第111話 招待状

「シャ、シャディアン子爵殿。きゅ、急に呼んでしまい申し訳ありません……」


 本来なら部屋奥の豪華な机と椅子に座っているはずの校長先生が入口のすぐ傍に立って、変な汗を流しながら俺を迎え入れてくれた。


「校長先生。俺はまだ学生です。子爵ではありますが、生徒として扱ってください」


「い、いえ! そんなわけにはいきません! 貴方様は陛下が認めた英雄ですから!」


「あはは……」


「さあさあ、こちらに座ってください!」


 これ以上拒むと土下座までさせてしまいそうなので素直に従ってソファに座る。


 向かいの席に着いた校長は、一枚の高級そうな羊皮紙をテーブルの上に乗せ、俺の前に出した。


 この羊皮紙の中身は読まなくてもわかっているし、来ることもわかっていたからあまり驚きではない。けど、それがバレると厄介なので驚いたふりをしないとな。


「校長先生? これは……」


「よくぞ聞いてくださいました! これは我が校始まって以来のとても名誉なことでして! すでに陛下から許可が得ております!」


 いや……だから……中身を……。


 校長は今年新しく着任したばかりだけど、すっかり校長の顔になっているし、俺が知っている範囲だけでも校長としてしっかり学園の舵を取ってくれているみたい。


 そんな校長がここまで興奮するんだから、あれは余程すごいことなのだろうな。


「えっと……中身は……」


「おっと! これは大変失礼しました。そちらに書かれているのは――――我が校の生徒“ベリル・シャディアン”殿の目覚ましい活躍を聞きつけ、大陸最高峰学園である“帝都学園”から留学の招待状が届いたのですぞ!」


 興奮し過ぎて鼻息がすごい。


「今まで我が校から留学生を出したことは幾度かあります。どの生徒達も素晴らしい生徒達でした!」


 いや……校長が見てきたみたいな言い方しても……貴方……今年から校長になったじゃん……。


「ですが! ベリル殿はそんな彼らよりも素晴らしい事を成し遂げたのです! まず最初は二年生のときに留学招待は我が校……ひいては我が国有史以来初でございます! さらに! ベリル殿を迎え入れるため、自由推薦枠を三つも頂き、ベリル殿と他三人の生徒に留学招待状が届いたのです! これは帝国が始まり、帝都に唯一存在を認められた最高峰の帝都学園が始まって初めての出来事です! 他国にこれほどに好条件での招待などございませんでした!」


 なるほどな……校長も教育者としては長くやってきたからこそ、この招待状が持つ重みを知っているからこそ、こんなに興奮しているんだな。


 まあ……残念ながらまともなルートからの招待状ではないんだけどな。


「ということは、俺は留学を受けないといけないということになるんでしょうか?」


 一応聞いておかないとな。


「へ……? も、もちろんでございます! 帝都学園は帝国の中心とも言える場所で、ゆくゆく帝国を率いる才能達の集まりです。もし断ったりしたら国際問題になりかねません!」


「わかりました。俺も王国の貴族として、帝国と国際問題になっても困りますから受けることにします。他の三枚はどうされるんですか?」


「他の三枚は陛下よりベリル殿に全て一任せよとのことです。ベリル殿の方から三名の生徒を選んでください。二年生から選んでも問題ありません」


 一応生徒達も貴族の子供だものな。国際問題になるとあらば断ることもないか。


 まあ……誘う三人はもう決まっているというか、最初からそのための条件・・・・・・・として提示したものだしな。


「わかりました。ではこちらの三人の人選も俺がやります」


「おぉ……! ありがとうございます! ベリル殿は王都学園……いや、王国の誇りです!」


 校長室を後にして、すぐにエヴァネス様の屋敷に向かった。




「おかえり~」


 リビングでは、見た目が毒々しいのにすごく美味しいお茶を飲みながらみんなが待っていてくれた。


「ただいま。みんなに少し急な話があるんだ。エヴァさんもできれば一緒に聞いてください」


 みんなが目を丸くして俺に注目した。


 少なくとも校長に呼ばれた時点で何かあると踏んで、ここで待っていたのだろう。


「校長から帝国にある帝都学園から招待状が届いたってさ。行かないと国際問題に発展しかねないから受けることにしたよ。それでこれからたぶん二年間帝国で暮らすことになったんだ」


 みんな声一つ出さず、息を呑んで俺に注目し続ける。


「そこで偶然にも俺以外に三人の生徒を連れていけることになって、陛下からも俺が選んでいいって許可までもらったみたい。そこでこの三つの枠にお嬢様とリサとディアナを誘いたいんだけど、三人はどうする?」


「「「行く」」」


 即答かい!


「エヴァさんは大丈夫ですか? リサと離れることになってしまうんですが」


「……それは困るわ」


「おばあちゃん……」


「いつ頃に向かうのかしら?」


「二年生開始に合わせるようにって、王国を出て帝国との玄関街に着くのが今から三週間後。通常馬車なら明日には出発ですね。でもうちにはポチとポンタとレイがいるので、二週間は待てます」


「わかったわ。二週間以内に何とかできる手立てを考えるから、リサちゃんの返答はそれまでお預けよ」


「え~」


「わかりました。リサもあまりわがまま言っちゃダメだぞ?」


「でも……」


「もし行けなくても、クロイサ街の孤児院で過ごしながら待ってくれれば、すぐに帰ってくるさ」


「うん……でもベリルくんと会えないのは嫌……」


「あはは……俺もそれはちょっと嫌だけどな。それに二年もクロイサ街を空けることになるし、エヴァさんにも会えなくなるからな……」


 ちらっとエヴァエンス様を見ると、困った表情を浮かべた。


「エヴァさん。龍脈での転移陣は厳しいですかね? ここから帝都まで」


「かなり厳しいわね。一つだけ方法があるからそれができるか考えておかないとね。いずれ必要になるとは思っていたけど……材料が足りなさそうだから、ベリルくんにはすぐに動いてもらうわよ?」


「任せてください! リサのためなら何でもします!」


「ええ。それはそうと、クロイサ街は大丈夫なの?」


「念のため俺に何があっても、街は周り続けるようにはしていますから。大丈夫ですよ」


「そう。まあ、ちゃんとみんなにも言っておくのよ」


「はい。これから父さん達にもちゃんと伝えます」


 それからエヴァネス様が淹れてくれたお茶を堪能して、みんなで転移陣を使ってクロイサ街に戻った。


 すぐに父さんや母さんはもちろん、シャディアン家に関わっている人達にこの事を伝えた。


 意外なことに、みんな俺が向こうに行っている間に、見間違えるくらい発展させて俺に恩返しをしたいと意気込んでいた。


 やる気を出し過ぎて無理し過ぎないといいけど……。


 その日の夜。


 リビングのテラスで夜景を眺めていると、お嬢様がやってきた。


「ベリル」


「はい?」


「言いたくなかったら構わないけど……あの女の仕業ね?」


「あの女……」


「半年以上前だったかしら。確かベリルの子爵になったときのパーティにいたわね。あの人、帝国に本拠地を構えているオルレアン教の大司祭でしょう?」


「よく覚えてましたね……」


「あの日からベリルが何故だか・・・・自分がいなくなっても街が正常に回るように計画を進めていたからね」


「えっ! バ、バレてたんですか……」


「当然でしょう。私は――――ベリルよりもこの街のことをよく知っているもの。しかも内側ならなおさらよ」


「あはは……」


「……でも安心したわ」


「安心……ですか?」


「ええ。枠を三つ用意して私達が行けるように図らってくれたみたいだし、そういう条件じゃなきゃベリルがあんな場所に行くとも思わないもの」


 いや……お嬢様ってば、こんなに鋭かったっけ……?


 お嬢様が俺の右腕を抱きしめる。当然、お嬢様の巨大なものが当たるというか、押し付けられる。


 夜景でもわかるくらい――――お嬢様の顔も真っ赤だった。


「最近はディアナさんに負けてばかりだったもの……私だって負けないわ」


「お嬢様……」


「だから、私も行く。帝都学園で何が待っているのかわからないけど、私にできることをしていくわ。だから一緒に行く。いいよね?」


「もちろんです。そのための枠ですから。むしろ、お嬢様が来ないって言ったら泣いてしまったかも?」


「本当……?」


「た、たぶん……」


「それはちょっと見たかったかも。一度断ってみようかしら」


「もう遅いですよ~」


 ちょっぴり恥ずかしいけど、お嬢様と二人っきりでしばらく夜景を楽しんだ。

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