歩に行きましょう。日に当たれば悪い思いだってきっと消えるから。」
夢でも見ているかの様に、シュナイターさんはうわ言を口にしてどこか遠くを見る目をしていた。それでもワタシは諦めずにシュナイターさんに話し掛けた。
その間、アリーは触手の猛攻を躱しており、触手の本体であろう目の前の肉塊に攻撃をする機会を伺っていた。その攻撃意思を見破ったのか、触手もワタシには攻撃して来ず、アリーばかりを狙って攻撃していた。これは絶好の機会だった。
「シュナイターさん!その…魔法を使っても、娘さんは治せないんですよ!今まで良くなったように見えたのも全部シュナイターさん自身が魔法でそう見せ掛けていただけで、本当は良くなっていないんです!」
その事を聞いてか、漸くシュナイターさんがワタシの声に反応を見せた。
シュナイターさんには酷な事であるのは分かっていた。しかし、やはり見せかけの救いなど誰も救いはしない。結局病気は治らないし、ルピナスも病気で苦しい思いをしたままなのも変わらない。
親であるシュナイターさんにとってもそれは苦しい事実なのは確かだ。しかし、だからこそ目を背けていては本当の意味で娘さんは救えない。娘は助かると思い込んで、シュナイターさん自身が逃げているだけだ。
「魔法の事、よく知らないとは思いますが、魔法により病気が完治した事も、緩和したという事例は無いんです。根本的な部分は治せないままで、このままでいても娘さんは苦しむだけ」
「分かってる。」
必死なワタシの喋りかけを遮り、シュナイターさんは口を開いた。その口調も、目つきも正気を失ってはおらず、真っ直ぐに娘を見てはっきりと答えていた。
「分かってるのよ。結局は病気を直せていないって事は!もう全部分かっているのよ!
でも、でも認める訳にはいかないのよ!娘が元気にならないという事を!もう先が長くない事を、認めてしまったら、ダメ、こわい、大切なものをまた失うなんて、もう耐えられない!」
語尾には言葉のつなぎがバラバラになり、脈絡がない悲痛な叫びをシュナイターさんをワタシは見る事しか出来なかった。だって、共感してしまったから。
しかし、そんなワタシとシュナイターさんを置いて、アリーは遂に目の前の肉塊であるルピナスへと攻撃の機会を見つけた。そして触手の猛攻を掻い潜り、跳び上がり肉塊の中心に向かって右手の拳を突き立てた。
「やめっ…やめて、やめてぇええええ!」
シュナイターさんの断末魔の様な制止の声も空しく、アリーは付き出した拳を肉塊を差し込む、更に力を込めると何かを掴み取った感触と共に拳を肉塊から引き抜いた。
拳が引き抜かれた直後、肉塊とルピナスからけたたましい雄たけびの様な悲鳴が響き、同時に肉塊だらけの空間が歪み、徐々に異様な空間は消え始めて、そして元の古びた木製の壁や天井の一室へと戻った。
そして肉塊も煙の様に掻き消えて、肉塊があった場所には壊れて崩れた寝台と、その中でルピナスが倒れていた。
「ルピナス!」
倒れるルピナスに駆け寄り、シュナイターさんはルピナスを抱きかかえて起こした。目を伏せたままのルピナスの顔も体も痩せ細り、とても生きたヒトには見えなかったが、シュナイターさんの呼び掛けに答えるようにルピナスの目がゆっくりを開いた。
「…おか、あ…さん?」
「ルピナス!?そうよ、お母さんよ!」
ルピナスが意識を取り戻した事に涙を流すシュナイターさんだったが、しかしルピナスは意識を取り戻したとしても、病気そのものは恐らくそのままだろう。
そして魔法による異形化の影響か、今正にルピナスは事切れる寸前となっていた。
「あぁルピナス!ごめんなさい!あなたに苦しい思いをさせて!ずっと…ずっと苦しい思いだけをさせてしまって!」
涙を流し、シュナイターさんは漸く今まで自分がルピナスにしてきた事を受け止めて、後悔を口にした。そんなシュナイターさんの涙を拭う様に、ルピナスはまるで骨の様に痩せ細った腕を上げて、そしてシュナイターさんの頬に手をやった。
「…わったし、こそ…ごめん。おかあさんに、いつも…いやな思いをさせて。
わたし…ただ、楽になりたかった。わたしも…おかあさんも…くるしむだけなら、もう楽になりたかった。
でも、わたし…おかあさんと、い…っしょにいたかった。いっしょにいられれば、それで…よかったの。」
もう長くないと言うのに、それでも母親に伝えたいが為に精一杯に娘さんは言葉にしていく。それを聞いて、シュナイターさんはルピナスを抱き上げた手の力を強くした。
「…そうね。一緒にいられるなら、お母さんも嬉しいわ。もう苦しい思いもさせない。最後までずっと一緒にいるわね。」
そう言いながらルピナスを自分の胸元まで寄せて、二人は互いを抱き合う形になり、ワタシとアリーは黙ってその光景を眺めていた。
「じゃあ一緒にイけば?」
どこからか聞こえてきたその声が耳に入った次の瞬間、鋭い刃で肉を切り裂く音と共に、シュナイターさんとルピナスは赤く染まり、二人同時に床に伏した。
突然の事でワタシもアリーも反応出来ず、床に伏した二人を見て体を固まらせるだけだった。そして二人を切り伏せた張本人である人物、デフィラは倒れた二人を見て高らかに笑い声を上げた。
「あっはは…あははははははは!ははっ…なぁにがいつまでも一緒よ!どんだけ二人だけで居ようとしてんのよ!
こっちは汗水たらして働いているってのに、何の見返りも無くただ二人でくっちゃべってるだけで、何がいつも頑張ってますよ!
役にも立たないくせして健気さだけが一人前でさぁ!そんなに一緒にいたけりゃあ、いつまでも一緒にいれば良いのよぉ!
あははハははははハは!」
まるで歯車が外れたかのように、デフィラは一人で楽しそうに笑っており、ワタシは倒れたシュナイターさんとルピナスが気掛かりで、デフィラに対してどうこうする事も考えれなかった。
「アははハはっはは…もうどうでも良いや。」
そしてワタシが戸惑っている間に、デフィラは自分の喉に二人を切りつけた刃物を当てて、そのまま自分の喉も深く切り裂いた。そしてその場には冷たく、そして赤く染まった三人のヒトだったものが転がっていた。
そしてアリーの右手には、三人を染めているのと同じ赤い色の結晶が握られていた。
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