第10話 家主に怒られる

「…なんだお前は。確かお前はソニア嬢の護衛だったな。護衛如きが私に意見するのか。」


 最早高圧的な態度を出し続けた状態となったクラーク氏は、話し掛けてきたアリーに対しても少年の時と同じようにアリーを見た。それは肉食の動物の威嚇の様だった。


「いやそりゃ言いたくもなるでしょ。しかりつけるならまだしも、叩くとか暴力はだめでしょ。

 しかもまっさきに自分の息子の方を悪いって決めつけてんじゃん。しかもおれの事、今気づいたみたいに言うじゃん。ちょっと息子に対して過敏すぎね?」


 次から次に飛び出してくるアリーの発言にワタシは自分の血の気が引くのを感じた。今正に怒り心頭となっている相手に、しかも相手は誰もが頭を下げる程の豪商人だ。その人物に対してあまりにも失礼な物言いにワタシは開いた口が塞がらない状態となった。

 しかし、アリーの言いたい事は理解できる。いくら一族が失態を侵していると言っても、相手は子どもで、ちゃんと反省の色も見せている。それを客が見ている前で体罰を行うなど、行き過ぎだとワタシも思った。


「…この子、息子はやるべき事を蔑ろにした。私はそれを咎めただけだ。これはいずれ跡を継ぐであろうこの子の為でもある。

 私は常にこの家、そして仕事の為に知力を尽くしてきた。それを息子はまるで何とも思っていないという態度を見せたから、私は」

「いやいやいや!そんな事言って、本当は息子のためとかそんなんじゃないでしょ?」


 アリーの発言にクラークが小さく反応を見せた。ワタシからは見えないが、アリーにはその反応の全容が見えていたらしく、どこか含みのありそうに口の端を上げた。


「そもそも『なんとも思っていない』のって、息子の方じゃなくてあんたのほうじゃないの?」


 ワタシはアリーが何を言っているのか全く分からなかったが、それでもかなりの失言をしているという事は分かり、体が硬直してしまった。クラーク氏は黙ったままだった。


「だってさぁ、さっきから言ってる事にまったく説得力とか感じないもん。何か上っ面だけで中身がないと言うかぁ。さっき叩いたのだって、相手のためとかには全然見えなかったしぃ。

 結局さ、息子叩いたのってあれ、ただの逆ぎれ」


 アリーが言い終える前に大きな音が声を遮って止めた。クラーク氏が突如アリーの顔を思い切り殴り飛ばしたのだ。その衝撃でアリーに体は勢いよく床に倒れ、伏してしまった。

 クラーク氏の行動にワタシは短い悲鳴を上げてしまい、完全にその場から動けなくなってしまった。そんなワタシを置いて、クラーク氏は肩で息をし、息が整うのと同時に少し乱れた服の襟を整えてから警備のヒトを呼んだ。


「こいつを留置所につれていけ。」


 クラーク氏の命令を聞いた警備のヒトは短く返事を返すと、二人がかりでアリーを持ち上げて連れて行ってしまった。ワタシはどうすれば良いか、頭で考えては消えていくのを繰り返していると、クラーク氏に話し掛けられた。


「次に護衛を雇う時は、きちんと躾られた護衛を雇ったほうがよろしいですよ。」


 そのクラーク氏の言葉に、ワタシははい、とだけ返事を返した。

 そしてその場は御開きとなって、ワタシは館を強制的に出される事となった。見送りをしたクラーク氏から


「この度は不作法なものをお見せしてしまい、本当に失礼いたしました。今度お詫びを用意いたしますので、何卒今回の事は内密にお願いいたします。」


 他言無用、と言いつけられ、ワタシは簡単で単純な返事をする以外に何も言う事が出来なかった。


 アリーが連れて来られたであろう留置所へとワタシは足を運んだ。そこはクラーク氏の邸宅からは思っていたよりも近い場所にあり、早めにワタシは面会する事を許された。

 牢屋の前、ワタシは床に寝転がされたアリーの後姿を見て溜息を吐いた。


「…ったく、何やってんのよアンタは。あんなの誰だって怒るに決まってるわよ。…まぁそれにしてもクラーク氏の様子は妙だとは思ったけど。」


 怒られて当然のアリーの言動に呆れつつも、ワタシ自身はクラーク氏の言動にも違和感を覚えていた。

 いくら失礼な物言いをされたからと言って、あそこまで感情を露わにするのは、今まで話をしていて本当に同一人物だったのかと疑いたくなる変化だった。

 ワタシが考えている中、床に伏しているアリーから不気味な声が聞こえてきた。


「くくくっうまくあいつをあおる事が出来たぞー。ソニアもいい具合にあいつを煽ってくれたみたいだしな。」

「アンタ何言ってるのよ!ってか、ワタシがいつ誰を煽ったって言うのよ!」


 思っていたよりも悪い意味で元気そうなアリーにワタシは再び呆れと同時に怒りを覚えた。かなり強い一撃を顔面に喰らっていたから、そこそこは弱っていると思ったが、全然落ち込んでいる様子も無かった。

 しかし思い返してみると、強靭的な右腕を持ち、異形と化したカーペンタ氏との戦いでその異様なまでの打たれ強さを見せたアリーが、今更一般人の拳一つで気絶するワケが無い。つまりやられた振りをしたという事か。


「ってか、アンタ。一体どういうつもりだったのよアレは。まさかワザと怒らせたって事?」

「まぁね。なんだかんだ現状維持を保ってたかんじだったからね、あのおっさん。見た目もいかにも害の無い人間でーすって言いたげなかんじだったし、正直どうやって揺さぶるかちょっとなやんだ。

 でも、これで今夜あいつは『動く』ぞ。」


 アリーの言い方から、今夜クラーク氏はカーペンタ氏の様に何かをやらかすと取れる事をアリーは言ったが、正直クラーク氏は挙動に違和感は感じたが、何か犯罪めいた事をする様には感じられなかった。


「まっそこはヒトによりけりか。ともかく、ちゃっちゃとここ出ないとなぁ。」


 言って曲芸の様な動きをしてアリーは立ち上がり、牢屋の鉄格子に右手を掛けると、まるで最初から取り外し出来るかの様に鉄格子を一本外してしまった。

 他人が見ればとんでもない光景のハズだが、ワタシはアリーのそのとんでもない言動をさも当たり前の物だと受け止めていた事に、この短い期間ですっかり慣れてしまったと自分自身に呆れ果てた。


「って、そんな事したらワタシがアンタの脱獄を手助けしたみたいになるじゃない!」


 幸いアリーが怪我をして弱っていると思ってか、近くに見張りのヒトは立ってはいなかったが、ワタシが来たのと同時に脱獄されてはワタシにまで疑いの目で見られてしまう。


「うん、だから?」


 アリーは何食わぬ顔でワタシを見た。あぁそうだった。コイツはこういうヤツだった。他人がどうなろうと関係無い。故にワタシがいる状態で危ない事をしても気にしていない。

 ワタシがアリーの危うさに呆れ、自分の先行きの不安から項垂れているとアリーは鉄格子の隙間をすり抜けて出て来た。


「まっ今は大丈夫でしょ。どうせ『わかりっこない』んだから。」


 アリーの意味のわからない発言に首を傾げつつ、色々と諦めて廊下を走り外に出ようとするアリーの後を追った。

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