第20話 異変に驚く

 夜の暗闇の中で足を動かし、そうして辿り着いたシュナイターさんの自宅だが、暗い中から見て違和感を感じた。何かが家の外壁で動いている。目を凝らしてもよく見えない。


「んな所でぼーっとしてるひまはねぇぞ。いそがねぇと触媒をとるどころじゃなくなる。」


 先に着いていたアリーがワタシに言うが、ワタシを毎度置いて行くアリーが言えた事では無いと思う。ともかく何があったのかワタシにはわからないから、今はアリーの後のついて行くしかない。

 するとアリーは何の躊躇も無くシュナイターさんの家の扉を蹴り壊して行った。止めるヒマもなくワタシは慌てたが、しかし扉が壊されて開け放たれた家の中を見て、それどころでない事とアリーの慌て様に合点がいった。

 シュナイターさんの家の中は、最初に会って入った少し古びた普通の民家の内装とは打って変わり、そこはまるで生き物の胃の中の様だった。

 壁は木製のものから赤黒く、何かが脈動しており触るのに躊躇してしまう。空気も埃っぽさが無くなり、逆に湿っぽく息苦しく感じた。


「って、まんま生き物の中はないのよ!何よコレ!?」

「さぁ?幻覚魔法じゃない?」


 アリーの言う通りかもしれないが、これ程までにヒトの神経を逆撫でする様な気味の悪いものを見せて、その幻覚魔法の使い手は一体何のつもりなのだろうか?

 生き物と化した家の中を見渡すと、奥で誰かが倒れているのが見えた。急いで駆け付けようとすると、天井から粘液が糸を引くようなイヤな音が聞こえた。正直見たくないが、音のする方を大きな触手らしいものが何本も天井から伸びているのが見えて、ワタシは寒気を感じ短く悲鳴を上げた。

 そのワタシの声に反応するかのように触手が動き出し、ワタシに向かってきた。攻撃される、と思ったその時、アリーが右腕を振るい触手を薙ぎ払っていった。


「うえぇ…感触までするぅ。でもこれは魔法のたぐいでまちがいないな。」


 そう言い、千切れた触手を握りしめるとそれは煙の様に掻き消えた。確かに本物の物体ある触手では無いらしい。しかしあまりにも悪趣味な幻覚で、我慢していた吐き気がぶり返してきた。

 しかし、ヒトが倒れているのを思い出してワタシは改めて倒れている人の元へと駆け寄った。そのヒトはシュナイターさんの娘であるデフィラだった。ワタシはデフィラの体を揺すり、安否を確認した。するとゆっくりとデフィラが目を開けた。


「あっ…あなたは。」

「デフィラさん!?一体何があったんですか!?」

「えっ何がって…ヒィッ!?」


 周囲の変化に気付いていなかったらしいデフィラは、脈動する家の中を見渡してワタシと同じく短い悲鳴を上げて顔を青ざめた。


「なにっ何これ!?いや!気持ち悪い!」

「デフィラさん!気持ちは分かるけど、今はとにかく安全の確保を優先して!お母さんと妹さんは?」

「わっ分かんない!今日も母は妹の看病していて、また徹夜してると思って呼びに行ったんだけど、なんだか様子が可笑しくって。それで、気付いたらこんな!」


 シュナイターさんがルピナスを看病。それはつまり、シュナイターさんはまさにあの触媒を使っていたという事になる。

 ワタシは今まで触媒を使って中身だけでなく外側にまで変化をもたらした結果を見てきた。それを思い出し、更に嫌な予感が加速した。

 アリーの方も何かを予感していたらしく、怱々に家の奥へと進んでいた。ワタシも家の変貌にまだ慣れないままだが奥へと進み、そして以前行った時と同様にルピナスが眠っているハズの部屋の前まで来て、慎重に扉を開けた。

 開けても中に入る事を迷ってしまった。

 恐らくこの部屋がこの家の変貌の中心なのだろう。脈動する壁や天井は他の部屋よりも酷く、完全に生き物に体内を彷彿する肉片に浮き上がった破けた皮膚の様な床の感触に、ワタシは再び吐き気が込み上げてきた。

 しかしそれらよりももっと衝撃的なものが今目の前にある。

 ヒト一人が横に慣れる位の大きさの寝台がそこには置かれているハズであった。しかしいまそこを占拠しているのは、大きな、生き物と形容する事を拒みたくなる塊が蠢いていた。

 まるでいつか見たカーペンタ氏の様に肥大化し、体が膨張したかのような君の悪さ。しかしそれとは比べ物にならないくらいに歪で、でたらめに部品を組み立てた様な異様な形態になっていた。あらぬ所から巨大な腕が何本も生え、足は曲がり、最早どこがどの部位かすら分からない。

 そして上部、恐らく上半身に当たりであるその箇所から、見覚えのある姿が見えた。肌を露わにし、上半身だけを覗かせたルピナスがそこから後から付け足されたように生えていた。


「うっ…うぅ…あぁああ。」


 ルピナスは小さく呻き声を上げて、苦しそうにしている様に見えたが、この様な状態で果たして生きていると言って良いのか分からない。

 そんな肉塊とかしたルピナスの足元か、下腹部辺りで母親であるシュナイターさんは蹲っていた。


「シュナイターさん!大丈夫ですか!?一体何があったんですか!?何故こんな事に!?」


 叫んでシュナイターに呼びかけるが、ワタシの声にシュナイターさんは全く反応を示さない。代わりにシュナイターさんはルピナスの呻き声に反応していた。


「あぁ…ルピナス。体は平気?まだどこか痛い所は無い?」


 シュナイターさんのその反応は、まるでルピナスの異形化に全く気付いていないかのような反応で、ワタシはシュナイターさんの視覚が正常かを疑った。


「シュナイターさん!?娘さんの体、とんでもない事になっているんですよ!?」

「ルピナス!?どこか苦しいの!?しっかりして!?」


 全くワタシの声をシュナイターさんは聞いていない。ただルピナスの容体だけを気にしていて、他の状況や異変にまったく目が行っていなかった。


「あのおばさん、想像力はゆたかなんだね。でも娘が健康になったっていう姿だけは想像できなくて、それに触媒の力が合わさってこんなゆがんだ状態になってるんだな。」


 アリーの冷静な分析は今はどうでも良かった。とにかくシュナイターさんを正気に戻さなくてはいけない。


「シュナイターさん!娘さんの今の状態は危険です!早く底から離れて!」


 何度も大声で呼びかけるが、それでもシュナイターさんは反応しない。それどころか、別の箇所にシュナイターさんは反応を示した。


「…そうよね、体の中に悪いものが入り込むから、だから苦しいのよね。そうね、早く悪いものは取り除かなくては。」


 そう言い、シュナイターさんは苦しそうな、今にも泣きそうな目をこちらに向けてきた。同時に周りの脈動する壁や床、天井が大きく揺れ始めた。


「ちょっと…これ、もしかしなくても。」

「そうだな。まるきりおれらの事、『びょうげんきん』扱いしてるな。」


 想像もしたくないワタシ達の現状を理解してしまい、完全にシュナイターさんとこの空間内から敵と認識されたワタシ達は臨戦態勢をとった。

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