第19話 唐突に訪れる
気付けば日が沈みかけており、辺りは暗くなっていた。宿へと戻る道すがら、ワタシは思ったことを先頭を歩くアリーに向けて吐き出した。
「ねぇ!あの触媒を盗むの、ルピナスの病気が治ってからでも良くない?」
ワタシの言葉を聞いて、歩いていたアリーが止まり、ワタシの方へと振り返った。その表情はどこか感情が抜けた様で少し怖かった。
「いっ急いでるわけでもないんでしょ?だったら、今すぐに盗みに行く必要も無いんじゃない?相手だって触媒のおかげで少しは良くなってるって言ってたし、シュナイターさんが必要なくなったら、譲ってもらえば」
私が言い切るの待たずに、アリーは大きく息を吸い、そして溜息をした。それがワタシに対して小馬鹿にしている様に見えて腹が立った。
「あのさ?魔法の知識はあるんだよね?それともたんじゅんに勉強不足?
あのおばさん、いかにも魔法を熟知しているわけじゃないよね?そんなヒトがいきなり渡された魔法具を使いこなせると思う?」
それを聞いて、そうだを改めて思った。魔法具とは魔法の力を持った特殊な道具であり、素人がいきなり魔法具を発動することは出来ない。少なくとも基礎的な魔法の知識が無ければ使う事は出来ない。
シュナイターさん自身から、魔法を使った事が無いと過去にも聞いた事があり、今日会った時にも魔法を使ったと言う痕跡も、それに纏わる話も聞いていない。つまり魔法の知識を持たないシュナイターさんにはそもそも触媒を利用して治療の魔法を使う事は出来ないハズだった。
「まぁそれ言ったら、前の触媒二つを持ってたおっさんらだって魔法使えないのに使ってたから、第三者が目的の魔法を簡単に手解きしたにしても、一朝一夕で魔法を使えるようになるわけでもない。
たぶん触媒そのものに魔法の術識がほどこされて、勝手に魔法が発動するようになってるんだろうね。
でもさ、結局は魔法ってのは使うやつの知識と想像力だよりなんだよ。それくらいあんたでもわかるでしょ?」
そう、魔法は使う者の魔法に対する知識に想像力、それらがなければ魔法は本当の意味で効力を発動しない。付け焼刃の魔法で病気の治療何て、ただの血止めか痛み止めの効果にしかならない。
「それにさ、これだって知ってるだろうけどはっきり言うよ。
魔法で病気はなおらない。それが常識なんだよ。」
アリーの一際冷たい声がワタシの耳に入り、固く重いもので頭を叩かれた感触がした。そうだ。魔法で出来る治療はあくまで外的要因のみだ。つまり体の外側で負ったケガしか治療が出来ない。
治癒魔法は確かに存在し、それで一度に多くの怪我人を一瞬で治療したと言う実績もある。しかし、見えないもの、つまり病気や毒の治療は魔法を用いても難しい。
毒の浄化は毒の種類が分からなくては浄化も出来ないし、病気に至っては原因が何か、詳細すらも今の医療技術でも不明な点も多く、そんな状態では魔法を使いようも無い。むしろヒトの頭の中を覗く方が簡単だとまで言われている。
魔法だって万能では無い。見えるものを操る事が出来ても、見えないもの、そもそも存在するかもわからないものを操れと言われても出来ない。
いつかアリーの口から出た『魔法の三原則』の中の一つである、『時間を操ってはいけない』という項目だってそういう意味で使ってはいけないと言うよりも使えないと言うのが正しい。他の二つも厳密には同じ意味になる。
「んで?そこまでふり返って、まだ触媒を盗むのは待ってって言うの?それともルピナスって子がシぬのを待つつもり?」
そこまで言われてしまっては、ワタシは何も言い返せない。
例え触媒という強力な魔法具があったって、無理なものは無理、不可能だから諦めろとアリーは言う。しかし、そこで諦めてはシュナイターさんがあまりにも哀れでならない。それに『自分自身』がまだ諦めきれていない。
「…まっ一回泥棒に入られてむこうも警戒してるだろうし、しばらくはまつって事で。」
あの泥棒、余計な時に来やがって、とアリーは愚痴を零しつつも宿への歩みを再開した。ワタシは一息つきつつも、何も安心出来ない事に心の中がざわついた。
どうすれば良いのか。ワタシ達の目的は触媒である赤い結晶を手に入れる事だが、今までは盗む相手が相手だから、後味は悪かったにしても盗んだ後の罪悪感はほとんど感じられなかった。
しかし、今回は明らかに盗んで良いのか躊躇う相手だった。そもそも泥棒とは本来悪い事なのだから、そう思うのが当たり前なのだが、だんだんと感覚が可笑しくなっていて悲しくなった。
それから宿に戻ったワタシは次の日、まちでシュナイターさんに関する情報集めをした。意味は無い。しかし、少しでも何かシュナイターさんに裏があるという事を心の片隅で望んでいた。そうすれば盗む罪悪感が除かれると思ったからだ。
「シュナイターさん?あぁあの、いつも顔色を悪くしているヒトよね。見ていていつも心配になるのよね。聞いても大丈夫ですよ、としか言わないし。逆に心配になるわよ。」
「あのヒト、旦那さんを亡くしてこっちに来たとは聞いていたな。随分苦労している様だけど、やりくりをして頑張っている様だから、報われて欲しいよな。」
「確か、娘さんが二人居るのよね。片方は病気だとか何とか。もう片方は毎日働きに出てて、家ではお母さんが家と病気の娘さんを守ってて、本当に健気な親子よね。」
誰に聞いても、イヤな噂どころか親子揃って毎日あくせく暮らしていて、良い家族に見えるという話ばかり聞こえた。とてもじゃないが罪悪感が消えるどころか増すばかりで、不安が募っていった。
果たして、治らない病気を待ったとして、それはいつまでの事なのか。アリーの言う通り、ルピナスが亡くなるまでこの無意味な待ち惚けをする事になるのか。
数日経ち、未だ自分の中で最適解が見つからず頭を抱えて部屋の中で頭を抱えていた。アリーはいつも通り、寝台の上で暇そうにあくびをしていた。
直後にアリーは眠たそうな目をいきなり見開き、勢いよく起き上がった。アリーのその様子にワタシは驚き、この状況に既視感を感じつつも何があったのかをアリーに問いかけた。
「…やっば。これは早くしねぇとまじでだめだ。」
アリーはワタシの問いかけには答えず、意味のわからない事を呟くと突然窓の方へと駆け出し、窓を開くとそのまま外へと飛び出した。
この部屋が二階にあるにも拘らず、アリーはそのまま地面に難なく着地し、どこかへと走って行ってしまった。またワタシは置いて行かれて、急いで外に出てアリーの走って行った方へと追いかけた。
外は夜で、辺りは闇に包まれて見慣れたハハズのまち並みは見知らぬ空間の様に見えたが、しかしアリーの行く先には覚えがあった。
「この先って、シュナイターさんの家?」
アリーがシュナイターさんの家に向かっていると知り、ワタシの中のイヤな予感が今までよりもさらに膨れ上がり、ワタシの足は無意識に速度を上げて走っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます