第109話 新しい力
王都地下ダンジョンの最深層である五層。
その最奥には天井が見えず暗闇に包まれている程に広大な広間がある。
薄い赤色の地面や壁の景色の中、広間の奥に佇んでいるのは、紅蓮色の真っ赤なドラゴンだ。
尻尾や翼の淵が炎に燃えている魔獣は、王都地下ダンジョン最強魔獣――――ボス【フレイムドラゴン】である。
「さ~て。
迷いなどない。走り込んで一気に距離を詰めると、フレイムドラゴンの赤い目が俺を捕捉して、その大きな口を開いた。
「ガルアアアアアアア!」
咆哮と共に、爆炎が広間全体に広がり始めた。
火力自体は大したことないけど、戦い始めた瞬間に避けることすら厳しい超範囲爆炎ブレス攻撃は、初見だとかなり厳しいと思う。
爆炎ブレスを見た直後に天井の暗闇に付けていた影糸を引っ張って超高速移動でフレイムドラゴンの頭部の上を目掛けて飛び、すぐに【エクスキューショナー】に変更。
俺の体は影糸による慣性移動で帆を描いて飛んでいく。
地面が爆炎の海になっている中、俺は空中からブラックデイズを構えた。
「――――奥義【シャドウオブデスサイズ】!」
デスサイズに禍々しいオーラが灯り、巨大な死神の鎌に変形する。
もし武器をデュランデイズにした場合、ここまで効果は出ないのは、おそらくだがこのスキルが闇属性に呼応してより強力なスキルになると推測できる。
前世の“ワールドオブリバティー”ではこういう仕様はなかったので、ちょっと驚きだ。
三倍は大きくなった死神の鎌を思いっきり振り下ろす。
一閃がフレイムドラゴンを襲い、キーンという金属を斬る音が一瞬で散っていく。
直後に空間を切り裂く斬撃がギギャギャギャと聞こえただけで背中がゾッとする音を立てて、フレイムドラゴンを半分にしていく。
空中から着地した頃にはフレイムドラゴンが半分になって、粒子となり消え始めた。
「ん……! 気持ちいい~!」
ゲーム時代ももちろん楽しかったし、今でもあの感覚は忘れられない。
でも今の方が生々しい分、よりスリルもあって気持ちいいと感じる。
「さて…………いつまで隠れていらっしゃるんですか~?」
フレイムドラゴンが消えた跡地に立ち、自分の下に伸びている自分の影に向かって声をかける。
黒い影の中から、ひょっこりと――――黒い猫が顔を出す。
うん! 可愛い! でも残念! 君じゃないんだ!
俺の影の中から黒い猫が六匹程顔を出すと、ゆっくりと出てきた。
そして周囲の薄い赤い色が霞んでしまうくらい真っ赤な色の髪が現れ、超絶美しい顔が影の中からひょっこりと出て来た。
うん……! めちゃくちゃ可愛いぃぃぃぃぃ!
「ベリルくん? そのガッツポーズはどうしたの?」
「へ? ほ、ほら~フレイムドラゴンを倒せて嬉しいな~って」
「ふふっ」
俺の影からどんどん出て来たエヴァネス様。
当然俺とは目と鼻の先になって目が合った。
「うん?」
ああああああああ!
「どうしたの?」
「……エヴァネス様。それはちょっと反則です」
「ふふっ。ベリルくんって面白いわね。私、リサちゃんのおばあちゃんだよ?」
「年齢は関係ないと思います」
「ふう~ん。じゃあ……」
エヴァネス様はいたずらっぽく笑みを浮かべて、唇に人差し指を当てて至近距離で俺に上目遣いをした。
「抱きしめる?」
「っっっ!」
落ち着け落ち着け落ち着け。
お前には婚約者がもう三人もいるんだ。
それにエヴァネス様は誰よりも大事な恩人。そんな方に失礼なことをしてはいけないんだああああああ!
「だ、抱きしめません!」
「あら、残念……」
「んも! 俺をイジメるのはそろそろやめてください!」
「ふふっ~」
ようやくエヴァネス様と距離が取れて心臓の鼓動が落ち着き始めた。
「エヴァネス様がいらっしゃるなんて珍しいですね。というか初めて?」
「そうね。でもまさか――――最初からバレるなんて思わなかったわ」
「あはは……こう見えても強くなれましたから!」
「さすがはディアブロを倒しただけはあるわね」
うっ。
思い出してしまった……エヴァネス様にこっぴどく怒られたっけ……。
「今日は面白い物を作ったから持って来たついでに、ベリルくんが普段どんな感じで戦っているのか見てみたかっただけよ」
「そうだったんですね」
「ベリルくんったら、私がいるってわかっていても、はしゃいでいて可愛かったわよ」
「あ、あれは……エヴァネス様もそういうとこ見たいのかなって思ったから……あはは……」
「ふふっ。そういうことにしておくわ。さて、渡したいものは――――これよ」
エヴァネス様は自分のマジックバッグから一枚の布を取り出した。
出したときからそれがただの布ではないのがわかる。
「エヴァネス様?」
「おいで~」
「?」
言われるがままエヴァネス様の前に立つと、彼女は手に持っていた不思議な黒い布をバーッと開いて俺の後ろに回して、もう片方の手で受け止めた。
つまり――――彼女に抱かれてしまう程の近い距離となった。
彼女はゆっくりと手を引いて、黒い布を俺の背中に合わせて肩から胸にかけて布を結んでくれた。
「
「それって従魔のようなものってことですか?」
「そういう認識でいいわ」
「でしたら……この子にも名前を付けてあげないといけないですね」
「名前か……それもいいかもね。零黒って名前で呼ぶのも可哀想だものね」
「はい。名前は――――そうだな。“レイ”でいいかな!」
「ふふっ。いいんじゃないかしら。どうやらこの子もベリルくんを主人と認めたみたいだし、これからベリルくんをよろしくね」
エヴァネス様の優しい手がレイを優しく撫でるが、それはつまり俺の鎖骨当たりになる。とてもくすぐったいというか、エヴァネス様との至近距離が辛い。
「うん? どうしてベリルくんが赤くなるのよ」
「そこ俺の鎖骨ですけと!? というかわざと触ってますよね!?」
「あら、バレちゃった? ベリルくん良い鎖骨しているわよ」
「エヴァネス様……くすぐったいです……」
「ふふっ」
「それはそうとどうしてこんなすごいものを俺にくださるんですか?」
「ん? 温泉に入らせてくれたお礼? それに龍脈も活発になったおかげでクロイサ街を中心にどんどん広がっているからね。リサちゃんも毎日楽しそうにしているし。あの子に誰かと絆を結んでは欲しくなかったけど、子供達とは仲良くしているし、本人も楽しいなら仕方ないもの。その諸々のお礼よ」
「そんな気にしなくても俺の方が受けた恩が大きいのに……そういえば、エヴァネス様はどうして龍脈を広げたかったんですか?」
「広がると移動が楽になるし――――何があったときに、龍脈が広いといろいろ便利だからね」
「便利……ですか?」
「うん。例えば~」
彼女は先程唇に触れた人差し指を伸ばして、俺の唇に付けた。
「――――この大陸を壊すときとか?」
それがどういう意味かはわからない。でも、少なくともエヴァネス様ならそれが可能な気がした。
「それはちょっと困っちゃいます。せっかくエヴァネス様とも一緒に暮らせるところができたのに」
「あら、意外に私なのね?」
「エヴァネス様だけではないですけど……両親とか弟妹とか、お嬢様にリサ、ディアナ、リンもいますし」
「そうね。ベリルくんは婚約者いっぱいだったわよね」
ジト目のエヴァネス様も可愛い……。
「あはは……何だか増えてしまいましたね」
「ベリルくんって本当に不思議な子ね。まあ、大陸を崩壊させるのは冗談よ。それより、これからもうちのリサちゃんをよろしくね?」
「はい!」
満面の笑みを浮かべたエヴァネス様が影の中から消えていく。六匹の可愛らしい空飛ぶ翼が生えた黒猫達も俺の影の中に入った。
消えるときも可愛いのはズル過ぎる……。
それはそうと、俺の胸から肩を通して背中にかかっている黒いマント――――レイのことを感じて見る。
普通の布とは違って、まるで生きているかのような、息を吸っているかのような、微かに動いているし、色もただの黒というよりは一切の光沢がない漆黒色なんだけど、それもまた不気味だと思える色だ。
黒も色の一つだとするなら、レイは不思議とその理の外にある気がする。
とはいえ、そんなレイはすでに俺の体にフィットしていて、いつでも脱着可能となり、消すことも簡単だ。
ポチは俺の影の中に入るが、レイの場合はそのまま姿が消える。まるで透明になるかのように。
少しの間、レイの使い方を練習する。
影糸にも近い使い方ができるか、最長で20メートル程伸ばせて、何かを掴むこともできるし、串状態で刺すことも、刃状態で斬ることもできる。
切れ味は非常に良く、ブラックデイズやデュランデイズよりも強そう。
ただ、レイを使うと熟練度は上昇しないのでしばらく出番はないだろうけど、大きな力になってくれることは間違いない。
そんな狩りを続けて影の中から俺を見ているエヴァネス様が気にはなったが、そろそろ夕方が近そうなので王都地下ダンジョンから外に出た。
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