第97話 祝福と呪い

 ジメジメした階段を降りていく。


 ディアナの屋敷の王都地下ダンジョンへの地下階段とは違い、作りも雑で非常に管理もずさんだ。


 かび臭い匂いが嫌になるが、影移動を駆使しながら階段を降りた。


 地下には広い部屋が現れ、不気味な形をした魔道具が灯っており、周りを照らしている。


 地面には黄色い魔法陣が描かれていて、聖なる力が放たれているのが感じられる。


 しかし、それとは別にそこから伸びた血液のような赤い線の先には――――牢があり、中にはやせ細った子供達が入れられていた。


 すぐにブラックデイズを使って牢の鉄格子を斬り取り、中に入っている子供達四人を救い出す。


 中に入ったとき、ぬるっとした何かに全身に掴まされた感覚を覚えたが、牢の外に出るとそれはすぐになくなった。


 子供達は虚ろな目で立ち、俺を見上げた。


「君達。俺が見えるか?」


「あ……い……」


「名前は言えるか?」


「…………」


「あそこに向かって歩けるか?」


 階段に向かって指差すと、子供達はゆっくりと歩き出した。


 禍々しい部屋なのに魔法陣は光り輝いていて聖なる力すら感じられる。このアンバランスさが非常に不思議な空間だ。


 子供達が階段前に座り込んだので、マジックバッグの中からエヴァネス様に作ってもらった呪い薬を取り出して、魔法陣に一滴落としてみる。


 黄色い魔法陣がどんどん黒くなっていき、バリッバリッと崩れる音を立てて、魔法陣自体が崩壊していき、やがて跡形もなく消え去った。


 すぐに子供達を抱きかかえて地下から駆け上がり、子爵の執務室に待機していた諜報員に彼らを託した。


 俺はすぐに屋敷からディアリア街の外に出てポチのところに向かう。


「ディアナ!? シャーロットさんがどうしたんだ!?」


「ベリルくん! シャーロットさんが急に両足が痛いって、変な紋章が浮かび上がって壊れるようになって、気を失ってしまったの!」


「なるほど……地下に魔法陣があったんだ。たぶん……大地の祝福の魔法陣だ。それを壊したからシャーロットさんの足に掛けられたものも解けてしまったんだろうな。悪い。少し考えてから壊すべきだった」


「ううん。それよりこれからどうするの? 何だか周囲の畑の色とかどんどん黒くなっていくよ?」


「ああ。ひとまずシャーロットさんを無事なところに運びたい。たぶん諜報部【蜥蜴】も動いて王国側にも連絡が行くはずだからな」


「シャーロットさんをそこに?」


「いや、できればうちで彼女を保護したい。うちまで行けば温泉もあるから、彼女が療養するには一番だと思う。ディアナはこのままポチに乗って屋敷まで戻ってもらえるか?」


「ベリルくんは?」


「これから王国兵が来ると思うから事情説明とか諸々対応をしないと。諜報部だけに任せておくわけにはいかないからな。それと畑問題もな」


「うん……ねえ。ベリルくん」


「ん?」


「無理はしないでね? クロエさんとリサちゃん、リンちゃんも待っているんだからね?」


「ああ」


 ディアナが出発しようとしたとき、一人の諜報員がやってきた。


「男爵様。至急届けなければならない情報が」


「どうした」


「緊急事態が発生しました」


「緊急事態?」


「はい。ここから北にあるルドロン街から魔獣の群れが暴走し、真っすぐ東にあるルデラガン伯爵領都ブレイブリーに向かっているようです」


「魔獣の暴走!? ルドロン街はどうなったんだ!?」


「残念ながら……諜報員は全員避難に成功しているようです」


 街が魔獣で崩壊。なのに諜報員は全員生き延びてる? 確かに諜報員達の能力は高いが……アークデビルの動きからして、諜報員でもアークデビルに勝てる者がいるかどうか……。隊長が率いていて何かしたのかもしれないな。


「わか――――」


「ベリルくん! わ、私っ……!」


「ディアナ……」


「お願いっ! 今すぐブレイブリーに!」


「ダメだ。ディアナはこのままシャーロットさんと一緒に屋敷に」


「嫌! ブレイブリーにはお父様もお母様もいるんだよ! 守りにいかないと……私が……」


 まずいな……。


「君。手が余っている諜報員二人を急いで連れて来てくれ」


「かしこまりました」


「ディアナ。ひとまず落ち着いてくれ。わかった。このまま一緒にブレイブリーに行こう。ただ少しだけ待ってくれ」


「ベリルくんっ……」


 少し待っていると諜報員二人がやってきた。


「ポンタ!」


 俺の声に呼応して、影の中から羽根つき黒い豚が現れる。


 念のためリサから借りてきてよかった。


「君達二人はこれからシャーロットさんを連れて、ポンタで屋敷に戻ってくれ。くれぐれも丁重にな」


「「かしこまりました」」


 シャーロットさんの前後に諜報員が座る。


「ポンタ。屋敷までシャーロットさんをよろしく頼む」


 ポンタが俺の顔を擦り付けてきたので顔を撫でてあげる。


 そして、すぐにクロイサ町がある南方向へ飛び去った。




「ディアナ。悪魔が出たってことは、魔族がいる可能性があるんだよな?」


 不安そうな顔のまま、ディアナは大きく頷いた。


「俺はここを片付けてから追いかけるから一足先にポチと向かっていい。但し、これだけは約束してくれ」


「約束……?」


「絶対に、一人では魔族とは戦わないこと。守れるか?」


「うん……! 守る!」


「ああ。それならいい。ポチ! ディアナとブレイブリーに向かってくれ。それとディアナを全力で守れ!」


「ガフッ!」


「ベリルくん……ありがとう……」


「おう。すぐに追いかけるからな」


「うん!」


 ポチの背中に乗り込んだディアナは、すぐにその場を離れブレイブリーがある北東方面に走り去った。


 思いつめたような顔をしていたから無理しないといいけどな……。


 さて、こちらも急いで片付けてブレイブリーに向かわないと。


 そんなことを思っていると、周りから悲鳴のような声が響き渡った。


 何が起きたのか見てみると、畑の食物が全て黒く染まり、中には砕け散る物まで現れた。


 元々この地は食物が育ちにくくて貧乏領としても有名だと聞いている。だから子爵であるにも関わらず、街はディアリア街のみとなっている。


 豊作はきっと多くの領民のためになったのだろう。


 だが……その裏で彼らのために命を懸けて不自由になったシャーロットさんや子供達がいる。領民は誰一人そんな事実を知らないと思う。


 一体……この一件は何が目的なんだ? 大地の祝福で子爵領を潤わせて教団に何の得があったんだ? そもそも本当の相手は――――教団なのか?


 ふと街の中を見ると、ディアリア街に駐在している王国兵が子爵執事と一緒にいるのが目に入った。その上、諜報員の姿が一人も見えない。


 見渡すと屋根の上とか建物の中で身を潜めている諜報員がちらほら見える。


 一人の諜報員がやってきた。


「男爵様。ご報告がございます」


「ああ」


「子爵家の執事が男爵様を逆賊として言いふらし、王国兵を動かしました」


「逆賊……か。まあ、形的にはそうなってもおかしくないからな。祝福のことは?」


「どうやらそれも伝えていましたが詳細は彼自身も知らないようで、男爵が祝福を解除して子爵令嬢を連れ去ったと」


「困った執事だな。だが、それが誰かの命を代価に行われていたことなら、かりそめの平和なだけ……ひとまず俺は王国兵に事情を説明してくる」


「かしこまりました。私はこのまま子爵屋敷で待機しておきます」


「わかった」


 ディアリア街の中に入る。


 ちょうど広場のところで執事や王国兵と会うと、執事が俺に向かって指を差した。


「あいつだ! あいつがシャディアン男爵だ! あいつのせいでディアリア街の【大地の祝福】が壊されたんだ!」


 すぐに王国兵が俺を囲んだ。


「男爵。事情を聞かせてもらえますか?」


「彼が言った通り、ディアリア街の【大地の祝福】は俺が壊した。だが、本来の祝福というのは、余った力がある方から力を流して分ける意味合いが強い祝福。この街の祝福は――――誰かが犠牲になっているんだ」


「それは本当ですか!?」


「ああ。証拠は全て子爵屋敷にある。執務室で部下を待たせている。確認してみるといい。そこの執事もそこまでは聞かなかったのだろう」


「う、嘘だ! 子爵様はいつも俺達のためにと、大地の祝福で潤わせてくれたんだ! 子爵様を陥れるためのでっち上げだ! それに俺達の畑は全て荒らされ明日の食事もありつけなくなったんだ!」


「「「「そうだ! そうだ!」」」」


 周りの住民達から俺に敵意を向けた抗議の声が響き渡る。


「何の罪のない子供達が命を奪われていいというのか!」


「今まで誰も犠牲になってないんだ! うちの畑を返せ!」


「「「「返せ! 返せ!」」」」


 俺の言葉は届くことなく、周りはどんどん大きな声に包まれる。


 そのとき、小石が一つ投げつけられ、俺の頭にぶつかった。


 また一つ、また一つ投げ込まれる。


「やめろ! こちらは男爵様だぞ! まだ犯行も明るみに出てないのにお前達全員処刑されたいのか!」


「「「「返せ! 返せ!」」」」


 それでもなお異常なくらい周りの人々が怒りをぶつけてくる。


「男爵。すぐに子爵の屋敷まで向かいましょう」


「ああ」


 投げつけられる石を潜り抜けて、子爵の屋敷まで向かった。


 すぐに兵士を子爵の執務室から地下室へ案内して、調査を進めてもらった。


 【大地の祝福】は消されたとしても、その他に子供達が命を吸い続けていた仕組みだったりは残っている。できれば俺自身もいろいろ調べたいが、今は魔獣の暴走の方が気になる。


「男爵様」


 諜報員の一人が俺に声を掛けてくる。


「北から追報が届きました。どうやら人族ではない者が魔獣を率いているようでした。魔女の姿も確認できたと報告に」


「魔女か……諜報部は無事か?」


「はい。隊長の判断で異変を察知して先に離れたのが功を奏したようです」


「それは良かった。ではこのままディアリア街を調べてくれ。住民達が暴力的になっていることも気になる。【大地の祝福】が無関係だとも思えない。俺は急いでブレイブリーに向かう」


「かしこまりました」


 兵士にも事情を説明して、俺は急いで屋敷を後にしてブレイブリーに向かって影糸を駆使して離れた。


 遠くに見える住民達がたいまつを振り回したりして「シャディアン男爵を殺せ!」と声に不気味さを覚えた。

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