第108話 両親の変化

 少しジメジメとした空気感と、壁や天井、地面が少し赤みを帯びている様は、異世界に転生して十年が経過しても神秘的な光景として感じている。


「ひゃっほ~!」


 王都地下ダンジョンに入ってすぐに俺はブラックデイズを取り出して走り出した。


 俺にはスキルの熟練度さえ貯まれば条件を無視して進化できる能力称号があって、ディアブロとの激戦のときに、スキル【シャドウウォーカー】が最大値となって、実はいつでも進化ができるようになっている。


 この世界――――俺が前世でやっていたVRMMORPG“ワールドオブリバティー”に酷似した世界では、職能というのが全てのベースとなり、職能を進化させないといくらレベルを上げても強くにはなれない。


 今の俺の職能は【グリムリーパー】。


 次の職能で最後の進化のはずで、今すぐにでも進化したいのだが…………俺が持つ新しい力の【転換システム】のおかげで、他のスキル二つの熟練度も最大にすることで、進化しても消えないというメリットがある。


 ここに来るまでもスキル【エクスキューショナー】【シャドウウォーカー】【サイズマリオネット】の三つを上手く使うことで切り抜けて来れた。その上で――――まだ見ぬ【シャドウウォーカー】と【サイズマリオネット】の進化先が気になって仕方がない。


 前世で選んでいた【エクスキューショナー】側の進化先は既に知っているが、知っているからこそ、その力を自ら捨てるのはしたくない。


 ということは俺は今でも【エクスキューショナー】の熟練度上げを優先させている!


 王都地下ダンジョン最深層の五階を走りながらブラックデイズで魔獣を斬り捨てていく。


 カラ~ンと気持ちいい音を響かせて落ちた魔石は、すぐに俺のマジックバッグの中に吸収された。




 王都地下ダンジョンに来てどれくらい時間が経ったかもわからず、延々と魔獣を倒し続けていたけど、腹の虫が鳴ってしまったのでひとまず中断して、地面に座った。


「技【ディフェンスサイズ】発動」


 スキル【サイズマリオネット】の技を発動させると、二本の大鎌が俺の左右に浮かんだままになる。


 この技は使いどころが限定されているけど、こういうときはとても便利だ。


 マジックバッグから母さんお手製の弁当を取り出す。


 まるでさっき作ったばかりの湯気が上がるのは、エヴァネス様に作ってもらったこのマジックバッグがとんでもなく凄い物だからだ。


 中に入っているスプーンやフォークを使って、ホカホカのビーフシチューとパンを食べる。


 ふわふわのパンがシチューと合体して、口の中に無限の美味さが広がっていく。


 クロイサ街も大きくなったし、父さんと母さんも昔のようには生きられてない。


 父さんに関しては今までできなかった農業知識を得たいと猛勉強。元々体を動かす方が得意なはずなのに、父さんの“学びたい”意志の強さには息子ながら感動さえ覚えた。


 それが功を奏して、父さんはあらゆる農業の知識を取得して、国内では蔑まれている農夫達の仕事をより改善するために奮闘している。クロイサ街だけでなく、ゆかりのあるルデラガン伯爵領に赴いてまで講演や指南を行っているのだ。


 子爵のお父様がそんなことをするもんだから、みんな真剣に聞いてくれるし、伯爵様でさえも真剣に聞いてくれて農夫の地位向上に一役買っている。


 我ながら……イケメンパパを持ったなと最近思う。


 母さんはというと、家庭料理のスペシャリストになっている。


 料理屋のようなプロの料理人が行うような手間のかかる料理ではなく、主婦だったり、働くママだったり、シングルマザーだったりと料理に多くの時間が使えない女性達のために、手間を極力かけずに美味しいご飯を作ることに夢中になっている。


 俺は正直それに驚いていて、母さんはどちらかというと手間をかけてでも美味しいご飯を作る方が好きだった。


 でもクロイサ街で全ての家庭が料理に時間を使えるわけではなく、外食が主になっている家庭もいることに心を痛めたみたい。


 価値観なんて人それぞれだと思うし、俺は外食でもいいと思うんだけど、母さん曰く「たまにでいいから美味しさではなく愛情で食事をしてもいいんじゃない?」という言葉に、衝撃を受けたのは言うまでもない。


 食事は……腹に入ればいいと思っていた前世の自分には……涙が出るくらいその言葉が嬉しかった。


 美味しくないかもしれない……でも自分のために料理を作ってくれる母さんの背中を見れるだけでも、顔が緩んでしまう。これは何も俺だけじゃないはず。そう思うと、母さんが今取り組んでいる手軽に作れて美味しい料理を研究することこそ、ゆくゆく領民達に最も大切なことなのかもしれないと思えた。


 もちろん、他には外食産業が盛んなクロイサ街のために、常にプロの料理人を招き入れて、講演会を開いてクロイサ街で働いている料理人達のためにも動いてくれている。


 気が付くと、バスケットの中が空っぽになっていた。


 やっぱ母さんの弁当は最高に美味しいな。


 そのとき、離れていた大鎌が俺の隣にゆっくりと浮遊したままやってくる。


 さっき使った技は防衛技で、範囲内に入って魔獣や敵意を持った者を自動的に攻撃してくれるもので、魔獣が現れて倒してくれたみたいだ。


 スキル【サイズマリオネット】の熟練度を上げる方法として、魔獣が多い地域でこの技を使ってずっと放置しているだけでも効率のいい上げ方ができる。が、やったことはない。だって――――そんなことするより、ポチに走ってもらって【ダブルテレキネシスサイズ】でガンガン倒した方が効率がいいからね。


 さて、腹も膨れたことだし、またスキル【エクスキューショナー】の熟練度上げも頑張りますか!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る