第4話 悪党に囚われる
沈んだ意識が段々と浮上し、閉じたいた事に気付いた瞼を開けようとした。でも瞼がまだ重く上手く開けれずにいると、自分が何か固い感触の上に目転がっている事に気付いた。
何故自分はこんな横たわった状態なのか、直前の記憶が無く混乱していると、何かが硬い床に上を歩いて来るのが耳に届いた。音の反響具合から、この場所が広い空間である事が判った。そして歩く音はだんだんと近寄ってきて、遂に音はワタシの近くに辿り着いた。
「あぁ、気付かれましたか。どうですか?気分の方は。」
まるで本当にワタシを気遣って声を掛けている様子だったが、意識がやっとはっきりし今の自分の状況が視界に入った今ならその気遣いが異常であると分かる。
今ワタシは寮でを後ろに回されて縛られ、足も鉄の足枷を付けられた状態で檻の中に入れられていた。檻は大型の動物が入れられるほどの大きさではあるが、当然ヒトであるワタシには小さく、立ち上がる事が出来ない。
そして徐々にだが何故こうなったのか分かって来た。意識を失う直前まで一緒にいたであろう、目の前に立ち檻の外からワタシを見下ろしているこの男、カーペンタ氏がワタシを檻に入れた張本人なのだと察した。
「カーペンタ様?一体これはどういう事ですか?」
自分でも驚くほど落ち着いた声で相手に問いただそうとしている事に内心驚いていた。何故か分からないが、こうなる事が無意識に分かっていたのだろうか?自分でも分からないでいるが、今はこの状況へと導いたであろう貴族の男と話をしなくていけない。そう思った。
「いやぁ何、ちょっとした老人の『暇つぶし』ですよ。年を取ると出来る事が制限されて、外に出かけるのも億劫でね。そうなれば、室内で出来る事ばかりがやる事になる。
でも案外良いですよ?私もそこそこ名が知られているから、名前を出して催し物を開くと自然にヒトが集まって来る。食事に音楽、色んな豪華なものを見せれば皆が油断して来てくれる。
特に旅行者に君の様な旅人、そういうヒトは良い。地元のヒトだと『居なくなれば』怪しまれるが、遠くまで出かけてきたヒトならなんとでも言える。
不幸な事に、ご家族は道中で事故に遭ってしまった、ってね。」
意気揚々にカーペンタ氏は意味の分からない、でも今の状況の自分には分かってしまう事を喋り出した。なんて事の無い『犯罪方法』だった。
まさか、今自分の目の前にいる人物が誘拐犯罪をしているなんて。しかも本人の話から犯行の理由が『暇だから』という理不尽極まりない事にワタシは頭の中が更に混乱状態となっていった。
「な…何をしたいんですか?ヒトを
危険な状態だと自分で自覚し、口が震えだした事に今気付いた。そしてそんな口で質問して帰って来た答えは、正気を疑うものだった。
「うーん、今回はどうしようか。ものによってはヒトに引き渡したり、何なり出来るから、そこは追々考えるさ。何せ、他はもう見飽きる程見たし、あんな状態だからねぇ。」
そう言ってワタシに檻の外の周囲を見る様促し、ワタシはつられて周囲を見渡した。そこには恐ろしい光景が広がっていた。
まるでそこは、いつか見た動物園の様だった。いくつもの檻が無骨に並び、それは高い天井にまで届くほど積まれていた。でも動物園との唯一の違いは、檻の中に入れられているのが『ヒト』である事だった。
子どもから若いヒト、中には老いたヒトが男女問わず入れられ、怯える者、檻から無理矢理出ようと中から檻を蹴ったりしている者に憔悴しきって動かない者、様々なヒトが檻の中に収められていた。
「こんなに…ヒトが。これだけヒトがいなくなれば、誰か騒ぐハズ!」
ワタシはあまりに異様な光景を目にして声だけでなく、体までも震え出して息が荒くなってきた。そんなワタシの声は聞けどワタシの状態など目に入っていないかのように、カーペンタ氏は楽しげな表情を見せた。
「言ったでしょう?旅行や旅の道中で事故に遭ったと伝えれば良いと。遠くに出かけると言うのは本当に危険だ。金持ちや貴族といった世間知らずは護衛さえつければ何の問題も無いと考える。まさか立ち寄ったまち中、それも治安の良いまち中でヒトがいなくなるとは思ってもいない。
あぁ、身なりを整えているヒトは良い。そこらの痩せこけた野良を眺めるよりもずっと気分が良くなる。檻に入れられる前はさぞ安全で、豊かな生活を送っていたのだろうねぇ。」
嫌な予感がした。確かこのまちの警備は貴族から派遣されてついたいたハズ。その貴族がこのカーペンタ氏だとして、何のために警備を付けていたか。それは外側から中を守るのではなく、中のものを守るための目くらましだとしたら、このまちそのものがヒトを攫う為に整備された施設だと言えてしまう。
しかも相手は目の知れた貴族で、その実力は多くのヒトは信頼に置くほどで誰もが『カーペンタ氏は真面目で優しく、他の意地悪な貴族とは大違い』だと口を揃えるほど。誰もそんな人物が犯罪に手を染めているなんて予想するワケが無い。実際にワタシもそうだった。
だから皆、噂を聞いて宴に集まる。館に入った時点でワタシも誰も、既に檻の中に入ったも同然だったんだ。
「最近、館の周りをうろつく
檻に入れられたヒトの表情を、目を、声を聞くのが堪らなく気持ち良くなる!しかもちょっとした小遣い稼ぎにもなって、まさに一石二鳥な『楽しみ』だぁ!」
話しているうちに気分が高まったのか、カーペンタ氏は声高らかに笑い出し、まるで踊る様にしてその場を回って騒ぎ出した。
ワタシはとんでもない悪人に脅されたと思っていた。でもあんなのはまだ序の口だった。いや、悪人と称するのは違う気がする。
これはもうヒトの皮を被った悪だ。悪そのものがただ動き、騒ぎ、遊びに飽きるまで悪を尽くす。そんなものが今目の前にいる。
ワタシはもう声を出せなくなっていた。体が震え、何かをしようとする事も出来ず、ただ茫然と縮こまる事しか出来ない。
「はー、たしかに楽しそうだなぁ。」
そんな状態のワタシに冷や水を掛けるようにその声はその空間に響いた。声を聞いて正気付いたのか、カーペンタ氏は立ち止まり、声を止めて声のする方と素早く振り返った。
そこには同じような檻を見下ろし、まるでただ見学しているだけの様に佇むアリーの姿があった。
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