第103話 ディアリア街

 クロイサ町に戻る前に、先にディオニール子爵領のディアリア街にやってきた。


 周りの畑は最初に来たときは美しい黄金色に輝いていたが、事件によって真っ黒になっていた。


 今はというと、意外に黒かった食物は一つも見えず、また新しい苗の姿を見かける。


 ディアリア街の入口で兵士に確認をとって、その足で子爵の屋敷に向かった。


 その途中で以前のように俺に石を投げたりする人はいないけど、街のところどころが壊されているのが気になる。


 屋敷に着くと、諜報員と兵士が挨拶をしてくれた。


「いらっしゃいませ。男爵様。こちらにどうぞ」


 階段を上り、子爵の執務室に入ると、見慣れたおっさんとお姉さんが一人いた。


「騎士団長さん。お久しぶりです」


「久しいな。男爵もすっかり板についたんじゃないか?」


「まあ、嫌でも慣れますね。男爵にいると」


 久しぶりに会う王国騎士団長アルゲインさんと握手を交わす。彼とは、ディアナを襲った魔女ペイン事件で会ったぶりだ。


「こちらは魔導士のミリアって言うんだ」


 騎士団長に紹介されたお姉さんだが、俺が反応するよりも一歩後ろにいたディアナが驚きの声を上げる。


「ミリア様!?」


「ん? そちらは……ディアナちゃんじゃない」


「あの日ぶりですね。お久しぶりです」


 ディアナがミリアさんと挨拶を交わす。


 挨拶をしたディアナが俺を見て「ほら、あのときに私に事情を聞いた魔導士さんがいたって言ったでしょう?」と耳打ちをしてくれた。


 なるほどな。あのときいろいろ力を貸してくれたという魔導士さんがこのお姉さんだったんだな。


「初めまして。ベリル・シャディアンです」


「ミリア・セルレリアスよ」


 握手を交わす。


 ふんわりといくつもの花の匂いがする。香水とかというより、直接花を手で触っているようなそんな感じだ。


「ミリアさんって……庭は好きなんですか?」


「庭? いいえ。むしろ苦手な方だけど……どうしてそんなことを?」


「ごめんなさい。とても複数の花の匂いがしたもので」


 少し驚いた彼女は自身の両手をクンクンと嗅いでみると、「あ……」と声をこぼした。


「よく気づいたわね。これは――――薬調合のときについた匂いよ」


「薬調合……」


「それも込みでこれから説明するわ。私は陛下に命じられてシャディアン男爵からもたらされたこの執務室の地下に【大地の祝福】があったことを調べに来たの。その結果からすると、たぶんあったとみられるわね。残念なことに私が来たときには祝福の気配は一つも残されていなかったわ」


「そ、そうでしたか……」


 これ……実はまずい状況なのか?


「ただ周りの畑の状況を聞いてる感じ、間違いなく【大地の祝福】だと推測できるし、こちらの元【蜥蜴】の諜報員達の証言もあるから、これに関しては男爵のお手柄ね。そもそも【大地の祝福】は生のエネルギーを大地の豊かさに変換する祝福。私はそれを祝福だとは思えないし、術式から人から生命を吸い取って大地に流していたのがわかったから、尚更大きなお手柄よ」


「ありがとうございます……!」


「ただ問題はここから。まず一つ目は……【大地の祝福】があったと聞いている場所がね。すごく――――呪われているのよね。でもこれはきっと悪魔族の仕業だと見て良さそうね」


 あ。


 …………そっか! ここは……無理やりにでも!


「ミリアさん。ディアブロってわかりますか?」


「ディアブロですって? なぜその名を?」


「ルデラガン伯爵様から報告があると思いますが、今回の一連の事件の裏にいたのがディアブロっていう大魔族だったんです」


「なんですって!? い、いけないわ……急いで対策を考えないと!」


「待ってください! それに関しては大丈夫です! ディアブロは――――伯爵様が倒してくれましたから」


「…………」


 目を大きく見開いたミリアさん。徐々に目が細くなり、俺をジト目で見つめる。


「冗談……でしょう?」


「まさか~こちらのルデラガン伯爵令嬢様も一緒に戦ったので本当です」


 視線がディアナに向くと「本当ですよ~」と呟いた。


「信じられないわ……それならあの呪いも納得いくわ。そうか……やはり大魔族が関わっていたのね。貴方達。よく生きていたわね。ディアブロを出会って生き残るだけでも大したものよ」


「ははは……」


「よくわからないけど、その件は伯爵様からの報告を待つとするわ。それともう一つ大きな出来事があって、これはおそらく……北のルドロン街とも関わることなのかも。報告によればシャディアン男爵に憎悪を向けた住民達が石を投げたりしたみたいね? 本当かしら?」


「えっ? え、ええ……まあ……」


「その件なのだけれど、あの【大地の祝福】にはもう一つ仕掛けがされていて、生命を吸い取って大地に変換する際に、人々の憎悪を少しずつ上げる呪いを掛けていたみたい。その術式も確認できたし、間違いないわね。私達がここに来たときもまだ住民達はシャディアン男爵に対して暴力的だったわよ」


「でも今日はずいぶんと大人しかったような……?」


「憎悪を増長させる呪いを消す薬を私が作ってばら撒いたから呪いが消えたのよ。さっき男爵が言った花の匂いというのはその薬を作ったときのものね。街全体だったから数日もかかっちゃったのよ」


「あはは……ミリアさんのおかげでまた石を投げられずに済んでよかったです。ありがとうございます」


 そういや、俺ってたまに石投げられるよな。昔、ポロポコ村でも投げられたのを思い出しちゃった。


「それはいいのよ。仕事のうちだから。そこで一つシャディアン男爵に確認しなくちゃいけないことがあるのよね」


「確認ですか? なんでしょう?」


「呪いにかかっていたとはいえ、貴方に石を投げた平民は許されないのよね。そこの優秀すぎる諜報員達がリストをまとめているわ。今すぐに全員を監獄送りにできるけど、どうする?」


「なしで」


「あら、即答ね? 罰金を取る?」


「それもなしで」


「……いいの? 私は別に構わないけど、他の貴族達から嫌われちゃうわよ?」


「いいんですよ。どの道、呪いの対象にされてたって言い訳というか、本当の事を伝えれば済むことですし、悪いのは全てディアブロですから。それに……そんなことしたら、こちらにいるルデラガン伯爵令嬢様に怒られちゃうから」


 ちらっと見たディアナがニヤニヤしている。


 彼女もまた貴族よりも日本人心というのが強いからな。だってそんな理不尽な状況に陥って行った行動に責任を問うのはあまりにも可哀想だ。それにちゃんと悪いのはディアブロだしな。


「わかったわ。それと三つ目はディオニール子爵のことね。報告によればルドロン街で亡くなってしまったそうだけど……残念ながら被害者ではなく首謀者の一人として見ることになるわ。それもあって、今回の一件でディアリア街の権利は、街を救ってくれた英雄のシャディアン男爵に譲渡されることになったわよ」


「そんな簡単に言われましても…………えっと、うちの領からだと離れすぎてて管理が難しいし…………そうだ! ルデラガン伯爵様に送ります! えっと理由は…………こちらのディアナ令嬢と婚約した結納金の代わりに……?」


 ミリアさんがジト目で俺を見つめる。


「そういう感じで押し付けたいのね」


「はい!」


「まったく……伯爵様相手によくやるわね。噂は聞いていたけど」


「あはは……」


「じゃあ、その一件は一つ貸しにしておくね」


「わかりました。うちのクロイサ町に温泉とかって高級温泉旅館とか経営してますので、もしよろしければ、ぜひ」


「あら。気が利くわね。ぜひ行かせてもらうわ」


 これで無事街を押さえることができそうだ。


「それはそうと、もう一つお願いがあるんですけど、いいですか?」


「いいわよ~」


 俺が一つお願いを伝えると、ミリアさんは何故か嬉しそうに笑ってくれた。

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