第104話 青春
ミリアさんと騎士団長に挨拶をして、ディアリア街からクロイサ町に向かう。
街の外を出るとき、住民達が道に並んで何度も俺に向かって頭を下げていた。
段々見慣れた景色が広がって、ようやく俺とディアナは二週間ぶりのクロイサ町に帰ってきた。
警備員達は出迎えてくれる中、俺はまっすぐ家に戻り――――
「あら。おかえりなさい。ベリル」
「母さん!」
「ん? あらあら」
母さんに思いっきり抱き付いた。
ふんわりと広がる母さんの温もりが心まで癒してくれる。
今でも覚えている。この世界に生まれて、“ワールドオブリバティー”に酷似したこの世界にワクワクする反面、俺はこの先どうなるのだろうかという不安。その度に母さんはこうしてぎゅっと抱きしめてくれた。
「ちょっと見ない間にさびしんぼうになっちゃったわ」
「違うよ。家族っていいなって改めて感じたからなんだよ」
「それとさびしんぼうって言うのよ?」
「そっか。それならそうかも!」
「ふふっ。大体のことは手紙で教えてくれたからわかっているけど、いろいろ大変だったみたいね。うちのベリルは偉いわ。自慢の息子よ」
「えっへん!」
そんな俺を見ていたディアナがクスクスと笑う声が聞こえるが気にしない。
何だか――――今になってようやく母さんと父さんの息子にちゃんとなれた気がした。
「ベリルじゃないか。おかえり」
「ただいま。父さん。ちょうど二人に報告があったんだ」
「どうしたんだ?」
母さんと父さんが俺の前に立つ。
そんな二人に、ディアナと一緒に並ぶ。
ちょっと照れくさいというか、ディアナも少し顔が赤くなっている。
「実は……ルデラガン伯爵領でいろいろあって、ディアナの婚約権利を巡って決闘に勝って、ディアナと婚約することになったんだ」
「「…………」」
やっぱりそういう反応になるよな……普通なら喜ばしいことなんだろうけど……俺ってすでにお嬢様という婚約者がいるし、リサのことも婚約者みたいなものだって二人に伝えているし、その上に三人目…………。
「ま、まあ、貴族の方々って何人も奥さんを娶ることも普通だと聞くし、クロエちゃんもディアナちゃんもとてもベリルくんを好いてくれてるのなら、私達は何も言うことはないわ。ディアナちゃん。うちの息子をこれからもよろしくね」
「はいっ……! お義母様、お義父様」
受け入れられるかなと心配していたディアナ。少し安堵した表情を浮かべた。
お嬢様達は学園に行っているので、俺はディアナと一緒にメイドに案内を受けてある部屋にやってきた。
「おかえりなさい。ベリルくん。ディアナさん」
笑顔を見せるのは――――ディオニール子爵の娘のシャーロット令嬢だ。
「ただいま。シャーロットさん。一人でクロイサに連れて来てしまってごめんなさい」
彼女は首を横に振った。
「ベリルくんとディアナさんのおかげで……ディオニール領は救われたもの」
「シャーロットさんは【大地の祝福】のせいで歩けなくなったって知っていたんですね?」
「……ええ」
「いつから知っていたんですか?」
彼女はとても悲しそうな笑みを浮かべた。
「クロイサ町に行きたいとお父様におねだりをしたとき……ディオニール領のために私の足を犠牲に【大地の祝福】が掛けられたと教えて貰えたの。だからお父様は領から一歩も出ないようにと……それがどういうものかまではわからなかったけど、私の足が犠牲になって、私が領から出なければいいだけなら……領民達のためになると思っていたわ…………それがまた……アルフォンスには申し訳なくて…………」
「……シャーロットさん。よく聞いてください。あの【大地の祝福】は貴方の足を犠牲にしてるだけじゃなかったんです。貴方はあくまで魔法陣設置の犠牲になっただけ。でもあの祝福は何らかの力を大地の恵みに変換する祝福…………犠牲になっていたのは、ディアリア街に住んでいた孤児達でした……」
「やっぱり……そう……だったのね…………」
うすうす気づいていたのか、はたまた子爵からそう言われていたのか、俺に知る術はないけれど…………シャーロットさんの頬を流れる涙は、本当に悔しくて悲しむ人のそれだった。
その日の夕方。
学園から帰って来たお嬢様、リサ、リンと、いつの間にか彼女達と仲良くなっているソフィアがジト目で俺を見つめる。
で、ですよね……。
それから一言も答えを聞けず、でも四人はディアナを連れて女子湯に入ってしまった。
手無沙汰になってしまって、屋敷にある展望テラスでのんびりとクロイサ町を眺める。
何も言わなくてもすかさず飲み物を持ってきてくれるメイド達が優秀だなと思う。
ディアナと前世のことを話し合ったからか……こう見ると転生してから本当にいろんな出来事があったんだなと改めて身に染みる。
クロイサ町がこんなに大きくなったのも、俺一人の力では絶対に不可能だったし、お嬢様や両伯爵様の支援がなければ、かなり大変だったはずだ。場合によっては資本が尽きてしまって、全てが無駄になった可能性だってある。
そう思うと――――全ての出会いに感謝だなと思える。
俺が……人との絆をこんなに感じる人になるなんて…………あの頃は想像もしなかったな。
一生独りで生きていくものだとばかり思っていたのに…………。
そのとき、俺の左腕を包む感触があって、驚いて視線を移すと、浴衣姿のお嬢様が不思議そうに俺を見上げていた。
「お……嬢様……?」
「何を一人でたそがれているのよ?」
家だから油断し過ぎてか、まさか誰かが近付いてくるのも感じなかった。
「あはは……いろいろあったなって思いまして」
「そうね……ベリルはうちの屋敷に来てから…………ずっと前ばかり見て歩き続けていたものね」
「そうですかね?」
「うん。初日からワクワクした目をして、屋敷から狩りに行きたくてうずうずしていたわよ」
「あ~それは肯定します。それにしても……お嬢様。腕に……その……当たってますよ」
「…………当たっているのではなくて、当てているのだわ」
「え」
「…………」
顔を真っ赤にしているお嬢様に、俺まで顔が熱くなるのを感じる。
「ディ、ディアナさんと帰ってくるまでずっとこうだったって聞いたから、わ、私も婚約者として……もう少しこうしないとって……思っただけよ」
「…………」
あああああああ! うちのお嬢様が…………何だかめちゃくちゃ可愛いなって思ってしまった。
いや、元々ツンツンしているだけで、見た目はもう最上位クラスというか…………ディアナとリサ、エヴァネス様が綺麗過ぎるだけで、彼女達と並ぶと見劣りするだけなんだよな。
それに……今思えば、別に外見なんてどうでもいいというか。“ワールドオブリバティー”でもみんな各々で自由にキャラを作り、内側は関係なくみんな新しい自分になり周りと接していた。
仮初の姿――――いや、それこそが本当に自分になっていると思う。だから俺はこの世界に生まれたとき、転生者であることよりも、ベリルという一人の男になったんだなと思う。
「お嬢様」
「う、うん」
「可愛いですよ」
俺の左腕がぎゅっと力強く抱きしめられた。
あ、当たってるってば…………。
それからしばらく何も言わず、目の前に広がるクロイサ町の夜の明かりを眺めた。
「ねえ。ベリル」
「はい」
「私は…………ベリルの婚約者に相応しいのかな?」
「そもそも俺が皆さんに相応しいのか疑問ですけど……でも俺はお嬢様がいてくれてすごく助かってますよ。前にも言いましたけど、この景色は全部お嬢様が考えてくれたものですし、お嬢様がいなければクロイサ町もすごくちぐはぐだった気がします。俺……今回ルデラガン伯爵領の件で思ったんです」
「思った……?」
「――――帰りたい場所があるって本当に良いことなんだなって。エンブラム伯爵様の屋敷に住んでいたときも実家に帰りたい一心でしたけど、今回も……家族の元に……お嬢様の元に帰りたいなって毎日思ってました」
「ま、毎日……そ、そうだったの……」
「だから……もしお嬢様に好きな人ができたら……伯爵様は俺が説得するって言いましたけど…………」
「……けど?」
「…………」
「…………」
「…………」
「何よ……言いかけて言わないなんて……」
「い、いや、そ、その…………取られたくないなって……思っちゃいました」
また俺の左腕の圧迫が強くなる。
「ディアナのこともお嬢様のことも……もちろんリサも……最近自分がわがままになってきてるのかなってちょっと嫌になってるんですよね」
「そ、そうね。婚約者を三人も……でもいいんじゃないかしら」
「うん?」
「クロイサ町の中心にはベリルがいて、ベリルじゃなきゃダメで……ここにいる全てがベリルの頑張ったおかげでできたもの。今では王国の中でも一番利益を産んでいる町なのよ? 国外にまで噂になっているくらい大きな観光地だもの。こんな場所――――ベリル以外は作れないわ」
「俺一人じゃ無理でしたよ。だからお嬢様。これからもここに居てくださいね」
「それは……クロイサ町の……ためって……こと?」
「……そんなこと……ないじゃないですか……」
「うん……」
ふと、後ろから視線を感じて振り向くと、浴衣姿になっているディアナ、リサ、リン、ソフィア、母さんが屈んでこちらを見つめていた。
「うわああああああ!?」
それに気づいたお嬢様が、抱いていた俺の左腕を思いっきり突き放す。
「青春だね~」
「むひっ」
「ご主人様はロマンチストです~」
「お兄ちゃんって新しい一面ね……」
「うふふ、うちの息子ももう大人だわ~」
「や、やめてくれぇええええええ!」
テラスが俺の悲痛な叫びとみんなの笑い声に包まれた。
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