第98話 個体差

 影糸の移動はずいぶんと慣れたこともあって不自由はしないが、さすがに全力疾走のポチの方が単純な速さはある。


 今までこういう使い方をしたことがなかったのだが、ポチがいなければ移動用技としても非常に使いやすい技なんだなと改めてわかった。


 スキル【シャドウウォーカー】。速度主体で戦闘に特化しているスキルだと思ったけど、実は移動系も兼ねているのかもな。と思うと、仮に他の二つを選べなくてもこちらを選んで大正解だったと思う。


 森は木々のてっぺんに影糸を付けて宙を舞うかのごとく飛び跳ねて移動し、平地はポチのごとく通り抜ける。


 “ワールドオブリバティー”は技使用時にMPマジックポイントを消費するタイプのゲームじゃなかったのが非常によく、技をどう組み合わせるかが鍵となるゲームだった。


 この世界に来てもそれは健在だったが、技をたくさん使うとそれだけで精神的な疲れがきて、使い過ぎると気を失うと言われている――――がしかし、俺はまだそれに陥ったことがない。


 今から検証するわけではないが、それを念頭に置いて影糸を限界まで使ってみることにする。


 しばらく影糸を使い続けて道を進み、いくつかの町を通り抜けて、空が赤く染まった頃。


 少し離れたところで戦いの気配が伝わってくる。


 そう遠くないので丘の上に向かう。


 音がする方に視線を向けると――――アークデビルと何人かの黒装束の人達が戦っていた。


 急いで影糸を使って、彼らに向かう。


 黒装束の人達――――うちの諜報員達の間を通り抜けながら、デュランデイズを取り出して、アークデビルを斬りつける。


「ナンダ!?」


 アークデビルが驚く声が聞こえるが、さすがは諜報員達は驚きにも大きく焦ることなく、現状を冷静に判断できている。


 俺に反応できなかったアークデビルは、そのまま腹部を斬られ、大きな傷を負った。


 続けて、そのまま回転しながら連続で攻撃を続ける。


 俺を払おうと焦って殴りつけてくるアークデビルの太い腕ごと切り裂く。


「ギシャアアアア!」


 一瞬、回転しながら後ろを向いたとき、隊長のマスターアサシンと目が合った。


 コミュニケーションを取ったわけじゃないが、俺の動きに合わせてくれて、いつの間にアークデビルの足に剣を刺しこんでいた。


 だが、剣が刺さってもアークデビルは大きなダメージを負っているようには見えない。


 というのも、悪魔族と呼ばれている魔獣は、魔獣の中でも上位種と呼ばれる種族で、悪魔族というだけで通常物理である無属性のダメージをすごく軽減する。他の属性も軽減するが、聖属性にだけは非常に弱いので対策さえちゃんとすれば、簡単に倒せる種族でもある。


 諜報員達が周囲に散ってアークデビルを囲うと、すぐに鎖を投げつけて動きを止めた。


 たった一瞬。


 それでも俺にとっては十分すぎる。


 動けなくなったアークデビルの両足を切り落とした。


「クソガァァァァ!」


 アークデビルの体から禍々しいオーラが立ち上るが、それに合わせて全員で離れる。


 直後、アークデビルを中心に爆発が起きた。


 赤く染まっていく空に真っ赤な爆発の炎が立ち上る。


 炎が消えそうになったところで、中で立ち尽くすアークデビルに追撃を与えると、灰となって散っていった。


「まさかこんなところで会えるとは」


「こちらこそです。助けていただきありがとうございます。男爵様」


「遅れを取ったわけじゃないが有効な攻撃手段がなかった感じ……かな?」


「その通りです」


 見た感じ、誰も深く傷を負っているわけではない。それくらい隊長の実力や判断力、統率力が高いからだろう。


「それに、あの悪魔はずいぶんと傲慢な性格をしていたので、我々を弄んでいたつもりのようでした」


「なるほど……時間稼ぎにはなったってことか。ルドロン街はもう厳しい状況か?」


「はい。生き残りはほとんどいないかと思います」


「わかった。群れは?」


「すでにブレイブリーに到達していると思われます」


「やはりそうか。規模はどのくらいだ?」


「魔獣の数も問題ですが、さっきのアークデビル以上の個体がいると考えられます。そちらの方が一番の問題かと思われます」


「アークデビルの上の個体……」


 純粋に考えれば、ロードデビルなんだろうけど……おそらくそれとは比べ物にならない存在…………魔族。メインストーリーに関わっている大きな存在がいる可能性がある。


「それと気になることがあります。確証は持てませんが、魔獣の群れがルドロン街から魔獣が継続して現れてブレイブリーに向かっているような気がします。アークデビルの追撃がなければ確認したかったのですが……」


「わかった。なら俺はルドロン街に向かう。隊長はみんなを連れてブレイブリーに加勢してくれ」


「かしこまりました」


 今度は向きを変え西を目指して影糸による超高速移動を再開する。


 段々と空も暗くなっていくが、北東側の向こうの空が赤く染まっている気がする。


 念のため、西に向かいつつ大通りに出てみた。


 本来なら多くの馬車や人々が歩いているはずの大通りは、多くの魔獣によって踏みにじられ、ボロボロに壊されている。


 その上――――今でも西から魔獣が東に向かって向かい続けていた。


 魔獣の本体はすでにブレイブリーに到達しているってことだから、そう多くはないが、それでも継続して魔獣がブレイブリーに到達するのは阻止したい。


 大通りに着いてすぐに魔獣達を殲滅していく。


 影糸による高速移動と合わせた流し斬り。


 幸いにも魔獣の強さにボス級はなく、止まることなく倒しながら西に進み続けた。




 空がすっかり暗くなり、世界が暗闇に支配された頃。


 ようやくルドロン街にたどり着いた。いや――――ルドロン街だった・・・場所にたどり着いた。


 聞いていた通り、ルドロン街は酷い状況で、建物は全て崩れており、城壁も全て倒れている。


 …………俺がもう少し諜報部を組み入れたら、もっと情報を早くキャッチできたら……ここも助けることができたのだろうか?


 王国諜報部【蜥蜴】を以ってしても、ここまでの情報は手に入らなかった。うちの諜報部だけで情報を手に入れることは難しかったのだろうか……。それに、ディオニール子爵の件だってすぐに首を突っ込んでシャーロットさんを助けた方が……良かったのかも知れない。


 街の中央に夜でもわかるくらい禍々しいオーラが立ち上ると、大きな魔獣が現れた。


 さらに魔獣よりも禍々しい存在――――アークデビルがその傍に怠そうに座っている。


「アン……? マダイキノコリガイタノカ」


 俺を通り抜けようとする魔獣をブラックデイズで一刀両断すると、アークデビルが「ヒュウ~」と口笛っぽい声を上げる。


 やけに人間らしいデビルだな。


 それにしてもゲームではアークデビルって魔獣だったけど、ここでは人の姿から変身していたし、魔族とやらの眷属になっていて知恵もかなり働いているみたいだ。


 最初に会ったアークデビルは冷静、二度目のアークデビルは傲慢、このアークデビルは怠慢のようだな。


「いいのか? 魔獣が倒されたのに」


「オウ~カマワナイゼ~」


「おいおい……そんな怠けていいのかよ。まあ、俺としてはいいんだけどさ」


「クククッ」


「この魔法陣から魔獣が生まれ続けてるのか」


「ソウサ~」


「ここで魔獣を産んでブレイブリーに向かわせる……でも不思議だな。それなら最初からブレイブリーの近くに作ったらいいんじゃないか?」


「ガハハッ! ソレガデキナイカラ、ココニアルンダヨ~」


 この不思議な魔法陣は簡単には作れず、準備が必要ということか。その上で場所まで自由に決められないのかも知れない。エヴァネス様が作ってくれる転移陣のように。


「なるほどな~」


 ブラックデイズで地面に書かれている魔法陣を傷つけてみる。


 バリバリッと音を立てて魔法陣が崩れていくにも関わらず、アークデビルは動くこともなく「ケラケラ~」と笑っている。


「いいのか~? 魔法陣は俺が壊しちゃったぞ~?」


「イインジャネェカ~? ドウセ、ブレイブリーハ、オソッテルシナ~」


「それもそうだな。じゃあ、俺は用事が終わったからそろそろ帰るよ~じゃあな」


「オウヨ~」


 アークデビルに背を向けて歩き出す。


 一歩、また一歩離れる。






 ――――気配を殺したアークデビルが俺の背後に這い寄る。






 音もなく振り下ろされた腕を、ギリギリで避けながらブラックデイズからデュランデイズに切り替えて腕を切り落とした。


「キヒッ!?」


「そうくると思ってたよ。アークデビルとあろう者が、自分より弱そうな人を生かすメリットがないからな」


 そのまま振り向きざまに腹部を斬りつけて、大きな傷を与える。


「ギヤアアアア!」


 他のアークデビル達はそれでも殴ってきたが、この個体は珍しく後ろに大きく跳びこんだ。


 残った三本の手で腹部を抑えて、紫色の血が流れないように抑えるところも、非常に人間臭いというか、アークデビルにもこういう性格の者がいるんだな。


「オ、オマエハ、ナニモノダ!」


「ん~通りすがりの王国の男爵?」


「バ、バカナ! ダンシャクフゼイガ……コンナツヨイワケガナイッ!」


「まあ、男爵になったのは最近だし、元々は農夫だぞ~」


「ノ……ノウフ!?」


 俺が一歩近づくと、アークデビルは一歩下がる。


「どうした? また襲ってこないのか?」


「クッ……」


「お前のことだ。どうせ――――住民をおもちゃのように扱ったんだろ? 彼らに代わってお前を討つのがせめてもの慰めだ」


「ヤ、ヤメロォオオオオ!」


「お前もそう話す人々を手にかけたんだろうが」


 見てなくてもわかる。こいつが怠惰に見せていたのは怠惰な性格ではなく、狡猾であるからだ。


 その狡猾さで何をしたかくらい……あまりにも容易に想像ができる。


 俺は容赦することなく――――三体目のアークデビルの首を落とした。


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職能【グリムリーパー】ボーナスにより、上位悪魔3体の討伐報酬を獲得しました。

スキル【ダークネス】を獲得しました。

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