第101話 パーティ

「黙とう!」


 伯爵様の声に合わせて、彼の後ろに並んだ俺達は静かに目をつぶり、少し頭を下げた。


 後ろから聞こえていたせせり泣きの声も、空から降ってきた雫が地面に弾ける音にかき消されていった。




 ◆




 魔獣の暴走の代償はあまりにも酷く、大都市ブレイブリーの西側城壁は崩れ、そこから半径1キロ範囲内の建物は形すら残さず吹き飛ばされていて、また多くの建物が瓦礫と化していた。


 住民の被害というのは意外と少なかったのは、魔獣の群れを見つけた瞬間に、ブレイブリーの東側に避難させていたのが幸いだったが、問題は街に滞在していた王国軍の半数以上が魔獣の暴走によって命を落とした。


 大魔族ディアブロを倒したことを喜ぶ暇などなく、災害の対応に追われながら、大都市ブレイブリーの西側のルドロン街の壊滅のことの対応にも追われた。


 ディアブロを倒して二週間。


 ようやくルデラガン領が落ち着き、みんなの顔にも少しずつ笑顔が戻った頃、今回の戦いを労ってパーティを開くことになった。


 気分が沈むときこそ、前を向くまでにみんなで飲んで悪いことは忘れようぜっていう意味らしい。


「皆の者! 此度の戦いはよくぞ乗り越えてくれた! 今日は久しぶりに好きなだけ飲んで食べて英気を養ってくれ!」


 パーティが始まり、ホールに音楽隊の美しい演奏が広がる。


 正装をした貴族達が集まっている様が、どこか遠い世界にいるような感覚を覚えてしまう。


 そんな中、ボーッと華やかなホールを眺めていると、目の前にシャンパンが入ったグラスが現れた。


「一番の功労者がこんなところで見ているのですか? ベリル殿」


「ノアさん……あはは……こういう場はあまりなれなくて」


「天下のベリル殿も苦手なものがあるんですね」


「いやいや、買い被り過ぎですよ。俺は苦手なことばかりです……ははは……」


 シャンパンを受け取って、ノアさんと軽く乾杯をしてグラスに口を付けた。


 懐かしいというか、前世は何かを達成すると飲んでいたっけ。


 甘いぶどうの香りに上品な甘さと、きめ細かな泡の舌触りはかなりいい。


「美味しいですね」


「ルデラガン伯爵領の名産のシャンパンです」


「定期的に買い寄せたいくらいです」


 ふと前方を見ると、少し離れたところからノアさんに熱い視線を送っている若い女性達がいて、ちらっと俺を見ては視線を外す。視線からして俺の髪色を気にしているようだ。


「……ノアさん。まさか俺を避難所として使ってます?」


「ふふっ。気付かれてしまいましたか」


 こやつめ……! シャンパンを土産に……!


「ベリル殿。確か婚約者さんがいらっしゃると?」


「あ、あはは……あのあといろいろありまして……エンブラム伯爵家のお嬢様と…………幼馴染とは保護者さんを説得中……ってところですかね」


「二人も婚約だなんてすごいじゃないですか」


「ははは……あまり実感はないんですけどね。そういうノアさんだって婚約者がいるじゃないですか」


「…………あの女性達が何故私に視線を送っているのかわかりますか?」


「不思議ですね。まるで求婚するかのように……」


「ええ。その通りです」


「え!? 婚約者がいるのに?」


「……私とディアナ様の婚約は正式なものではないんです。私が一方的に婚約を申し込んでいるんです」


 まじかよ……ディアナからは伯爵様公認だって……。


「ですからまだ大々的に発表していないから、私は独身ということになっているんです。事実、独身ですがね。ははは」


「あはは……」


 笑えねぇええええええ!


 ディアナの奴。こんないい男がいるならさっさと婚約しちゃえばいいのに――――なんて言っても、俺だってお嬢様とまだ婚約している実感ないしな……婚約してるけども。


 そのとき、正門が開いて、外から二人の女性が入って来る。


 二人とも純白なドレスを身に纏い、派手過ぎないアクセサリーを付けている。


 みんなの前で手を組んだ二人が挨拶をすると拍手が響き渡った。俺も急いで拍手をした。


 そのうちの一人が、周りを見渡して俺を見かけると、足早でやって来た。


 俺を通り過ぎてノアさんのところに行くのかな――――なんて思ったら俺の前に止まった。


「えへへ……どうかな……?」


 いやいやいやいや! めちゃくちゃ可愛いけどさ、そこは俺じゃなくて婚約者に先に見せてやれよ。


「え、いや、えっと、あの」


「…………」


 少ししょぼくれた表情になるディアナ。


「あはは、ごめんね。あまり似合わないよね」


「いやいや、そういうことじゃなくて…………はあ、ったく。めちゃくちゃ似合ってるよ」


「ほんと!?」


「お、おう……いつもの制服姿もいいけど……その……ドレス、めちゃくちゃ似合ってるし、すげぇ可愛いと思う」


 少し微笑むディアナ。


「か、勘違いするなよ! ド、ドレスが可愛いって……誤解されても困るからよ」


「ふふっ。誤解ってどういうことかな~?」


「な、何でもない! てか、ノアさんに速く見せてやれよ」


 小さくそう話すと、目を大きくして俺の後ろに立つノアさんに視線を向ける。


 俺を通り抜けようやくノアさんの前に立つディアナ。


「ノア様。本日はお越しくださりありがとうございます」


 小さく体を下げるディアナ。


「こちらこそ、とても素晴らしいパーティでございます。ディアナ様」


 …………。


 …………。


 そして、ディアナが俺のところにやってきた。


 手を差し出すディアナ。


 いやいやいやいや! 先に婚約者だろ!?


「ダメ?」


「い、いや、ダメじゃないけどさ……はあ、よ、よろしく」


 さすがに無下にするわけにもいかず、手を取った。


 そもそもさ。その手を差し伸べて誘うやつ…………男性が女性にするもんだから。


 離れたところで俺がいなくなったからか、ノアさんの周囲に貴族子女達が一斉に押し寄せていくのが見えた。


 もしかしてルデラガン伯爵領の貴族って女性から誘う文化……?


 いや、そんなことないか。


 ディアナと一緒にホール中央の広間に来て、踊り始める。


 音楽に合わせてステップを踏むディアナに合わせる。これもお嬢様に新たに仕込まれたものだけど、まさかこんなところで役に立つとはな……踊りはエンブラム伯爵の屋敷のときから頑なに拒んできたから。


 ディアナから少し甘い香りがする。香水とか服の匂いとかではなく、女子特有の良い香りだ。


「何か良い事でもあったのか?」


「うん? どうして?」


「いや……さっきからずっとニコニコだから」


「そっか。今の私、ずっとニコニコしてるんだ?」


「お、おう」


「ふふっ。そうね。きっと良い事あったかも」


「そ、そっか。それはよかった」


「うん!」


 まあ、ディアナが良いならそれでいいか。


 それからはしばらく二人で踊り続けた。


 中々ディアナが放してくれなくて、3セットくらい躍る羽目になった。




 その日の夜。


 ようやく一息つけるなと思って与えられた客部屋で待っていると、ノックがしてノアさんが部屋に訪れてきた。


「ベリル殿。夜分遅くに申し訳ない」


「いえいえ。どうかしましたか?」


「少し時間をもらえるかね?」


「いいですよ」


 ノアさんを追いかけて向かったのは――――屋敷の裏庭だった。


 噴水だったり庭だったり広がっていて、屋敷との間に広い場所がある。


 そこに立つと――――一本の木剣を俺に投げてきた。しかも、タダの木剣だと思ったらまさかの大鎌の形をしている。


「これは?」


「ベリル殿。俺と――――決闘をしてくれ」


「決闘……ですか。理由を聞いても?」


 息を一度深く吸って吐いたノアさんが屋敷の上の方に指を差した。


 そこを見ると――――ディアナと伯爵様、奥方様がこちらを見下ろしていた。


 いくら俺でもこれが何を意味するのかわかる。だって――――ディアナが両手を組んで、とても悲しそうな、でも必死の表情で俺を見つめていたから。


「理解できたかね?」


「……ええ」


「受けてくれるな?」


「……一ついいですか?」


「ああ」


「……俺は手加減しませんよ」


「ふふっ……ああ! 望むところだ!」


 そして、俺とノアさんは決闘を行った。

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