第116話 事情

 周りに明かり一つない深い森の中。


 俺とアリサさんはポチの鼻と慣れて来た夜目で森を進んでいる。


 魔女達をディアナ達から引き離すためにできるだけ反対側に来ているので、どこか町の明かりもなければ、人の気配もない。


 森の中には魔獣が住んでいるが、それもポチの鼻で全て避けながら進んでいる。


 離れないようにと握っているアリサさんの手がどこか不安そうに震えているのが伝わってくる。


 できるだけ音を立てないようにと伝えているので、声も一切出さない。


 しばらく歩いていくつかの大きな岩がある場所についたとき、ポチが尻尾を上げた。


 それと同時にレイが俺とアリサさんを包み込んで、大きな岩の間に入る。


 より真っ暗いなった景色の中、アリサさんと目と鼻の先になったが、急いで人差し指を唇に当てて音を立てないようにする。


 息を吸い込む音すら聞こえない程の小さい。


 そのとき、俺達の上部からカランカランと小さな鈴のような音が聞こえる。


「どこなんだ……」


 女の人の声が聞こえてきた。


「ベリル……ゆるさねぇぞ! ベリルぅううううう!」


 直後、俺達が挟まっていた岩の片方が大きな音を立てて、崩れる音が響いた。


 だがレイは微動だにせず俺達を囲んだままにする。


「あああああああ!」


 女の人の声がどんどん離れていくのがわかる。


 そのまま展開し続けるレイ。少しずつ緊張感が解けた頃、アリサさんの肌の温もりが伝わってきたが、レイが大丈夫と判断されるまで俺達はそのまま待機を続けた。


 …………。


 …………。


 どれくらい経ったのだろうか。


 自分とアリサさんの高鳴る心臓の音ばかりが聞こえて、むしろ外にまで音が響いているんじゃないだろうかと思えるくらい耳元にまで聞こえる。そんな気がする。


 俺達を包んでいたレイが解除されて、ようやく森の独特な匂いがした。


 影の中からポチが現れてアリサさんに体を寄せた。


「ワフッ」


 アリサさんは少し焦っていた。


「ポチは撫でられるのがとても好きなんです」


 背中を撫でてあげると、アリサさんもおそるおそるポチの頭を優しく撫で始めた。


「ふかふかしてますね」


「自慢の従魔です」


「ふふっ……」


「ワフッ」


「今日はこのままここで野宿します」


 マジックバッグから野宿用簡易寝袋を取り出して彼女に渡した。


 寝袋に入った彼女にポチが体を寄せると安堵したのかすぐに眠りについた。


 余程疲れていたんだろうな。


 まさか救命用ジャケットが切れて上空から落ちるとか、魔女に追いかけられるとか、中々できる経験じゃないだろうからな。


 俺も今後の活動のために眠りについた。




 ◆




 明るさを感じて目が覚めた。


 真っ暗だった森の中は、日の光が差し始めており、早朝の気持ちいい優しい風がとてもいい。


 ちょうどタイミングを同じくしてアリサさんも目を覚ました。


「お、おはようございます」


「おはようございます。こちらはディアナの着替えセットでタオルとか体拭きとかありますので。こちらに簡易壁を立てますから」


 アリサさんは深々と頭を下げてそれらを受け取った。


 中が見えないように全方向を囲むカーテンも取り出して彼女を囲ってあげた。


 俺も自分の分を取り出して体を拭いたり、顔を拭いたりする。


 水浴びが一番だけど、さすがに水を浴びれるものはないしな。


 準備が終わり、簡単な朝食を食べてポチに乗り込み帝都を目指して走る。


 俺達が飛空艇を乗った場所は帝国の東側。そこから帝国中心にある帝都を目指していて落とされ、俺は魔女達を振り切るために真っすぐ北に進んだ。


 ここから帝都を目指すなら西とやや南を目指して走らないといけない。


「ポチ。安全第一で走ってくれ」


「ワフッ」


 アリサさんとポチに乗り込み森の中を走る。空だと魔女のテリトリーになっているから見つかってしまう可能性を考慮してのことだ。


「ベリル様は本当にすごいですね……お母様が言っていた通りの方でした」


「セレナさんが?」


「はい。とても勇敢で賢明な方だと……飛空艇の襲撃の時も冷静沈着な状況判断をされていましたし……」


「悩んでも仕方がないと割り切ってるから……かもしれませんが、アリサさんもすごいと思います」


「私ですか?」


「魔女の魔法を見てすぐに正体を見破れましたし、職能がなくてもアリサさんは努力を惜しまないですし、その賜物なのかなって思いました」


「……ベリル様は優しいですね」


「ただの事実を言っただけですよ」


「ふふっ。みんながベリル様のような考え方なら……きっと世界も平和になれるでしょうね」


「帝国は未だに戦争が起きてると聞いてますが……」


「はい……残念ながら帝国に吸収された国や皇帝陛下に反発するレジスタンスもいたりと……国内は毎日どこかで戦いが起きているのが現状です」


 王政で貴族に絶大な権力を与えることで一般人に考える余地を与えないジディガル王国。パッと見では平和には見えるけど、自由のない平和な感じだよな。


 それに比べて帝国は完全な実力主義社会。もしみんなに職能という才能がなければ、アリサさんもきっと誰よりも輝けると思う。


「オルレアン教には職能を変更できる力があると聞いているのですが、アリサさんは変更しないんですか?」


「できるなら私もそうしたかったのですが…………私は生まれながら…………」


 後ろから腹部を抱えているアリサさんの両手が少し震える。


 少しの間、沈黙が続く。


 俺やディアナが知っている彼女とは思えない何かの事情がそこにあるのだと思う。


 そして、衝撃的な言葉が彼女から放たれた。











「――――私は……生まれながら“運命の呪い”というものを持っています……だから、何らかの職能を授かることも……スキルを授かることも……レベルを上げることも……できません……」











 ああ……そういうことか……どうして彼女が――――最強NPCの一人“聖女アリサ”ではなく、ただの凡人だったのか……その理由がやっとわかった。

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