第3話 館に侵入する

 アリーと言う名の恐喝者に脅されてから夜が更け、今ワタシ達はまちの貴族である人物の館に来ていた。

 今晩、その館で社交の宴が行われると言う話を聞き、招待されてきたのであろう多くの貴族や有力者の姿が見えた。ワタシもその宴に参加する。

 実はこのまちに来てからこの宴に誘われており、参加するかを迷ってはいた。そしてアリーに圧されて館に来ていた。と言うのも、アリーが泥棒を働くこうとしている先がこの館なのだと言う。つまりワタシが共犯しろと脅されたのも、この館の宴に招待客の一人であると知っていたからだろう。

 ともあれ、ワタシの命を人質に脅されているのだから、早く行って事を済ませてしまおうと準備を済ませて馬車に乗り込んだ。当然アリーも一緒である。そもそもアリーだってそれが目的だっただろうし。

 馬車に揺られて少し経つと目的の館前に着いた。


「着いたわよ。…一応アンタの望んだ通り、アンタはワタシの護衛って事で同行してもらうから。それ相応の動きをしてもらうからね。」

「…動きづらい。」


 そう言いながらワタシより先にアリーが降りた。その恰好は最初に出会った時とは見違える程整えられた正装をしていた。白い色の髪をしていたから、服の色は反対に黒目の色にして色が引き立つようにしてみた。

 ワタシは自慢出来る程衣装の美的感覚が良いワケでは無いから、良い悪い葉判断出来ない。少なくとも泥沼の中を徘徊したかのようなボロキレを纏った様な出で立ちのままでいるよりはマシなハズ。

 何なら湯浴みもして全身と言う全身の汚れも落としてやった。服選びよりもむしろとそちらが一番苦労したかもしれない。


「ったく…こんな豪邸の中に入ろうって自分から言って来たのに、あんなボロのまま行こうとするんだもの。どれだけ常識知らずなのよ、アナタ。」

「…きれいなのは目立つし気になる。」

「汚れている方が目立つんだってば!」


 話がかみ合わず、ちょっと話すだけで疲労が蓄積してきた。ともあれ、いくら小声で話していたとしても、あれこれ言い合っていては変な目で見られてしまう。怱々に館に入って他の招待客に紛れ込まなければ。


「ほらっ!護衛が護衛対象を放って置いてどうするの?ちゃんと手を取って、隣に立って。」

「…おう。」


 すごくきごちない動きでワタシの手を握り、そして館の玄関口である扉へと進んだ。


 館の中へと入り、案内されて奥へ進むと広場へと通された。既に何人もの招待客がおり、白い卓掛けの掛けられた大きな卓の上には豪華な食事が並び、それを食す者や酒を片手に他の客と話す者、様々な者達が各々の形で宴を楽しんでいた。


「うおぉっめし!」

「護衛が自分から離れようとするな!」


 アリーが身形を気にせずに突撃しようとしたのをワタシは背中から引っ張り制した。こちらが脅されてここに着た筈なのに、何時の間にか立場が逆転している気がする。それはどうでも良い。本来の目的は『盗み』である。ワタシとしては乗り気ではないけど、ともかくやるだけうあるしかない。

 今なら周りに人も多くいるから、この瞬間助けを呼べば助かるかもしれないけれど、先程の陰に張り付くアリーの姿が頭にちらつき、助けを呼ぶのを躊躇ってしまう。今もワタシの事を監視しているのではないかと思い、恐る恐るアリーの方を見た。

 いない。更に向こうの方を見たら宴の食事にありついていた。

 思わず体がよろけたが、これは好機かと思い警備のヒトを探そうと辺りを見渡した。そんなワタシにヒトが話し掛けてきた。


「もしや君は、モーガン家のご息女ですかな?」


 声の方に振り返ると、そこには高齢の男性がいた。確かこの方がこの館の主であるカーペンタ氏だったハズ。実際に会った事は無いが、聞いていた特徴と合致しているから合っているだろう。

 カーペンタ氏はまちや住民に対してあらゆる貢献をし、本業である建設業以外にも慈善的な活動をしてまち中やまちの外からも信頼を置かれている。まさに多くのヒトが理想としている良い貴族そのものの様だった。

 ワタシは話しかけられたことに驚きつつも、姿勢を正して服の裾を摘み上げて礼をして見せた。


「お初に御目にかかります、ソニア・S・モーガンです。この度はご招待していただき、誠にありがとう御座います。」

「あぁ。私としてもモーガン家のお方に来ていただき、感謝しています。」


 簡単に挨拶を済ませ、それからはちょっとした世間話をした。こういった何気ない会話をする事も金持ちである家の礼儀ではある。社交場では何も話さないのは不謹慎に見られて今後の家の方針にも関わる。とは言え、今ワタシはあまり良いとは言えない理由でこの館に来たから、下手な事を言ってしまう前に話を切り上げたい気分だった。

 それよりも、問題のアリーがどこへ行ったのか、そればかりが気になり目が泳いでしまっているかもしれない。


「どうかなさいましたか?そういえば、一緒に来た方はどちらへ?」

「あっい…いえ。どっどこへ行かれたのかしら?安く雇った護衛だったから、仕事を怠けているのかしらねぇ?

 ところで、カーペンタ様はどういった理由でこの宴を?」


 やはり怪しまれてしまった。何とか誤魔化そうと、少しだけ気になっていた宴の開催理由を聞き出す事にした。

 カーペンタ氏は実際の所、既に隠居している状態だと聞いている。そんなヒトが何故宴を催したのかきになってはいた。確か子供もおらず、仕事の事は部下に任せているのだったハズ。


「何、大した理由じゃありません。ちょっとした老人の暇つぶし、とでも言いますか。この歳になると、やる事も無く仕事も今じゃ若い部下に任せきり。

 そうなれば、その部下に後を継いでもらって自分は残り少ない余生をどう過ごすか悩むだけだ。かと言って、一人じゃつまらなく正直に申せばさみしいんですよね。だからこうしてヒトを集めてさみしさを紛らわせている、という感じですね。」


 余生を楽しむために宴を催す。金持ちではよくある事だ。しかし、どうにも異様な感じがする。理由は分からない。そう考えてから再びアリーがどこへ行ったかを視線で探そうとした。

 すると、何故かいきなり視界が歪み足元がふらつき出した。可笑しい。今後の事を考えて宴に出されている食事も何も口にしてい無い筈なのに、どういう訳か酒に酔ったような感覚になってきた。


「おや、どうされたかな?もしや酔いが回って来たのかな。このままでは危ないから、どうか別室で休んでください。」


 そう言われてワタシはカーペンタ氏に手を引かれ、どこかへと連れて行かれていく感覚の中、ワタシの意識は沈んで行った。その最中、ワタシの視界に入ったカーペンタ氏の口元が、醜く歪んで見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る