第2話 共犯に誘われる
部屋に入って最初に目にしたのは、誰も居ない空の部屋だった。
一瞬逃げたのか?と思ったが、音がしてその方向に振り返った。部屋の扉の上、天井と壁の境目の角の所にソイツはいた。ワタシは本来ヒトがいるような場所では無い所にヒトがいた事と、自分を脅してきた人物が変わらずいた事に驚き、思わず短い悲鳴を上げて後退りしてしまった。
「…めしは?」
「あっ…後少しで来る、と思う。」
歯切れの悪い言い方をしてしまったと思ったけど、相手は気にする素振りを見せず、扉の上から下りて床に着地し部屋の壁に寄り掛かった。
居心地悪い気持ちでソイツを見ていると、食事を持って来たと扉の外から声とノックの音が聞こえてきた。ワタシは扉へと近寄り、ゆっくりと扉を開けた。思った通り扉の向こうで宿の従業員が食事を盆に載せて持ってそこに立っていた。
「失礼します。お食事をお持ちしました。」
「あっハイ。食器は後で持って行きますので。では。」
早口で話を済ませ、食事の乗った盆を半ば奪う形で受け取り、素早く扉を閉めた。きっと相手はワタシのきょどに驚き、洞ていている頃だろうが、それを気にしている暇は無かった。何せ、ワタシの直ぐ横でソイツが壁に張り付いて刃物をこちらに突きつけていたのだから。
明らかな、下手な事を言えば刺す、という暗示だった。
ワタシは大きな溜息を吐きつつ、盆を床に置いてへたり込んだ。そんなワタシを無視する様にソイツは食事の乗った盆に近寄り、そして素手で食事を掴み取り
その拍子に、ソイツが頭から被っていたボロボロの外套が脱げて、隠れていた顔が見えるようになった。
真っ白い髪の生えた頭はボサボサで何日も洗っていないのが見て分かり、ワタシは顔を
おまけにさっきから食事を素手でつかんで食べているが、使っている手も左腕だけで、もう片方の腕は大きな布か何かでグルグル巻きにされていた。応急手当の跡なのか何かは知らないが、少し大袈裟な程に布が大きくて、右腕の全容が見えず、何か右腕に持っていて、ソレを隠している様な気がして怖くなった。
ソイツは一しきり食べた後、一息ついて部屋の床のど真ん中で寝ころんだ。ヒトが借りた部屋だというのになんて勝手なヤツなんだろう。しかも食べかすを床に
「あのぉ…言った通りにしたから、もう用事が無いのであれば、これで?」
相手が刃物を持っている以上強気には出れない。あくまで
「あぁそうだ。お前、おれと一緒に泥棒をしろ。」
一瞬、ソイツが何を言ったのか分からず、自分だけでなく空間そのものが凍り付いた気がした。
「はっ…はぁ!?アンタ一体何言って」
「お前はかねもち、だから狙われやすい。だからおれが守る。その代わりにおれの言うこと聞け。」
「いや無茶苦茶だから!」
まるで壁に話し掛けているみたいに全く意思の疎通が出来る気がしない。相手は交換条件を出してきているが、それにしたって相手の出す条件がヒドイ。何故見ず知らずの他人の悪事に加担しなくてはいけないのか。
「断ったら刺すから。」
「結局脅すんじゃないの!」
最早一方的な話し合いにワタシは冷静になろうと溜息をまた吐いた。吐いて落ち着いて来てからワタシはある事を思い出した。
「そうだ、あなたなんでこの部屋に入れたのよ!この部屋には侵入者防止の結界が張ってあるハズよ!」
この宿屋は大きく警備員はいないが代わりに宿をとった時に受け取った鍵を持っている者以外は部屋の扉や窓から中には入れない様結界が張られている。そのハズなのに、恐らくコイツは窓から部屋に侵入してきた。一体どうやってコイツは結界を突破したと言うのだろうか。
「あぁ、あの変な壁みたいなのはこわした。」
ソイツから出た返事は突拍子もない答えだった。結界は魔法ではあるだから魔法を解析したりすれば突破は可能かもしれないが、相手は『こわした』と言ってきた。こわしたとはまるで物理的に破壊したかの様な言い方だった。
「おれ、魔法は使えないが、触ることができるんだ。だからこわすこともできる。ここのけっかいって壁は、もろくてこわしやすかった。」
言っている事はまるで子どもの
物理に関してはワタシは運動が出来る方では無いので既に諦めていたし、魔法は知識はあれど実技は素人同然だ。対して相手は刃物を持って魔法を破壊可能と、こっちには打つ手が無い。つまり断れないのだ。
「断れば刺す。」
「ソレは分かったから!」
抵抗しようにも手段がない以上、ワタシは相手の要求を飲むしかなかった。一体何を思ってこんなワタシを脅してまで悪事の片棒を担がせようとするのか、理解出来ない。
「あっ!」
「ヒっ!何!?」
突然ソイツは何かを思い出したかの様に大きな声を上げたかと思うと、ワタシの方へと向き直って口の端を大きく上げて目を細めた表情を見せた。
「おれ、アリーだ!お前、名前なんだ?」
今更か!っと声を出すのも怖いので、ワタシは正直に名乗る事にした。下手な事を言って相手を怒らせるのも面倒だ。
「ソニア、よ。」
よろしく、と癖で挨拶をしようとしたがそれは止めた。何故こんなヒトを脅して、これから盗むを働くと宣言した相手に礼儀を見せなければいけないというのか。今更ながら悪態をつきたくなった
こうしてワタシは、アリーと名乗る謎の少年と謎の犯罪に手を貸す事となった。一体どうすれば良いのか、見当がつかない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます