第11話 邸宅に潜入する

 夜は更けて、今ワタシとアリーは再びクラーク氏の邸宅前へと来ていた。


「うっし、行くか!」

「って学ばないなアンタは!」


 思わず声を張り上げてしまい、ワタシは自分の口をアリーの口を自分の手で急いで塞いだ。辺りを見渡し誰も居ない事を確認してから安堵の息を吐き手を離した。


「っぷはぁ!びっくりしたぁ!なんだよいきなり、ちっそくするかと思っただろ。」

「だからっ!何の準備も無く館に入ろうとするな!見張りやら警備やら、ヒトがいて簡単に入れるワケないでしょ!それを正面から突入しようとして、見つかる為に入ろうとしてるようなもんでしょ!」


 出来得る限り小声で、かつ声を張ってアリーを叱るが、アリーはどこ吹く風かの様に笑い出した。


「あぁ見張りねぇ!あれは気にしなくていいから。ってか、そんなの気にしてたの?見つかるのを気にするなんて、ソニアも泥棒としてしっかりしてきたねぇ。」

「そんなんじゃないし、言ってる場合か!ってか、忍び込むんなら見張り気にするのは当然でしょ!」


 見つかれば一緒にいるワタシまで捕まってしまう。当然の結果を気にしてアリーを叱りはしたが、よく考えればアリーが捕まりさえすれば、巻き込まれたワタシにも多少は被害は及ぶだろうが、結果としてアリーから解放されるかもしれない。そう考えはしたが、ワタシは今アリーと離れる訳にはいかなかった。

 そんな心配をするワタシを他所にアリーはそれでもどこか余裕そうな態度をしており、ワタシは訝しんでアリーを見た。


「まぁまぁ、ようは見つからなければいいわけだし、それに今はだいじょうぶでしょ。」


 意味に分からないアリーの発言にワタシは言い返そうとしたが、それを待たずにアリーは閉められたクラーク氏の邸宅の門を一っ飛びで門の上へと乗ってしまった。

 慌ててワタシも門の上に乗ろうとしたが、ワタシは運動神経が良い訳ではないので跳んでも門の上には手が届かなかった。するとアリーがワタシに向かって手を伸ばすと、ワタシが伸ばしていたワタシの腕を掴み、そのまま勢いよく引っ張り上げた。

 勢いがついた為にかなりの高さまでワタシの体が浮かび上がり、ワタシは声も上げる事が出来ず、声の無い悲鳴を上げつつ門の上まで上がった。しかし勢いが良過ぎた為に門の上を過ぎて門の向こう側、敷地内の方へと飛んで行ってしまい尻から地面の上へと落ちてしまった。

 芝の上とは言え、勢いよく落ちてしまったために大きな音を立ててしまい、痛がりつつもワタシは直ぐに周囲を見渡してからどこか隠れられる場所を探した。

 建物の影になる場所が目に入り、急いで立ち上がってそこまで出来る限り音を立てずに走った。建物の壁に手を付け、次に体を壁にもたれかけて一息ついた。


「おぉ!なかなかの動きだったね。」

「なかなかの…じゃないわよ!アンタ、これで見つかったらまた牢屋の中よ!ワタシは二度も檻に入れられるなんてゴメンだからね!」


 ワタシは小声で叫んだが、アリーは相変わらず焦りも反省も無い表情かおで、しかもどこか楽しげに見えた。するとアリーがワタシと一緒に物陰に入ると、その場から覗き込んだ。その視線の先には今正にここを通ろうとしている警備兵の姿が見えた。

 ワタシは焦り、この場からどこへ逃げようかと狼狽えているとアリーがワタシの腕を掴んできて身動きが取れなくなってしまった。

 一体何のつもりかとアリーに言おうとしたが、アリーは口に指を当てて静かにするようワタシに促していた。ワタシは反射で声を押さえ、体を膠着こうちゃくさせた。

 そして物陰に隠れたワタシとアリーの目の前を、警備兵がただ通り過ぎて行った。警備兵が近付き、歩いている最中ずっと音を立てない様に思わず息も止めて、警備兵が角を曲がり見えなくなるのを待った。

 そして警備兵は角を曲がり、完全に姿が見えなくなった瞬間、ワタシは思い切り息を吐き出し、荒々しく呼吸して肩を上下した。


「あーやっぱりねぇ。あっちはこっちの事が見えてないっぽいねぇ。」

「ハァ…ハァ…はぁ?一体、何言ってんのよ?」


 アリーの言っている事が理解出来ず、洗い呼吸の中ワタシはアリーに問いかけた。


「おれがあのおっさんを怒らせて警備のやつらにつれて行かれる時、その時の警備のヒトの目を見たか?」

「いや、見てないわよ。一体それがどうしたってのよ?」

「あの時の警備のヒトの目、今通り過ぎた警備のヒトの目、そしておれが牢屋に入れられていた時の見張りの目、みんなおんなじ目してる。

 なんにも見てない、空っぽな目だ。」


 言われてワタシは、今まで見てきた警備のヒトや見張りのヒトの目を徐々に思い出してきた。

 確かにどこを見ているか分からない、虚空を見るようなうつろなめをしてようにも思えた。思えばアリーが留置所から抜け出す時も、見つかってしまったらどうしようかと心配していたが、全く騒ぎになる事が無かった。逃げながら一瞬だけ見た見張りの目もどこか遠くを見るようなぼんやりとした目をしていた気がする。


「つまり、警備のヒトも皆何かあった…魔法に掛かっているって事?」

「かもねぇ。当たってたら、あれはげんかく魔法の類だな。視界に入ればこっち来るかもしれないが、それ以外の気配やら音には鈍感になってるかも。」


 アリーがクラーク氏の邸宅に侵入しようとした際、やたら余裕そうな態度だったのは、警備のヒトも留置所の見張りも皆魔法に掛かってこちらに気付かないと読んでいたかららしい。

 それが当たっていたとして、何故皆魔法が掛かっていると言うのだろうか。


「えっ、そりゃあ十中八九あのおっさんでしょ。」

「おっさんて呼び方止めなさい!…もしかしてクラーク氏の事?尚更何故?」

「そりゃあ…いや、直接見せた方がいいな。」

「説明が面倒になっただけでしょソレ。ってか、これから何処に向かって言うのよ。」


 アリーの目的は例の魔法の触媒となる赤い結晶だ。クラーク氏もその結晶を持っているのならばこの建物のどこかにあるという事になるし、向かうならその結晶がある場所、もしくは隠している所だろう。

 その在処がどこかはワタシは知らないが、しかしワタシが知らないだけで、触媒がここにあると知っていたアリーはもしかしたらその詳細な情報も知っているのかもしれない。


「これから触媒の隠し場所をさがすところだぞ。」


 ダメだコイツ。闇雲にさがしていたはただ時間が過ぎるだけだ。いくら愚鈍になっているであろう警備もあまりうろつくようであれば気付いてしまうかもしれない。


「いやいや、闇雲には探さないよ。検討はもうついてるから。」


 そう言うアリーはやはりどこか余裕そうな表情をしており、ワタシは逆に不安が募った。

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