第115話 襲撃

 どんよりした空気のまま俺達は飛空艇の廊下を歩いて部屋を目指した。


 そんな中、俺の右腕を握って何やら不安そうな目で俺の目を覗くディアナ。


 どうして彼女が不安がっているのかはわかる。俺もそれが疑問だからな。でも今ここで悩んでも仕方がないのでまずは部屋でいろいろ聞きたいと思う。


 俺の部屋にみんなで集まってテーブルを囲う。


 アリサさんがソファに座り、その後ろに護衛のパラディン候補生のユスティさんが立つ。


 その正面に俺が座りお嬢様達は少しだけ離れたところに、マジックバッグから取り出したソファに座っている。


 リンがテキパキとみんなに紅茶を淹れてくれる。


「さて、いろいろ聞きたいこともありますが……さっきの男から“落ちこぼれ”と呼ばれていたんですが、何か事情がありますか?」


 アリサさんの美しい顔が少し悲し気な表情に染まった。


「私……帝都学園に入っているのですが……毎月ある試験でずっと最下位なんです。帝都学園では成績が全て発表されますので…………ハリスンさんは…………その…………プロポーズされたのですが、私が断ってしまい……それから何かある度にあんな感じで……」


 あ…………バカ息子のそれだった。


 それには納得がいった。しかし、どうしても納得いかないことがある。


「帝都学園の試験って難しいんですか?」


「はい。大陸で最も難しいと言われています。ただ……私が成績不振なのは私の能力が低いからです……あはは……」


「……帝都学園は実力がなければ入れないと聞いているのですが、仮に成績最下位だとて、帝国ではエリートでしょう。気にする事はないと思います」


 アリサさんの表情が少し柔らかくなった。


「つかぬ事をお聞きしますが……アリサさんは魔法が使えますか?」


 その質問に不思議そうな顔をした彼女は――――顔を横に振った。


「いいえ? 私にそういう力はございませんよ?」


 その答えは俺には――――いや、俺とディアナにとってはあまりにも意外な答えだ。


 彼女は嘘を吐いている? と考えることもできるが、隠す意味はあるのか?


 いや、ある意味隠す意味にはあるかもしれない。だが彼女はあの男に言い寄られて嫌そうな表情をしていたし、母のセレナさんの話になるとどこか申し訳なさそうな表情を浮かべていた。それを見て彼女が嘘を言っているようには感じない。


 ――――ということは彼女に魔法を使う才能がないということが真実。


 俺は……あまりにもありえない。


「不躾な質問ですみません」


「いえ。よく言われるんです。お母様が大司祭ですから……残念ながら私は女神様の加護を頂くことはできなかったようです……」


 後ろに立つユスティさん。パラディン候補生だからなのかと思ったけど、表情一つ変えずに淡々と彼女の話を聞いているのも気になる。


「となると……無才ということですか?」


「あはは……恥ずかしいながらそうです……」


 後ろからディアナの小さな「嘘……」という声が聞こえた。アリサさんには聞こえてないだろうけど、やはりディアナも衝撃だったようだ。


「そうなりますと――――アリサさんは本当にすごい方ですね」


「えっ……? 私がですか?」


「はい。職能がない人はとても大変でしょう。それでも努力を惜しまず勉強に励んで帝都学園に入学されたのですから、アリサさんの努力の賜物なのがわかります」


「ベリル様……私…………誰かにそういう風に言われたことがなくて……ごめんなさい……」


 アリサさんの目に小さく涙が浮かんだ。










 ――――そのときだった。











 ドーンという大きな音と共に、今まで微動だにしなかった飛空艇が揺らいだ。


 みんなが飲んでいた紅茶が床に落ちた。


「ディアナとリサはお嬢様を、リンはいつでも部屋から出れるようにして」


「「「「はい!」」」」


「アリサさんはユスティさんと離れないように」


「は、はいっ!」


 剣に手を乗せて緊張した表情で周りを見るユスティさん。多少は落ち着いているが候補生らしく緊張してどうするか悩んでいる様子。


 すぐに緊急を知らせるサイレンがスピーカーから響いた。


「皆様! 現在何者かによる爆撃がございました! 直ちに部屋にございます救命セットを着用してください! 繰り返します!」


 みんなステータスがある程度高いとはいえ、この高度から落ちたらタダでは済まないはずだ。


「もしものときはリサのポンタにみんな集まって。救命セットがあればここから落ちてもみんな無事だろうし、周りの人に手を伸ばしたりしないこと。いいね? 特にディアナ」


「う、うん!」


 彼女なら困ってる人に手を伸ばしてしまうだろうけど、まずはみんなの安全が第一だ。


 そのとき、続けて大きな爆音と一緒にさっきよりも激しく飛空艇が揺らいだ。


 窓の外を見てもどこか攻撃されたのかはわからないが、少なくとも外に黒い煙が広がっている。


 緊急放送を聞いていると三度目の爆音のあと、今まで以上に揺らいで――――飛空艇の壁や床に一気にヒビが入った。


「まずい! リサ!」


「うん。任せて」


 念のためディアナやお嬢様、リンを一か所に固める。


 アリサさんも一緒に居させたいんだけど、まだユスティさんが信頼できない。二人には救命セットで助かってもらうことにするか。


「ベ、ベリル様! 急いで救命セットを!」


 アリサさんがあたふたしながらも俺に救命用ジャケットを渡してくれた。


 不安だろうに俺の事まで気にするなんて、アリサさんの優しさがよくわかる。


「ありがとうございます。アリサさん。地上で会いましょう」


「はいっ……!」


 そして――――バギバギッと音を立てて床から壁まで何もかもが崩れて、ブロックおもちゃのように崩れ去った。


 それと同時に強風が俺達を出迎えてくれた。


 召喚されたポンタにそのまま四人が乗り込むのを見て、今度はアリサさん達を確認する。


 ユスティさんは無事救命用ジャケットを軌道し、落下スピードが激減している。


 これは風系統の能力を操作して着地する際の落下スピードを下げるもので、地面に激突する心配はない。


 アリサさんも救命用ジャケットを発動して空を飛んだ――――そのときだった。


「あっ!」


 彼女が着こんでいたジャケットがバリバリッと音を立てて分解され、彼女の体が地上に急落下始めた。


 それと同時に遠くの山の方から明確に俺に向かって強烈な黒いビームのようなものが飛んで来た。


 攻撃に反応した瞬間にレイが飛行モードを展開し避ける。


 今すぐアリサさんを助けにいかないと……。


 ふとディアナ達も目が合った。


「ディアナ! 合流はなしだ! 四人は一緒に帝都に向かって!」


 それに心配そうに首を横に振るディアナだったが、大丈夫と笑顔を見せた。


「俺はアリサさんを救出して一緒に向かう! ユスティさんはまだ信頼できないから一緒に動かないように! じゃあ、急ぐから!」


 そんな彼女達の頭を急いで撫でてあげて、一気に加速して落ちていくアリサさんを追う。


 その間も二発目の黒いビーム攻撃が俺を襲う。


 今回の飛空艇破壊の一件……明確な目標は飛空艇ではなく俺のようだ。


 落ちている間も祈りを捧げているアリサさんをキャッチする。


「!?」


「アリサさん。助けにきたぞ。あのまま落ちてたらセレナさんに申し訳ないからな」


「ベリル様……」


「さて、お喋りはここまで。どうやら今回の襲撃の標的は俺だったみたいです。これから攻撃を避けるからじっとしていてください」


「はいっ」


 三度目の攻撃を避けて、山の方に向かう。


 目標が俺なのは間違いないが、仮に俺が射程外になってディアナ達を狙われたら彼女達が危険なので、俺が再度囮になる。


 山の方に近付くと、今度は別の攻撃が始まった。


 何か黒い禍々しい煙が凄まじい速度で俺を追いかける。


 どうにもこれらから魔法の気配を感じる。しかも普通の魔法ではない。とても特殊な魔法だ。


「ベ、ベリル様! この魔法、魔女によるものかもしれません!」


「魔女!?」


「はい。お母様の本で読んだことがあります。普通の魔法ではございません!」


 どうしてこんなところに魔女が……?


 そのとき、山の方から三つの黒い物体が三方向から飛び上がり、俺を目掛けて飛んで来た。


「これはまずいですね……最高速度で逃げます。しっかり捕まえていてください!」


「はい!」


 そして俺は全速力でその場を離脱。三人の魔女と思われる物体は俺を追いかけ続けたし、ディアナ達に向かって魔法を放ったりする様子はなかった。

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