第9話 邸宅に立ち入る
屋敷の入り口である門の前まで来ると、呼び鈴に手を付ける前に案内役であろうヒトがやって、名前を名乗ると来て中へと通された。
そうして屋敷に入れられ廊下を歩いた先、案内された部屋に入り、少し経ってから目的の人物が部屋に入って来た。
「ようこそいらっしゃいました。私が当主であるアレクス・クラークです。」
こちらからも簡単な自己紹介をし、クラーク氏に自身の旅の経緯を説明した。
「そうでしたか。護衛は雇っているらしいですが、このまちまでお一人で訪れるのは大変だったでしょう。
…ところで、そちらの方は。」
クラーク氏に言われた方と見ると、ワタシから離れて部屋に置かれた飾り棚の中を見漁るアリーがいてワタシは再び頭痛に襲われた。
急いでアリーの方へと近寄り、首根っこを引っ掴み引き摺って席に着かせた。
「失礼しました!」
ワタシとアリーの言動に意表を突かれていたが、クラーク氏は落ち着きを保ち、一度咳をして話を戻した。さすが商業で名を知らしめたヒトだ。
「しかし、クラーク氏の事は厳格な方だとお見受けしていましたので、こうしてお宅の訪問を許されたのは正直意外でした。」
「あぁ、よく言われます。しかしそうした対応はあくまで仕事の上でのみです。こうして旅の最中にこちらまで足を運んでくれる方には、それ相応に対応するのは当然です。
何よりもモーガン家のご息女であるならば、無碍には出来ません。」
言われてワタシは口の端を引きつらせつつ、笑顔を崩すことなく礼をした。
本当に噂と違い、ワタシの方も意表を突かれた。まちの住民の多くがクラーク氏を厳しく、仕事以外であまり他者との交流をしないという話を聞いていた。
しかし実際はそこまでの厳しさは感じられず、この屋敷の訪問の
「確かに私は仕事になると厳しくなると自認しています。しかし私は来る者は拒まない
「成る程、皆あなたの『能力』を買っているという事ですね。」
実力で他者に評価され、まさに人徳を得た人物だ。
「すごいですね。クラーク氏は本当に『才能』の持ち主なんですね。」
「…いえ、才能だなんて。私はただ他のヒトと同様に勉強し、積み重ねた結果を出しているだけですので。」
返って来たのは謙虚な返事だった。本当に話に聞いたヒトとは違い、ワタシ自身少し戸惑っていた。
厳しいヒトだと聞いていたから、それ相応の話を先に考えていた、それが的を外してしまいどう話そうか一瞬迷ってしまう。横を見るとアリーがどこか呆れた様子なのが視界に入った。ムカつく。
「ところで、ソニア嬢の御父君はお元気でしょうか?」
聞かれてワタシは思わず肩を跳ね上げた。何時か聞かれるだろうと思っていたが、いざ聞かれると心臓に悪い。
「…父は今は多忙につき、ワタシ自身あまり父とは話せていないのです。」
「そうでしたか。いや、それもそうですね。さすがはモーガン氏と言ったところでしょうか。」
少し声が上ずってしまったかもしれない。何て自分の心配をしていると、クラーク氏の表情が訝しむものに変わった。ワタシはどうかしたのかと尋ねた。
「…あなたの護衛が見当たらないのですが、一体どこに?」
聞いた瞬間また頭が痛くなった。
アイツ、また勝手に動き回って!護衛役ならば護衛らしくジッとしていなさいと言ったのに!
「すみません!ワタシが雇った護衛が勝手な行動を」
「いや、謝罪は今は良いです。それよりもどこへ行ったか探さないと。」
それもそうだ。勝手に
名前を叫んだが、全く反応が無い。本当にどこへ行ったのか徐々に不安が募って来たところにどこか遠くからか声が聞こえてきた。
「…へぇ、だったら…しちゃっても…んじゃない…?」
「…とう。でも…っぱり無理…さんは、僕が…で。」
聞こえてきたのは間違いなくアリーの声だった。でももう一人声が聞こえ、それは聞き覚えが無かった。するとクラーク氏が突如速足になり、声のする方へと先に行ってしまった。急いで私はクラーク氏の後を追い、向かった先はある一室だった。
部屋の扉の前に着いたクラーク氏は、まるで扉を壊さんとばかりの勢いで扉を開けて、中へと入った。
扉が勢いよく開け放たれた音に驚き、中に居たアリーともう一人は入って来たクラーク氏の方を見た。ワタシはクラークの背後から覗き込むようにして部屋の中を見てアリーの姿を見止めた。そして失礼とクラークの横を通り過ぎ、中へ入ると真っ先にアリーの元へと駆け寄った。
「アンタ、何してんのよ!?ヒト様の家の中動き回るとか、失礼にもほどがあるでしょ!」
「えーだって、ソニアが話してばっかで、おれひまだったんだもん。」
だもん、じゃない!ワタシは怒りで頭を煮えたぎらせていると、ふいにクラーク氏の前だという事を思い出し、慌てて謝罪しようとクラーク氏の方へと振り返った。
その時、乾いた短い音が部屋の中で響いた。
音の正体は、クラーク氏が部屋の中に居たもう一人の頬を叩く音だった。突然の光景にワタシは自分が何をしようとしていたかを忘れてその光景を見入った。
「何をしているんだ?お前はこの時間、自習をしているよう言っておいたはずだが?」
「…すみませ」
もう一人、年はアリーより少し年上の少年だろうか。その少年が謝罪を言い終える前にクラーク氏は再び少年の頬を叩いた。ワタシは思わず肩を跳ね上げて目を瞑った。
「他人と談笑している暇があるなら勉学に集中しろ!出来なければ部屋から一切出さん!食事も抜きだ。」
「…はい。」
ワタシは、今目の前にいる人物が誰のかも忘れてしまいそうになった。
今さっきまで一緒に話をしていたクラーク氏は、噂とは違い、穏やかで謙虚な性格の人物だと思っていた。しかし、今目の前で少年を叱るそのヒトは、クラーク氏と同一人物とは思えない程高圧的で、とてもヒトに優しくするとは思えない程の迫力を持って話をしていた。
クラーク氏が叱る相手は、恐らくクラーク氏の子どもなのだろう。実際に長男がいるとは話しに聞いていた。確かに息子には厳しく接しているとは聞いていたが、ここまで厳しいとは思わなかった。
長男らしき少年は、父親であるクラーク氏に対して反抗も何もなく、ただ項垂れて返事を返すだけの存在となっており、死角になり、今のワタシの位置からはクラーク氏の顔は見えないが、見えたとしてもとても見ようと思えなかった。それだけ私にも、今のクラーク氏は恐ろしく見えた。
「あのさぁ、ちょっとやりすぎじゃない?」
ワタシは何を言おうか、何をしようか悩んでいると、そんな緊張した空気をぶち壊す声が響いた。
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