第17話 息女に相見える
床が大きな音と建ててきしむ音を立てつつ、歩いた先にあった扉をシュナイターさんが開けて中に入った。中は他の部屋と比べて埃っぽさが感じられず、窓から射し込む日が暖かくどこか穏やかな気持ちになった。
「あっお母さん、おはよう。って、もう遅いよね。」
そう冗談めいて笑うのは部屋の窓際に置かれた寝台に上半身を起こして布団の中に入った少女だった。彼女がシュナイターさんのもう一人の娘さんであろう。
服の袖から覗く腕はシュナイターさんよりも細く、肌の色も悪くこのまま空気に溶けていってしまいそうな雰囲気を纏っていた。
そんな娘さんの傍を母親であるシュナイターさんが寄り添い、心配そうに話しかけていた。
「ルピナス、調子はどう?お腹は空いてない?今から用意しようか?」
シュナイターさんは余程娘さんの事が心配なのだろう。過保護にも見えるその態度に娘さんであるルピナスは遠慮がちに微笑んだ。
「だいじょうぶ…食欲はあんまりない、かな。…うっ!」
少し話すとルピナスは咳き込み、シュナイターさんは焦りルピナスの背中を擦った。
「ルピナス!?本当に大丈夫!?どこか具合は悪いなら、正直に言って!?」
「けふっけふ…ちがうの、ちょっとむせちゃっただけだから。心配しないで?」
そういうルピナスの表情は穏やかだが、やはり顔色が悪く、心配するなと言う台詞はあまりに説得力が無かった。そんな周囲の心配を他所に、ルピナスはようやくワタシとアリーの存在に気付いた。
「あっお客さまですか?ごめんなさい、お客さまがいるのに、寝間着のままで。」
「良いのよ!ほら、あなたはまだ横になっていて。食事はまた少ししたら用意するから。」
わかった、とだけルピナスは言い、再び寝台の上で横になり毛布の中に潜り込んだ。
私達はそのまま部屋の中に留まる訳にはいかず、結局まともにシュナイターさんの娘さんと会話する事無く部屋を離れた。そして居間へと戻り、同じ卓の横に置かれた椅子に座った。
「ごめんなさいね。誰かとお話すれば元気になると思ったのだけど。」
「いえ、むしろこちらが外気を入れたせいで体調を崩してしまったかもしれませんから。」
言ってしまえば、やはり無理して部屋に入らなければ良かったのではと心の片隅で思った。シュナイターさんは娘さんのためを思っての事だと言うが、体の弱く医者にまともに診せれないのであれば、外部のヒトが無暗に接触するのは危険だろう。
「…本当にごめんなさいね。貴方たちを招いたのは私だし、それに娘もお客様来たと知って、少しだけ元気になった様だったから。もし機会があれべ、また会って下さらないかしら?」
シュナイターさんの申し訳なさそうに表情を見て、断り辛くなりどう返事しようかと悩んでいると、ソイツは口を突如開いた。
「あのさ、娘があんなんであんた、何もしないわけ?」
突然のアリーのシュナイターさんに対する『あんた』呼びにワタシは顔面の血の気が引くのが分かった。ワタシは椅子に座った状態のままアリーを羽交い絞めにし、手でアリーの口を塞ごうとした。暴れるアリーと格闘する中、シュナイターさんは良いのよと寛大な態度でアリーの失礼な発言を許した。
「…そうよね。自分の娘なのに、何もしない…出来ないなんて親失格よね。よく分かる。でもね、最近あるヒトと会ってある治療用の魔法具をもらって、光明が見えてきたの。」
そう言い、シュナイターさんが立ち上がると部屋の隅に置かれた小さな棚を漁り、何かを取り出すとそれを持ってこちらに戻って来た。何かを包んだ布を解き、その中身が露わになるとワタシとアリーは思わずそれを凝視した。
「これ、『願うを叶える魔法具』と呼ばれるらしくてね。最初私は詐欺か何かと思って怪しんだけど、藁にも縋る思いで実際にこれを手に入れてから、娘の容態が良くなった気がするの。」
そう言い、ワタシ達に目の前の魔法の触媒である赤い結晶を手で指した。突然の目的の物の出現に、ワタシは息を飲んですぐにアリーの方を見た。明らかにアリーは目の前の
舌なめずりまでして、このままだと今この瞬間、ヒトの目など気にせず赤い結晶をかっさらうかもしれない。絶対にやる。そう思ったワタシは自分の踵を使い、アリーの
アリーの異変にシュナイターさんは不思議そうな
異様な怪力能力を持つアリーだが、体そのもの、特に足は一般人と変わらない強度で助かった。
「この結晶が、何らかの力が働いて娘さんの治療をしているって事ですか?」
「えぇ、そうらしいわ。私も説明は聞いたのだけど、難しくてよく分からなかったのよね。」
「分からない…これをくれたヒトって何者なんですか?」
「名前はちょっとど忘れしてしまったけど、魔法の研究をしているのだと聞いたわ。」
怪しい。話を聞くだけでその結晶をくれたという人物も話の内容もどこをとっても怪しいとしか感じられない。しかし、もらった結晶が効果があったのは確かで、結晶をもらう以前では娘さんは起きることも出来ない程だった。それが改善したのは確かに効果があると感じ取れた。
「夫も亡くして、帰る家もなくなってから娘の容体も悪くなって。嫌な事ばかり続いてきたけど、でも良い事だってちゃんと起こるものなのね。きっとこのままいけば、娘の病気も治る、そんな気がするの。」
とても希望に満ちた、先ほどまでの疲れ果てた様子はどこへやら。前を向きつつあるシュナイターさんを見て、ワタシはただ複雑な気持ちで中身の無い返事を返す事しか出来なかった。
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