第6話 戦闘になる
それは取引でも何でもない、ただの要求だった。
魔法に関して知識しか持たないワタシでも、カーペンタ氏の持つ赤い結晶体が強い魔法の力が籠っているのが判る。魔法の力が込められた物や鉱石はそれ単体でも価値ある物だ。そして魔法の力の純度によっても価値は変動する。故にカーペンタ氏の持つ結晶体も、どれだけ魔法の力が籠められ、不純物が混ざっていないかで価値が高まる。アリーの目当てはその結晶体なのだろう。
「うーん困った。これは『然る人物』から譲り受けたもので、私としてもこれを手放すのは惜しい。残念だが、他の物で」
「いやだ。おれはそれがほしい。他のものなどいらない。
もしそれをおれに渡さないというのなら、あんたはおれの『障害』ということだな。」
まるで確認するかのように断言し、アリーは臨戦態勢をとった。まるでそうなる事を最初から分かっていたかのように、初めからそうするつもりだったかのように口元を大きく歪め、笑った。
次の瞬間、アリーは近くに置いてあった空の檻を両手で持ち上げ、それをカーペンタ氏に向けて放り投げた。小さい檻ではあるが、中位の動物が入れるくらいの大きさもある鉄製の檻を素手で持ち上げるなんて、一体アリーって何なの!?
そして放られた先、カーペンタ氏に中る直前に檻は何かに弾かれたかのようにカーペンタ氏には直撃せず、床の方へと大きな音を立てて転がった。一度に色んなことが起きて混乱気味だが、今カーペンタ氏に檻が中りそうになった時、カーペンタ氏の持つ赤い結晶体が光った様に見えた。
「…障害、障害ですか。それはこちらから見ても同じですよ。とは言えそちらが来るのであれば、もうこちらも守っている場合では無いですね。」
カーペンタ氏は赤い結晶体を掲げると結晶体は強い力を放ち始めた。その光はどこか禍々しく、見ているとヘキ家の様な気分の悪さが胸から込み上がって来た。
そして光に呼応するようにカーペンタ氏の体が輪郭を添う様にして赤く光り出した。するとカーペンタ氏の体が徐々に膨れ上がり、膨張して堅田がヒトの形から変わっていった。
それはもうヒトとは呼べなかった。まさに怪物と称するのが正しい様相だった。肉の塊ともいうべきか、唯一カーペンタ氏だったそれの名残は目の色か。ともかくヒトが立っていた場所には、脈動しアリーを睨みつける怪物が見下ろしていた。
「この結晶ノ力は、守ルだけデなく、攻撃にモ使えるのですヨぉお?」
カーペンタ氏だったその巨大な肉塊から零れる声は、聞いていて不快になるような声で、まるで汚物が泡を吹いて臭いをばら撒くかの様な想像をさせられる。
檻の中でそんな怪物の様を見て怯えるワタシとは裏腹に、アリーは変化を間近でみておきながら表情からは笑みが消えなかった。むしろより一層笑みが溢れ出そうな程だった。
「あぁ、よく知ってるよ。そしてこういうのは大好きだ!こっからはけんかの時間だ!」
言うとアリーは左手で右腕に巻かれた布の結び目を掴み、引っ張って巻かれた布を右腕から解いた。
最初に見た時から気になっていた、布が巻かれて見えなかったアリーの右腕。それが露わになると思いワタシはアリーの右腕の箇所をジッと見た。
そして布が床に落ちて広がり、見えるようになった右腕は、特に変哲もないただのヒトの腕なのを確認した。ちょっと拍子抜けした。でもそんな気持ちは直ぐに掻き消えた。
右腕から布を解き、途端にアリーは軽やかな足取りで駆け出すと、近くの檻を踏み台にして跳び上がり、思い切り拳を突き出しカーペンタ氏だったそれを殴った。
大きな轟音が響き、ヒトだった肉塊は床に深く沈められた。アリーの拳一つで巨大な怪物に強い衝撃を打ちつけたなんて、この時は信じられなかった。
正直に言えば、アリーの腕は平均的な少年期の腕の細さをしていた。多少なら力がついて来た年頃だろうが、それでも重い鉄製の檻を持ち上げたり、巨大な相手を拳で静めたりと明らかに常人とは思えない力を持っていた。
まさか、あの布を巻きつけていた右腕に何かあるのか?そうとしか考えられないが、今は考察をしている場合では無い。下手をすればあの戦いに巻き込まれてしまう。
「うぅっ…おノれぇ!一撃入レたくらいデ、調子に乗るナぁ!」
怪物も腕なのか触手と呼ぶべきか、それらしいものを鞭の様に伸ばし、アリーの方へと振り降ろしてきた。アリーはそれは躱すのではなく、右腕で弾き飛ばした。弾かれた腕か触手は他の檻が密集している方へと飛ばされ、また大きな音を立てて檻をつぶし、壊していった。
負けじとまた怪物は何本もの腕、触手を伸ばしアリーに攻撃を繰り出した。
「あー、ちょっと厄介だな。」
アリーは面倒くさげに言うと、ワタシの近くへと跳んできて、右腕をワタシの方へと伸ばした。そしてワタシが入った檻の柵を一本を掴み、そのまま柵を折った。
折った柵を槍のように持ち直し、それを怪物の目に目掛けて投げた。折れて先の尖った柵は怪物の目に命中、怪物は痛みに悶え、暴れ回り周囲にその衝撃で檻が壊れ、閉じ込められた人が逃げ惑うなど混沌とした空間となった。
ワタシも檻の柵がアリーに壊れされた事で、何とか体を隙間からすり抜けて外に出られた。しかし出られてからといってどうすれば良いか分からない。出口がどこなのかも分からないし、だからワタシは事の成り行きを安全な場所から見守る事しか出来なかった。
一方、目を攻撃された怪物は悶えながらもアリーへ攻撃し続けていた。それを難なく躱していくアリーにいら立ちが募っていくのが分かった。
「オノれおノれェ!なンなんだオ前はァ!?まさかお前モ『触媒』ヲぉおォ!?」
「…一緒にするんじゃねぇ。ぶっ飛ばす。」
視界を飛び回る虫を叩き潰す様な、そんな雰囲気を放ち、アリーは止めを言わんばかりに右手で拳を作りそれを怪物の頭上から叩き付けた。凄まじい轟音と共に衝撃で床が割れて、遂に怪物は動かなくなった。
動かなくなったのを見計らい、アリーが怪物に近寄ると右腕をその肉塊の中へと突っ込んだ。すると、肉塊が巨大化したと同時にその体の中に埋もれていた赤い結晶が引きづり出され、アリーの手の中に納まった。
結晶が怪物の体から離れた為か、肉塊は徐々にしぼんでいき、そして見覚えのあるヒトの形へと戻っていった。膨張した事で衣服が破け、露わな状態となったカーペンタ氏は蹲っており、生きているかどうかを確認する為に恐る恐るワタシが近寄っても何の反応も示さなくなった。
そんな様子を見ていたアリーは、赤い結晶を左手に持ち替えると一息ついた。
「よし…んじゃあ、とっととずらかるわ。」
「えっちょっ!?」
アリーはそう言うとワタシの手を掴み、そのまま引っ張られて無理矢理一緒に外へと脱出する事となった。突然の事でワタシは反応が遅れてしまい、引っ張られる力の強さに戸惑いつつ後ろをちらりと見た。
蹲り生気を失ったカーペンタ氏を置いて行くのは釈然としないが、ワタシを檻に閉じ込めヒドイものを見せられた事もあり、諦めてワタシはアリーに引き摺られながら前へと向いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます