第102話 同じ空の下

 月が沈み太陽が昇れば、また新しい一日が始まる。


 ポチに乗って、クロイサ町に帰る。


「お、おい……く、くっつき過ぎ……」


 背中にぴったりくっついているせいで、彼女の体温が思いっきり伝わってくる。


 お嬢様のような豊満なものを持っているわけではないけど、服越しでも伝わるくらいには彼女と俺の距離が近すぎる。


「ダメ?」


 いつもとは違って少し息を抜いた声は、どこか色っぽく、久しぶりに足の指先まで力を入れて耐えた。


「くっ……!」


「ふふっ。ふぁいと~私の――――婚約者様~」


 ……どうしてこうなった。


 昨晩、ノアさんに決闘を申し込まれて、夜にも関わらず激闘を繰り広げた。


 あの人……めちゃくちゃ強いし、対人戦にも慣れていたけれど、攻撃技を使うわけでもなかったから、職能の差はあれどステータスの差はあまりなく、俺の対人経験の差で上回った。


 とても諦めが悪く、何度も何度も叩いてしまって可哀想になったけど……そうでもしないと彼も納得いかなかったのだろう。


 それくらいディアナのこと、真剣に好きだったんだろうなって思った。


 俺が勝ったことで、ディアナの婚約権利がノアさんから俺に譲渡され、俺は晴れて(?)ディアナの婚約者になってもいいよという権利を伯爵様からもらえた。


 だが! 婚約者になるとは一言も言ってないん…………ディアナの前でさすがにそれは言えなかった。


「ねえ。ベリルくん」


「ん?」


「…………前世のこと、話してもいい?」


「あ……」


 前世……か。彼女とは同じ日本人としての感覚と記憶があるけど、お互いについては話してない。だから、どこか……同じ故郷の人という感覚はあっても、日本人として接することはなかったんだよな。


「嫌?」


「そういうわけじゃないんだ。ちょっと懐かしくなって、ノスタルジックな気持ちになっただけさ」


「ふふっ。ベリルくんって、ここに来るまで何歳だったの?」


「お、おう……に、二十九……」


「えっ! おじさんじゃん!」


「おじさん言うな! そういうディアナは何歳だったんだよ」


「私……」


 彼女の顔が背中に当たるのを感じる。


 しばらく答えはない。


「十八だったよ」


「若っ……」


「ふふっ。十歳も差があったんだね! 今は同じ歳なのにね~」


「そう思うと不思議なものだな。まあ……“ワールドオブリバティー”ではみんな年齢なんて関係なかったしな」


「……うん。年齢も……見た目も……性別も……何もかも関係なかった……よね」


「ああ」


 彼女の辛そうな声と息の温もりが背中に直接当たって、より感じられる。


「俺は父の会社に就職したんだけど、元から父とは上手くいってなくてな。父の言いなりになって生きてきたんだ。本当なら……俺にもっと勇気があったなら、父から逃げるなりすれば良かったんだけど、不思議とそれができなかったんだ。就職してからも一番下っ端から始まり、上司からは父の息子として見られ、仲間達からは敵視されたり……踏んだり蹴ったりの人生だったな」


「大変……だったんだね」


「今なら“大変だった”と言えるかもな。でもあの頃は必死だったし、あまりそういう感覚もなかったな。働いて一年くらい経った頃に、たまたま“ワールドオブリバティー”のパッケージに一目ぼれしてゲームを始めたんだよ。あれから十年間もやり続けることになるなんてな」


「ベリルくんって初期組だったんだね」


「ああ。発売日からやってた。やる前に少し調べたら職業がいっぱいあって、農夫を選んでたな」


「農夫なんて……選んだのベリルくんくらいじゃない?」


「自慢じゃないが、ジディガル王国で農夫やってたの俺だけじゃないかな~」


「ふふっ。ただの強制作業だったもんね」


「懐かしいな。あれからはずっとソロプレイを続けて、気付いたら魔王って呼ばれてたな」


「うんうん。私も魔王様のことは聞いていたし、実はベリルくんを見たこともあったんだよ?」


「そうなのか!?」


「うん。私は…………何やっても上手くできなくて…………」


 彼女が俺をより強く抱きしめる。


「……友達……一人もいなかったんだよね……私……」


「イジメか……」


「…………うん。両親に相談したこともあったけど……それは私がバカだからって……賢くなれば見返せるから勉強しろとばかり言われて……だから勉強も頑張ったんだけどね。学年一位になったとき、もっと酷くなって……成績が下がったら先生からも落胆されちゃって……」


「勝手に期待して勝手に落胆して……誰かに力を誇示するし……人間ってどうしてこうなんだろうな」


「うん……でもね! 勉強の合間に“ワールドオブリバティー”をやったら、そこには何の壁もなく、みんな生き生きとしてて、私もすぐにのめり込んだんだよね! 私が始めたのは七年目だったからだいぶ人が減っていたんだけど」


「七年目か。あ~あの頃だと、みんなやりたいことしかしなくなった頃だな。レベリングとかも簡単になったし、調整もいろいろ入って金策も楽になってたしな」


「うんうん。ギルドにも入ったりして、みんなと雑談もたくさんしたし……メインストーリーやサブストーリーもたくさんあって、すごく楽しかったな……」


「ゲームを楽しむ初心者を見ると、いろいろ羨ましいなと思った時期が俺にもあったな」


「ふふっ。ゲームでも先輩だし、おじさんじゃん」


「おじさん言うな!」


「ふふっ。私――――サービス終了する日にものすごく泣いてしまって、これからどうしようって思ってたけど…………生まれ変わってすごくよかったって今は思う。育ててくれたお母さんには申し訳ないんだけどね……」


「そうだな。俺も……この世界に生まれて本当に良かったと思ってる。毎日楽しいし。気付いたらいろんな人と関われたし……ゲームのときだって俺はずっと一人で……対人でシレンさん達と戦ってるときくらいしか誰かと喋らなかったし……は~帰ったら母さんに抱き付こうかな~」


「ふふっ。今しかできないよ?」


「やべぇな。歳取りたくないや。てか俺……母さんに抱き付いたことなかったかも」


「そうなの?」


「今思えば、いつも母さんの方ならぎゅっとしてくれただけだな。気付かなかった……」


「ふふっ。じゃあ~私もしてあげる」


「もうしてるがな!」


「あれ? 嬉しくないの?」


「う、嬉し……いな……くっ!」


「ふふっ。ねえ。ベリルくん」


「ああ」


「私、ここでベリルくんに出会えて本当に良かった。これからも……よろしくお願いします」


「ああ。俺もな」


 後ろから手を回して俺の腹部を包んでいた小さな手に、自分の手を重ねた。

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